【人権フォーラム】人権啓発映像第16作「明日へ・『ひと』として~啓発から行動へ~」


この度、人権啓発映像第16作「明日へ・『ひと』として~啓発から行動へ~」が完成した。

今回は「部落差別問題」をテーマとして、4つのチャプターで構成されている。宗門の部落解放への取り組みを主軸に、部落差別の現在、狭山事件、ハンセン病元患者さんたちとの交流、千葉県の電話相談や人権啓発に向けた委員会の模様など宗門僧侶の主体的取り組みを取り上げている。

 

チャプター①「部落解放への取り組み」

なぜ、曹洞宗は伝統教団という立場で、積極的に部落解放に取りくんでいるのか。そのきっかけは1979(昭和54)年、第3回世界宗教者平和会議において、当時の全日本仏教会理事長を務める曹洞宗宗務総長の「今の日本には部落差別問題は存在しない」という旨の発言だった。この発言を受けて、運動団体よりの確認会、糾弾会が持たれ、宗門内、さらには日本宗教界の「差別戒名」「差別図書」等、さまざまな差別事象が明らかになった。

以来、部落差別の問題に向き合って30余年となる。

映像では昨年11月に奈良県桜井市慶田寺にて行われた宗門主催被差別戒名物故者諸精霊追善法要の様子を紹介。永平寺、總持寺の両大本山での追善法要に加え2008(平成20)年からは宗門主催で被差別戒名物故者諸精霊追善法要を管区単位で執り行っている。懺悔の気持ちとともに、差別戒名問題が未だ完全に解決されていないこと、そしてこれからも風化させることなく語り継がなければならない問題であることを再確認し、今後このような過ちのないように、との願いと決意を込めた法要だ。

 

チャプター②

「部落差別は、現在(いま)」

小坂井二郎氏

部落差別は解放運動や社会の移り変わりの中で、何が変わって、何が変わらなかったのか。長野県上田市の小坂井二郎さん、その長男の太郎さん、そして解放新聞の川口将太郎さん、3人の話から考える。

父である小坂井二郎さんは「子どもの頃は、道を通してもらえなかったり、部落の子とわかると唾を吐きかけられたこともありました。今思えばあれは差別だったんでしょうね」と語る。目に見える直接的な嫌がらせや差別があった。それが子どもである小坂井太郎さんの世代となると「今は黙っていれば、部落だからということはあまりないですね。ただ、部落差別の質はそう変わってはいなくて、それが見える所から見えにくい所へと移って差別を続けているのではないかな、と思います」と差別の形態が移り変わっていると言う。

小坂井太郎氏

見えにくくなる差別。例えば匿名で行われるインターネット掲示板上の差別書き込み。保存、複製が容易で拡散しやすく、たとえ間違いや事実無根の事であっても消去が困難で、より多くの人の目に触れる点で現実の差別落書以上に悪質といえる。戸籍情報の不正入手に関わって、個人情報に携わる多くの関係者が逮捕される事件もあった。被差別部落出身者を特定する悪質な身元調査が巧妙に組織化されて地下に潜っていることがわかる。

川口将太郎氏

解放新聞の川口将太郎さんは「同和対策事業特別措置法が、その趣旨を継いで地域改善対策特別措置法として続いてきたが、2002(平成14)年に廃止された。その結果、部落問題が社会問題ではなくて、自己責任というような風潮が出てきた。勉強できないとか、就職できないということも自己責任だ、ということで解決の取り組みを行政的にも放棄していくような流れになっていった」と語る。部落差別は、見えにくくなっても無くなってはいないのが現状だ。

 

チャプター③「“ひと”として~啓発から行動へ~」

30年の啓発活動の中で、実際に行動を起こした人たちがいる。そうした活動の一例を、このチャプターでは紹介する。

 

1.狭山事件冤罪被害者の石川一雄さんと「くまもと『狭山事件』を考える住民の会」

1963(昭和38)年に埼玉県狭山市で起きた女子高生誘拐殺人事件。差別意識に基づく見込み捜査が行われ、石川一雄さんは当初別件逮捕、その後本件で無期懲役となり32年もの獄中生活を余儀なくされた。部落差別による冤罪事件として、再審を求める活動に曹洞宗も連帯している。「くまもと『狭山事件』を考える住民の会」は、石川さんが逮捕された5月23日にちなみ、毎月23日に旗を掲げて坐り込みを行っている。事件の不可解な点や問題点のパネル展示も併せて行われている。

磯田浩隆師

会長を務める磯田浩隆師は「部落問題に20年以上関わってきましたが、誰かのお手伝いのような気持ちでやっていたということに気付いたんですね。これが自分の問題、すべての人の問題だと分かって来たのはこの活動を通してだと思います」と活動を振り返る。

 

2.国立駿河療養所と曹洞宗東海管区駿河親睦会

ハンセン病療養所はでは異例とも言える患者の隔離政策が1996(平成8)年まで、およそ90年にわたってハンセン病患者や回復者、そしてその家族や親族を苦しめてきた。国立駿河療養所もそうした施設の1つだ。ハンセン病は過去には「悪業の報い」の典型とされ、誤った仏教教説がその差別偏見を助長してきた歴史的事実がある。

青島孝宗師

有志で立ち上げた「曹洞宗東海管区駿河親睦会」(駿河会)は、研修で療養所を訪ねる人はあっても、関係を継続する人は少ない、どうにかして入所者の方々との連続した交流の場を持ちたい。それが私たち宗教者の責任なのだから」。そうした想いのもとに始まった。会長の青島孝宗師は「最初の数年はいつまで続くのだろうか、この人たちはというような思いでいたのではないかと。いつからか、ある時すっと氷が溶けたように感じられて、それからは今のようにフランクなつきあいができたような気がしています」と継続することの大切さを語る。肩肘を張らず入所者の方々と共に笑い、語り合いたい、そう考えた時に入所者の中には目の見えない人もいらっしゃる、それではということで落語の会をすることになった。

 

3.やすらぎダイヤルてるてるぼうず

2004(平成16)年に自殺防止のために取り組みが始まる。研修を受けた千葉県の僧侶が相談員として1日、電話を待つ。月に1度はケーススタディとして相談内容の学習と検証のために相談員が集まる。活動に参加する僧侶は「発菩提心という言葉がありますように、自分から色んな人の悩みを聞いて、救えないかもしれないけれど、寄り添って、助けられるように努力するのが僧侶なのかなと思います。活動を続けていきたいと思います」と語る。

 

4.東京都宗務所人権擁護委員会企画委員会

東京都宗務所では人権擁護委員会内に若手僧侶を交えた企画委員会を設けている。社会の中の人権問題について話し合うと、自分の住んでいる地域の中の人権問題についても見る目が変わってくる、気付くようになる、その逆も然り。そうした中で研修会、学習会を企画している。

 

チャプター④「慈悲は訓練するもの」

奈良康明師

人権啓発の30年。僧侶として、宗門として、いかに人権問題に向き合うか。大本山永平寺西堂の奈良康明師にうかがった。「慈悲とは、待っていて自分のふところに勝手に降りてくるものではない。慈悲心のない人間はいないのです、でもそれは育てていくものなのです。」

啓発から行動へ、その行動が慈悲の心の訓練に他ならないと奈良師は語る

「社会的な不条理や非合理に対して関心を持ち、そのことに対して自らが心を痛める、心を痛めていく、具体的に行動が出来る時は、その行動をしていく、これが訓練となる。その訓練をしていくことで、社会的な不条理や非合理に対し、私たちは目を背けられなくなる。そうして、慈悲の心と行動が両輪の歯車のように一体となって自らが深められていく、そういったことがあるのだと思います」

(人権擁護推進本部記)