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特集 新たなる一歩
三つのお願い−年頭の辞に代えて−
曹洞宗宗務総長 有田惠宗(ありたけいしゅう)
新年のお慶(よろこ)びを申し上げますとともに、『禅の友』愛読者ならびに檀信徒(だんしんと)各位のご繁栄とご多幸を心からお祈り申し上げます。
昨年は宗門にとりまして、誠に記念すべき年でありました。それは申し上げるまでもなく、高祖道元禅師七百五十回大遠忌(こうそどうげんぜんじ750かいだいおんき)が、皆さま方の篤いご信心を集めて無事に円成したことであります。本年は、この大遠忌の現代的意義をたしかめ合い、具体的にその実践を行(ぎょう)じていく、いわば再出発の年と位置づけております。
私こと昨年十月、前大竹明彦宗務総長(おおたけみょうげんしゅうむそうちょう)の任期満了に伴い、新たに宗務総長に就任した次第であります。以後、皆さま方の温かいご支援、ご協力をいただきまして、この重責を果たしていく所存であります。
特に、歴代宗務総長が本誌『禅の友』の内容充実と購読拡大に腐心してこられた、その思いを厳しく受け止め”読みやすく””分かりやすい”誌面で、皆さま方のご信仰(しんこう)を深め、み仏(ほとけ)の道を実践していただくために役立つ『禅の友』づくりを心掛けていきたいと考えております。
ここで、当たり前のことでありますが、その当たり前のことがあまり皆さま方に徹底されていないように思えますので、以下に三つのお願いをしておきます。
一つ目は、私たちの宗派(しゅうは)の名を正しく呼称していただくことです。
正しくは曹洞宗(そうとうしゅう)でありますが、仏事の席や檀信徒の集会などに出て感じますことは、この名を「そうどうしゅう」と、洞の字を濁って発音される方が非常に多く見られるのであります。たしかに、洞は”洞くつ”の洞ではありますが、わが宗(しゅう)では古来より澄んで洞(とう)と呼んでおります。他人から自分の名前を間違って呼ばれると不愉快な思いをさせられるのと同じで、宗派名は教団の看板でもあります。「そうどう宗」と呼ばれると一瞬、騒動を連想しかねませんので、十分、心して呼称してくださいますようお願いいたします。
二つ目は、両祖さまと両大本山のことであります。
わが宗では、大本山永平寺(えいへいじ)を開かれた道元(どうげん)禅師さまを「高祖(こうそ)」とあがめ、大本山總持寺(そうじじ)を開かれた瑩山(けいざん)禅師さまを「太祖(たいそ)」と仰ぎ、このお二方を「両祖」と申し上げ、仏教の基を開かれた「お釈迦(しゃか)さま」とともに「一仏(いちぶつ)両祖」とお呼びし、曹洞宗の礼拝の対象として、信仰のよりどころとしております。
このようにわが宗門は、根本道場としての二つの大本山、祖師(そし)としてお二方をいただいておりますが、それはちょうど、車の両輪のように、いずれ一方を欠いても、今日の曹洞宗の発展は見られなかったのであります。
たしかに、礼拝の対象の祖師がお二方、各寺院の根源とも言うべき大本山が二つあるのは一般からみれば奇異に感じられるかもしれませんし、また、他の教団ではあまり例を見ない特異な教団の仕組みを持っているのが曹洞宗なのです。
こうした教団のしくみを全く理解することなく、学校で宗教や歴史を学ばせる検定済教科書の中には、曹洞宗の祖師は道元禅師さま、大本山は永平寺といった一方的な記載があるのも、残念ながら事実であります。
こうした誤りをただしていただくためにも、むつかしい敬称を使用することなく、永平寺を"福井のご本山"總持寺を"鶴見のご本山"とお呼びし、両祖さまを"永平寺の道元さま""總持寺の瑩山さま"と子どもからお年寄りまで、日ごろより、身近に親しみを持って呼び合っていただければ自(おの)ずと記憶にとどまるのではないでしょうか。
三つ目は、真心のこもった合掌(がっしょう)をしていただきたいのです。
各宗教にはそれぞれの礼拝の仕方があります。たとえば神道(しんとう)は柏手(かしわで)を打ち、キリスト教は十字を切り、イスラム教は聖地メッカに向かっての礼拝といったものです。仏教は、いうまでもなく合掌礼拝であります。
皆さまの中には合掌を、単に供養(くよう)などの時に、ご本尊(ほんぞん)やご先祖(せんぞ)や、死者に向かっての敬いの合掌のみを考えてはおられないでしょうか。
合掌はこのほかにも、多くの人や物のお陰で、今、生かされている自分に思いをめぐらし、感謝の気持ちを表すのも合掌の姿であります。
家庭での食前・食後の合掌、あるいは食堂やレストランなどでの食前・食後に素直に合掌ができるでしょうか。もし、照れくさいとか、恥ずかしいといった気持ちが合掌することを躊躇(ちゅうちょ)させるのであれば、いまだ感謝の念が心の中に十分根づいていないのではないでしょうか。
人と人とが合掌をもって挨拶(あいさつ)するのも、お互いの尊いみ仏のいのちを拝み合っていることなのです。"仏に向かう先祖供養の合掌"はもとより、"社会に向かう報恩(ほうおん)感謝の合掌"を実践し、真心をもって素直な合掌を身につけてくださるよう、特にお願いいたします。
一仏両祖の、真実の仏法(ぶっぽう)が檀信徒一人ひとりの合掌のある生活の中に実現するように念じ、また皆さま方のますますのご健勝とご活躍を祈念し、私からの三つのお願いをもって年頭のご挨拶に代えさせていただきます。
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