【人権フォーラム】大本山永平寺集中人権学習


大本山永平寺集中人権学習が、「被差別戒名物故者追善法会」に先立ち、8月20日・21日にかけて開催された。今号はその概略を掲載する。

部落解放同盟愛知県連合会執行委員 加藤賢治氏

加藤賢治氏

「差別をなくすための仕組み創り」と題して、部落差別問題の現状をお話しいただいた。

「差別を受けた人がその辛い思いを吐き出すときには、自分自身が部落の出身であることを世間にさらすということになるので相当の覚悟が要ります。

とくに結婚差別の場合は、身内で対処をされて泣き寝入りになっていることが非常に多い。そういったことを皆さんに知ってほしい。」として人権意識調査のデータや加藤氏自らの聞き取り情報を基に、差別意識が社会の中に依然として存在し、当事者がそれを跳ね返すのは相当な労力を必要とすることを説明した。

次にマンション建設にかかわる土地調査の差別、マンション・アパートの賃貸契約における精神障がい者差別の二つの差別事件を具体的に挙げて、

「部落差別や障がい者差別を許す体質が社会の中に存在しています。企業は利益を出さなければいけないから、差別行為とわかってやっています。面と向かって明らかな差別をすることはほとんどなくなりましたが、社会の忌避意識に迎合した形での差別が多くなりました。差別は見ようとしなければ見えないものが増えてきました。そういったものを見る力というものを養っていただきたいと思います」

最後に30人を超える逮捕者を出した個人情報の大量売買事件「プライム事件」に触れ、

「他人の戸籍などの個人情報を職務上取得することができる行政書士や司法書士などの職業があります。問題は情報を取得されたことを本人がまったく知らないということで、そのことが身元調査の発覚を非常に困難なものにしています。この事件では、警察幹部の個人情報が売買されたことによってその存在が明らかになったわけで、そうでなければ発覚しなかった可能性も大変高かったのです。自分の個人情報を誰かが取得した場合、それを本人に通知する制度などの整備が必要であり、行政を動かすための社会からの働きかけが求められていると思います。社会に挑んでもなかなか社会の仕組みは変わらないというのは事実ですが、少なくとも自分を変えることはできます。それぞれの地域の方に寄り添って、人権意識への問いかけというものをしていただきたいと思います」と結ばれた。

劇団希望舞台『焼け跡から』

演劇「焼け跡から」

日程初日の最後は、舞台演劇の鑑賞。「焼け跡から」は終戦まもなく、復員した僧侶と戦災孤児たちとの出会いから始まる物語で、多くの人命が失われた戦争が終わり、失われたもの、新たに芽生えたもの、変わらないもの、生き延びた人びとに去来する様々な想いを描き、物語ではあるが当時を伝える感動作です。

人権啓発相談員 神奈川県観音寺副住職 佐藤明彦師

「人間(じんかん)を大切に」と題して、人と人との関係性と人権についてお話いただいた。

佐藤明彦師

ご家族の話やさまざまなエピソードから「先入観から来る偏見」について、「例えば、うちの娘は小さいころ自分のことを『日本人』ではなく『東北人』だと思っていました。家族は東北の生まれが多くて、田舎にも夏などには帰っていました。家族が『東北人』と言っているのを聞いたのでしょう。それでクラスには『関西人』の子や『沖縄人』の子がいて、ある子は『韓国人』でした。今この話を聞いて違和感を持った方もいるかもしれません、しかし何の先入観も持たない子どもたちにとってはこれでなにもひっかかることがないんですね。こういった子どもに何か間違った偏見や先入観を植えつけるのは大人です。そういったことがないように正しい知識を学ばなければならない。しかし、正しいのか間違っているのか、色や形で判断できればこんなに楽なことはないのです、差別問題、人権問題には形がありません。我慢している人がいればそのままになってしまいます」

続いて人間(じんかん)について、「人間という字を書いて、江戸のころまでは『じんかん』と読んだと聞いたことがあります。人と人との間には互いに礼を欠かずに気持ちよくすごせる間合いというものがあると思います。お互いの違いを認め合ってこそよい間合いが取れるんです、日々の中で出会う迷信や風習の違いでもそうです。相手を不快にさせないこと、そして振り回されないこと、それが大切なんだと思います。お互いの文化や風習が違うことを自分だけの物差しで批判しては偏見に陥ってしまうのです、偏見が育って絶対化すると差別が完成してしまいます。何か相手に迷惑をかけたとき『すみません』と声をかけます。これは相手に迷惑をかけてしまったことで自分の心が濁ってしまったことを表して『澄みません』と書きます。相手も苛立ちで心を濁してしまったので『相澄みません』と声をかける、互いに間違いを認め合うということなのですね。これも人間を『じんかん』と読んでいた江戸時代にできた言葉なんだそうです。人と人との間の人権を尊重し、平和を維持し、環境を整えていっていただければと思います。人権擁護や差別の撤廃とは、それができるかどうかではなく、それを望むかどうかということであると思うのです。」

酪農家・飯舘村前田行政区長 長谷川健一氏

長谷川健一氏

講演に先立ち人権啓発映像第15作『原発事故~人権は、守られたか~』を視聴。映像にご出演いただいた長谷川氏に、東京電力福島第Ⅰ原発の事故が飯舘村にもたらしたものについて時系列に沿ってお話しいただいた。

「飯舘村は有名な悲劇の村となってしまったが、それは時に、国や東京電力だけではなくて、もっと近いところ、県や直接の行政をつかさどる村によってもそのようにさせられてしまったのではないか、という思いがあります」

放射線への危機感を薄れさせていたことに対する複雑な思いを語られた。

「事故当初、大事な情報が必要なときに届かない、あるいは隠蔽されていた状況。1ヵ月を経過してようやく避難が本格的に始まるが、その前日まで村には「放射線の専門家」が「安全説法」に来ていた。ある人は放射線の健康リスクは喫煙よりも低いぐらいですと言ったんです。馬鹿な、と思いましたよ、タバコは自分で望んだ人だけが吸うものでしょう、この放射線は〇歳の子どもから100歳のお年寄りまで誰にでも絶えず降りかかるんです。それを同じくするとは何事だ、と。」

そして、ご自身で記録された写真を交えて、避難の様子、酪農家として家族のように育てた牛たちとの別れの様子を説明し、

「そうしているうちにとうとう恐れていたことが起こってしまいました。酪農をやっていた仲間が、自ら命を断ってしまった。『原発事故さえなければ』と書き残して」

さらに記録写真は衝撃的になってゆく。

「この写真は牛が餓死してミイラ化しているのです。さらには野生化した豚がこうして餓死した牛を食べている痕跡もあります。どこか別世界の話ではなくて、今回の東京電力福島第1原発の事故によって、この狭い日本の福島県で実際に起きている映像なのです。皆さんよくこのことは頭に入れておいていただきたい」

次は除染やモニタリングポストの様子の写真を見せながら、

「モニタリングポストは設置のときに周りを徹底除染されています。数10メートル離れると数値が大きく違う、私はこの数値を記録しています。20年後、30年後に健康被害が出た時に国が参考にする数値はモニタリングポストのものです。被害との因果関係を考える際に、この数値で因果関係を否定するようなことを許すわけにはいかない。最後に、憲法にうたわれる基本的人権や平等が侵されて来ているのではないかと思います。どうか福島を飯舘を見捨てないで見守り続けていただきたいと思います」と結ばれた。

(人権擁護推進本部)