【人権フォーラム】遺骨と寺院が切り拓く東アジア和解の未来へ 朝鮮出身者の無縁遺骨調査の現状と課題


毒矢の喩え

釈尊の説いた有名な教えに「毒矢の喩え」がある。

毒矢を射られた人が、苦しみながら言った。「その毒矢を放った人物は誰なのか? その矢の形状はどうであるのか? その毒の成分は何か? それらが解明されないうちは、矢を抜くな。治療もするな」と。この喩えを引いて釈尊は「彼はまだそれを知る以前に死んでしまうだろう。それと同じように、本質や優先順位を見失った無用の戯論に耽ってはならぬ」と諭したという。物事の緊急性や本筋からそれて、自身の生命まで失う愚を誡めた逸話である。

この喩えと同じように、遺族や故郷に返還すべき遺骨や、待ちわびる遺族の心情とはおよそかけ離れた国家の威信や外交上の駆け引きという戯論によって、本質を見失った日韓両政府の遺骨返還事業が、着手の見通しすらなく、中途挫折の危機に遭遇している。

遺骨は本当に朝鮮出身者なのか? 徴用されたという証拠はあるのか?なぜ遺骨が残ったのか? 民間企業のやったことに政府は謝罪するのか? 式典の主催者はどちらの政府だ? 費用負担は誰がするべきか?‥‥などなど、返還を待ちこがれている遺骨を前にして、遺族や寺院の願いを受けとめることもなく、果てしない国家主権の議論が延々と続けられているらしい。その中で、高齢の遺族が亡くなっていく。遺骨を預かった当時を記憶している寺院住職や檀信徒も他界している。

遺骨が残された事情は千差万別である。かならずしも、徴用や強制動員によって来日した人ばかりではないし、女性や子どもの遺骨も多数含まれている。
いずれにせよ、国家と戦争・植民地によって作り出されたこれらの無縁遺骨が、またしても政府の理屈と不毛の駆け引きという国家の回路に埋もれていく。私たちは、このような不条理や不敬を許していていいのだろうか?

遺骨調査とその現況

2004(平成16)年12月、鹿児島県指宿市での日韓両政府首脳会談での合意を受けて、日本政府からの依頼にもとづき開始された「東アジア出身の強制徴用等の遺骨の所在および関連情報についての調査」は、2006(平成18)年5月の実地調査開始から6年が経過し、宗内寺院における遺骨所在調査や関連する死亡者情報調査は、寺院関係者の全面的な協力により、残り数カ寺の調査対象寺院があるものの、おおむね順調に進行している。

現在、148カ寺から東アジア出身者と推定される無縁遺骨および死亡者情報が寄せられ、合祀・合葬等の遺骨も含め、約700体の遺骨の所在が確認され、この内、骨壷や骨箱等に個別性が保たれた状態で保管されている遺骨は約百数十体である。

調査によって得られた情報は、人権擁護推進本部で取りまとめた上で、必要な情報を全日本仏教会と日本政府に提供しており、これを受け、日本政府主催の実地調査が行われ、宗門寺院でも20カ寺で調査が実施された。これら政府機関等の調査で得られた情報をもとに、韓国内での遺族探しが行われているが、現在、遺族にまでたどり着いた遺骨は、わずか5体に過ぎず、遺族に返還の可能性のある遺骨は奇跡的な事例と言わざるを得ない。宗門では、遺族に返還が可能な遺骨をまず最優先にして日韓両政府が責任を持って対応するよう再三要請しているが、その見通しは示されていない。

さらに、韓国政府の被徴用者等の遺骨問題を取り扱う強制動員支援委員会の活動が今年12月で終了する予定にもかかわらず、現時点でも日韓間の遺骨問題協議は進展していない。当初、日韓両首脳は政治問題としてではなく、「人道」の取り組みとして合意したはずの遺骨調査と返還事業が暗礁に乗り上げている。韓国の要求する「人道」と日本政府が考えるそれとがそもそもずれているのである。

遺骨返還をやり遂げよう

曹洞宗ではこの調査事業の着手に当たり、日韓両政府が遺骨返還を実現する可能性がないと判断した場合には、独自に、この事業を推進することを明言している。
あくまで、日韓両政府の責任において遺骨が返還されるべきであるが、その可能性すら疑わしいものになりつつある。調査に協力いただいた方がたとの信義を遵守すべく、今後は、独自の返還ルートを模索する必要がある。