迷える中年ライターが『修証義』を書き写してみた ~曹洞宗のお経を一般人が読むと?(第3章・第16節)~


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初めて触れる『修証義しゅしょうぎ』の本文を読み、鉛筆を手に書き写し、また現代語訳を読む中で感じた事を率直に語っていきます。第16回は、第3章「受戒入位」の第16節について。

honbun第16節 「衆生仏戒を受くれば」

■ライターはこう思いました

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ライター 渡辺ロイさん

先日、テレビで真冬の福井県の光景を目にしました。
その光景とは、修行のために大本山永平寺に上山しようとする若い僧たちの姿でした。
雪の降る山門の前で応対をじっと待ち続け、出てきた先輩の僧たちからの問答に答える。僧たちはこれから厳しい修行が始まるにもかかわらず、その前の段階で、2時間近くも寒さの中たち続けていました。
ナレーションの声は、この儀式を指して「覚悟を試すための意味合いもある」と説明していました。
覚悟。
この節を読んで、実は最初に思いついた単語がこの「覚悟」でした。

この節では受戒することによって得られる、いわばメリットを語っていると思います。
仏のような完全な人格が確実に備わって、仏のように悟りを開くことができ、仏と同等の資格を得ることができる、と。

よくよく考えてみると、メリットしかないのです。
悟りに至った時、下世話な言い方ですが一番お得なのは自分自身です。周りの人たちのためになることも多いかと思いますが、まず得をするのは自分です。

人格者になることで、自分に対して自信が持てます。ただの自信というと誤解があるかもしれません。自分に安心ができ、生きていていいのだという自信です。
自己評価の低めな私などは、この「自分に対する安心」はとても大事だと感じます。
周囲から頼りにされたり、人格者として扱われなくとも、自分がそう認識できれば、そこに幸せを見つけられるのでは、と感じるのです。

しかし。冒頭で書いた永平寺門前の光景。
修行し続けるための覚悟が現れているその光景は、そのまま私たち「衆生」が受戒する覚悟でもあるのではないのか、そう感じました。
だって、メリットだけだなんて、おかしいですから。
厳しい側面がなければ、おかしいじゃないですか!

戒めを実践するのは大変なことです。誓うことも相当の覚悟がいるでしょう。
「やっちゃダメですよ」「はーい」では済まないはずです。
だって、目標は仏と肩を並べるほどの人格者になるということですから、生半可に実践できるとは、到底思えません。

しかし『修証義』では、“ できる! ”と言い切っています。
そして言外に「その代わりすっごく厳しいし、覚悟がいるよ」と語っているように思えます。
言葉での語り、ではないですね。
山門前の儀式、受戒を実践しようとする僧侶がすっごく厳しい目に遭っている姿、それを周囲の人たちは「覚悟」として受け取ることができます。
厳冬の福井で微動だにしない若い僧たちの姿を見て、そんなことまで考えたのです。

日頃接している気のいいお坊さんたちが、そういう覚悟を経て今そこにいるということで、にわかに尊敬の念が湧いてきたのでした。いや、今まで尊敬してなかったわけじゃないんですけどね。

 

■禅僧がライターへこう応えました

ロイさんこんにちは。

『修証義』「第三章・受戒入位」第十六節へのコラムを拝見いたしました。
禅宗では古来より、仏道修行者が本気で修行を続ける気があるのかどうかを試すために、様々な試練が課せられることがありました。中国の葉県帰省という禅僧は、とても寒い地域の寺院住職を務めていましたが、自分の下に来た修行僧相手に、冷水を浴びせて追い出したとされます。

ここで修行僧に問われているのは、ご指摘の通り、覚悟であり、我々はその覚悟を「菩提心」とも呼んでいます。

しかし、この「菩提心」ですが、自分のためだけを思うと、すぐに無くなってしまうとされます。何故ならば、自分のために起こした覚悟は、自分の都合で止めてしまうこともできるからです。そこで、我々は菩提心を起こすときに、他人のことを思って起こす(自未得度先度他じみとくどせんどたの教え)とされているのです。その意味では、厳しい修行についても、最終的には自分のためではなくて、他の人に幸せになって欲しいから、という理由が大切になってきます。

さて、今回の第十六節では、『梵網経ぼんもうきょう』というお経から「衆生仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る、位大覚に同うし已る、真に是れ諸仏の子なり」という偈が引用されています。『修証義』では、この偈をもとに、どのような人であっても、菩薩戒を受ければ仏の仲間入りをすると考えたのです。ここには、重大な覚悟が必要だと思われるかと思いますが、覚悟の内容は『梵網経』でいわれている教えが真実だと信じ、自分も受戒を通して仏の仲間入りを出来たのだということを疑わないことです。

そして、仏の仲間入りをしたからには、今度は人々の為になる生き方をしなくてはならないと『修証義』では説くのです。本章に続く第四章・第五章の冒頭でそれぞれ「菩提心」について触れるのは、我々が仏の仲間として生きるのに欠かすことができないことだからです。

今後、第四章以降に進んだときには、是非、菩提心と仏教者の生き方について学んでいただければ幸いです。

 

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