【人権フォーラム】風評被害と差別


去る5月16日、宗務庁役職員を対象とした人権学習が開催された。講師には、人権啓発相談員であり、福島県福島市長秀院住職の渡辺祥文師をお招きし、福島第1原発事故による、風評被害と差別について語っていただいた。今回は講演録としてその内容を掲載する。
 
私は願っていることがあります。今回の原発の問題は間違いなく人権侵害になります。そして、さらに風評被害や差別という問題がたくさん出てきました。これまで「人権・平和・環境」をスローガンとして曹洞宗が常に関わってきた部分から、早めに、こういう形で我々は歩んでいくというところを、年度ごとでも結構ですからメッセージを出していただきたい。
3月11日の震度6強、福島のあたりは6分間揺れました。本堂の方から「ドシーン、ガチャーン」という音が響き渡って立っていられない状態でした。そして、次の日に1号機、そして3号機、2号機、4号機と続いていったわけです。そして水素爆発。
知らないというのは恐ろしいことです。福島市の自坊は原発まで地図上で56キロほどですが、その頃、どのぐらいの放射線量だったのかを雑誌や新聞の情報をあわせていくと、15日夜に25マイクロシーベルトまで上がったと言われています。25マイクロシーベルトということは、24時間いたらあっという間に今の安全の基準とされる20ミリという数値に達してしまうんです。
20日になって、ようやく電話が繋がり、かけてきてくれた各地の方がたから慌てた声でこう言われました。「渡辺さん、逃げろよ」。本当に心配してくださった気持ちだと思います。私も動揺していましたが、その頃はまだ数字が分かっていないんです。後から出た数字で、この高い線量が5日から1週間ぐらい続いたようです。
18日の彼岸の入りの頃には、福島市の道路が無人の状態になりました。18日だと春彼岸入りのお墓まいりですよね。ところが誰も来ません。20日あたりまではそういう状態が続きました。少なくとも私の地元はそうでした。
これは、放射線量の高さではなくて、ガソリンがなくなったのです。そして、水も電気もだめ。本当にみんな逃げたかったと思うんです。ところが、逃げることができなくて、現実には、「できるだけ屋内から出ないでください」という、地元のテレビやラジオに従って、1週間から10日くらいは、屋内退避をしていたのだと思います。
 
3月下旬になって、放射線量の情報が少しずつ出てくるようになって、ライフラインも復旧して、ようやく動き出すようになっていったんです。
そしてその頃から原発の爆発の様子も耳に入ってきました。原発から10キロ圏内にある曹洞宗のお寺さんからの情報です。「11日に、ボーンって音がして、モクモクと白い煙が上がったんだよね。そして、細かいキラキラしたものが降ってきた」。いわゆる1号機の水素爆発です。
さらに地元のお医者さんの話ですが、何か白いものがヒラヒラと落ちてきた。何だろうと思ったら、それがいわゆる放射性物質を含んだチリそのものだった。だから、その方はかなり被曝したと思います。
 分からないとはそういうことです。「そんなはずはない。安全なんだから」と、高い汚染地帯に留まってしまっていた人がいました。しかし今月(5月)15日、後から計ってみたら年間20ミリシーベルトという積算量を超える高い放射線量だったので、計画的避難を始めたんです。ここで一番大きな問題は、現実の「被曝」という部分で、広い範囲で低量でも被曝しているということです。当然、私も被曝者なのです。
知り合いの石屋さんたちが、朝から晩まで倒れた墓石の仮復旧してくれている。ライフライン復旧の人たちも、給水に並んだお母さんや子どもたちも皆、被曝しています。一番濃く降り注いでいたときにも、皆知らずに動いていたんです。
 多くの人はどこにも避難をしません。仕事がなくなるから、食べられなくなるから、土地がなくなるから、財産がなくなるから。やはり動かないんです。それが現実です。食べるとか、生きていくとか、財産とか、地域社会とか、親とか子とか、そういう部分での非常に大きなものがあるので、動くことができないでいると思います。
 
ここで、思いを一つにしていただければありがたいのですが、4月4日に特派布教師協議会がありました。その時は、まだ新幹線は全線復旧しておりませんので、高速バスで那須塩原駅まで行って、そこから新幹線に乗りました。新幹線の中で、私の前の席にビジネスマンお2人が、マスクをして帽子を被って座っていました。宇都宮を過ぎた頃、マスクと帽子を取って、ビールを開けてゴクゴクっと飲んでこう言いました。「ハー、呼吸がようやくできたね。原発事故これ、福島でよかったよなあ。東京とか神奈川とか静岡だったら、どうするんだ。日本のレベルから考えたら、福島で良かったよなあ」と。私は後ろで聞いていて「おれ、福島だけど」ってよほど言いたかったです。
確かに、人間の本当の気持ちとして、自分たちが住んでいるところがそうでなければ安心だという心理はあります。まさに本音だと思います。しかし、仏教的な生き方とか、内局がお示しになっておられる「向きあう、伝える、支えあう」という世界を深く理解している方がただったら、仏教を学ぶ者なら、「同苦同悲」だと言っていただけるのなら、福島のことをどうぞ忘れないでください、考えてください。今日は、「被災地」「被災者」「被曝者」の私ですから、被災地にいる人間としてのお願い、ただその1点であります。
現在、原発近辺は警戒区域となっていますから、入れるはずはないのですね。だから、普通に考えれば直接、放射性物質をつけていくなんてことはありえない。だから、そばに行って触らないとか、実際に放射能が移るとか、馬鹿なことはやめていただきたいのです。でも、人間は付和雷同する動物ですから、何かがあると流されてしまう。でも、少なくとも、現在、放射能を直接持っている人はどこにもいません。被曝した福島県民はたくさんいます。健康被害も恐らくこれから現実のものになります。
一番恐ろしいことは、誰も経験したことがないので、これから初めて結果が出てくるということです。被曝の問題もこれから結果がでます。「いや、そんなことないでしょう。広島と長崎の例があるじゃない」。その通りですが、実は、少ない量を長い期間浴び続けるとどうなるか。20年、30年経ったときに、どういうことが人体に起きるか、医学ではきっとそれが一つの大きな問題であり、今後が心配なのです。
さらに、実際に差別も出てまいりました。ある大工さんのいとこが結婚式を挙げるはずでした。相手は関東の方だったんですが、原発の問題があって、3月下旬に「この話はなかったことにしてくれ。被曝している人と一緒にさせるわけにはいかない」という話でした。大工さんは涙をぽろぽろ流しながら「悔しい」と言っていました。
 また、自動車道で福島の車が「出て行けと言われた」とか、本当なのです。やはり、面白がる人はいるのですよ。また、「関東に来るな」と落書きをされた、油性のマジックインキで書かれたのがありました。
 これからも、表面に出るか出ないかは別として、風評被害はもちろんですが、差別的な動きは必ず出てまいりますので、差別が実際に起こらないようにすることが大事なのだと思います。仏教者として、その意味においても大切なことだと私は思います。
 
お願いですが、何とぞご想像いただきたいのです。それぞれのご自坊や地域、例えば九州であれば遠いと思いますし、直接、実感することはできないかも知れませんが、この問題は「たまたま大震災という天災で、福島で原発の問題が起こった、日本のどこでも起こり得ることだ」と私は捉えたいと思います。そして、その中で人間が人間らしく、人間の力を発揮して、さらには、仏教の願いというものを、きちんとした方向に少しでも持っていくことが、お寺さんの役目だろうと私は思います。
放射線値が高く、「退避」と言われれば、退避するしかないです。そして、もし地域で移動して行ったなら、そこで檀信徒の方がたと一生懸命やればいいと思います。今後、お寺をやってはいけないという方も出てきました。それでも、自分たちのことを含めながら、絆を再生する場として私たちの地域の中でやれるだけやる。これが私たちの覚悟であろうと思いますし、被災地にあってもそれはできると思っていますし、私もこれからできるだけ働かしていただこうと思っております。
最後に、福島の被災している人たちを、どうかよろしくお願いいたします。被災地から言えることは、この問題は長期的なものとなります。重ねてどうかよろしくお願いいたします。