【人権フォーラム】「過去帳」等記録の厳重管理と人権擁護の徹底を


寺院過去帳が展示されていた

「あなたの宗派寺院の過去帳の写真が冊子に掲載されていることをご存知ですか?」

このような知らせを他宗派の僧侶から受けた。にわかには信じがたく、何かの間違いではないかとさえ感じた。

曹洞宗では1981(昭和56)年12月23日付文書で全国寺院に向けて、「『過去帳』等の管理についての指示要望」を発信している。その要望主旨は、①人権や秘密にかかわる調査は一切拒否、②「過去帳」等の(住職以外の)閲覧は全て禁止、③古い「過去帳」については、厳封保管、というもので、この取り組みの不徹底は否めないものの、過去帳記載内容の写真が掲載されていることはありえないと信じていた。

「もしご存知ないのなら、その複写をファックスで送ります」といわれ、私たちが目の当たりにしたのは、過去帳内容の鮮明な写真であった。

 冊子に過去帳が掲載されていただけではない。実は公共の博物館で、1ヵ月にもわたり、現物が展示されていたということが判明した。

 

善意で応じた過去帳開示

今から約20年前のことである。自治体が運営する組織から、地方都市の近世史と寺院との関係を調査する依頼があった。その一環で、曹洞宗の複数の寺院が古文書や当時のゆかりの品々を博物館に提供し、その一部が実際に展示公開されていた。その中に、古い時代の寺院過去帳やそれに類する古文書もあった。

これらの寺院は、出自や当時の身分を調べるためのいわゆる「身元調査」に応じたのではない。歴史学の調査という依頼に合致する、必要最低限と思われる情報を提供していたと聞いている。これらの過去帳等の情報開示によって、檀信徒や地域住民の個人情報や旧身分等が特定されるということは今のところ確認されていない。

しかしながら、社会的差別をなくし、人権擁護のために、過去帳等の「閲覧禁止」を原則としているにもかかわらず、過去帳の記載内容そのものが展示されただけではなく、その展示品を載せた印刷物が約20年間にわたり、公に頒布されていたということは、本宗の過去帳管理の原則に抵触する重大な問題である。

その当時の住職は過去帳「閲覧禁止」の原則を知らなかったわけではない。ある特定の身分や職業、社会階層を排除する「身元調査」や興味本位の先祖調べに応じるという動機でもないことから、差別事件とまでは断定はできない。

今回の過去帳開示にまつわる問題は、過去帳等の管理に関わる原則と例外の狭間で起こったことであり、その責任は開示した寺院だけではなく、「過去帳閲覧禁止」の方針を指示要望してきた曹洞宗宗務庁自体にもあるといわざるを得ない。

 

過去帳は「悪者」なのか

こういう考えもあるだろう。宗務庁が過去帳等の「調査拒否」「閲覧禁止」「厳封保管」を管理方針として指示しているのだから、過去帳を見る、利用するなどの行為自体が悪いのだという意見である。

古い時代の過去帳等の記録は、檀信徒や地域住民の出自や家系などの歴史や社会状況を反映しており、場合によっては、死因や身分・職業等などが付記されていることも少なくなく、当時の差別関係と無縁ではないというものだ。

「過去帳」等の情報や記録自体が「悪」なのであれば、住職ですらそれを閲覧利用することも差別行為だということにもなりかねない。

しかし、この考えは間違っている。「過去帳」等の記録やそれにもりこまれているさまざまな情報が、自動的に差別行為を起こすのではないからだ。それを見ている、使用している僧侶や人々が「差別的に」利用することが問題の本質なのである。

 

閲覧禁止・非開示の原則

本宗の部落差別問題が寺院、教団全体の組織的な問題と課題として認識される契機になったのは、第3回世界宗教者平和会議(1979年)での差別発言であった。その当時、「同和地区」の人かどうかの檀信徒の問い合わせに宗門僧侶が「丁寧に」応じていた複数の身元調査事件が明らかとなり、本宗は前述した「『過去帳』等の管理についての指示要望」を全国寺院住職・代表者に通知し、過去帳等の「閲覧禁止」の原則を指示要望している。「閲覧禁止」とは、過去帳現物を直に見せなければよいというものではなく、差別的記載の有無にかかわらず、先祖供養等の宗教目的以外での情報開示は原則禁止である。

 

いくつかの例外

前掲1981年「指示要望」以降、「過去帳」やそれに類する寺院古文書情報が、まったく開示されてこなかったわけではない。

 例外1、「差別戒名」を改正するための実地調査

本宗では、少なからぬ「差別戒名」を授与してきた歴史があり、その実態を精密に把握するために、墓石・位牌や過去帳の内容を寺院・檀信徒の了解の下で調査してきた。

 例外2、(被差別)部落史の調査研究や本宗の戒名・過去帳・檀家制度解明のための学術調査

被差別部落の歴史研究や人権思想を基軸にした調査研究のために協力することもあった。ただし、宗門外からの調査依頼に対しては、個々の寺院で判断せずに、その研究目的や成果の発表方法などについて、詳細な説明文書を求め、身元調査や人権侵害に当たらないケースに限り、本宗が書面で許可していた事例も数件ある。

 例外3、その他、宗教的目的や人権擁護の観点からの調査ではないが、社会的な公益性に資すると考えられる事案 

依頼者の生活や尊厳にかかわり、他の手段をして代替できない場合には、特例として過去帳等の情報開示を認めることもある。たとえば、本宗が2005(平成17)年から推進している「東アジア出身の強制徴用者等の遺骨の所在および関連情報についての調査」では、とくに朝鮮出身者の無縁遺骨の遺族を捜索するために、死亡者情報を過去帳記載等から調査している。

いずれにせよ、これら3つのケースは例外・特例であり、過去帳等は原則「閲覧禁止」「開示禁止」であることに変わりはない。どのような事例を例外・特例にするのかは、本宗の責任において個別に審査されるべきことがらであると考える

 

過去帳類似文書・書類も同様の管理をお願いします

私たちが「過去帳」と呼んでいる文書綴は、日本曹洞宗の当初から存在したわけではない。曹洞宗寺院においては、各寺院で最古のものは、江戸期前半から中期のもので、その原型は中世後半から盛んになった授戒会における「戒帳」(戒弟の名簿)にあったとされている。その「戒帳」が封建社会の檀家制度の強化と葬祭儀礼の普及にともない、戒名、死亡日、享年、俗名、続柄、施主等を記載した葬儀供養者名簿として一般化した。当初の様式は現在みられるような当座式(年月日順に追記)ではなく、日繰式(日めくり式)であったらしい(『曹洞宗人権擁護推進本部紀要』第3號「戒名・過去帳・檀家制度」に関する中間報告/2002年9月による)。

檀信徒や地域住民の動静を記した記録文書は、このような「過去帳」だけではない。各家の家族構成や身分・職業、所属宗派などを記した「宗門〈旨〉人別帳」「人別改帳」や檀家名簿のような文書も、家系や個人を特定する社会的情報の集積であり、過去帳と同等の身元情報が存在している。

 現在は寺院に寄託されているこのような記録情報も、過去帳同等の厳格な管理が必要とされるゆえんである。

 古い歴史文書であるから、あるいは「過去帳」ではないので、開示や公開は問題ないということにはならない。

 

見えない衆生への思いを忘れず

社会的差別や人権侵害が行われているとき、被差別者や当事者はいつも不在である。

自分たちの地域には、被差別部落をはじめさまざまな社会的差別は見受けられないし、いわゆる「差別戒名」もないからその箇所の開示まで禁止するのは行きすぎではないかという意見もあろう。

歴史や社会は、個別の事象や領域だけでその可否を考えるのではいけない。一般開示してよい過去帳記載と、伏せておくべき箇所とをそれぞれ異なって扱うということは、差別的扱いを追認し、現代に再生させるということにつながる。「教えられないような過去帳記載」ということは、被差別部落の檀家かどうかという身元調査にも直結してしまうのである。

たとえ古い過去の記録であっても、その情報の開示と公開が、私たちには見えない他の存在の尊厳を犯すとしたら、それは仏祖の教戒に背く人権侵害行為なのである。

 

最近になって曹洞宗が把握したこの「過去帳開示問題」については、詳細な事実確認や公式見解表明をまって、本欄でも逐次報告していく予定です。

過去帳等の管理に関する重大な事案であることに鑑み、現在把握している客観的情報にもとづき、具体的な地域や寺院などの固有名詞を除いて、問題事象の概略を報告するものです。

どうか現在の寺院の現場にもかかわる宗教の人権問題のひとつとしてお読みくだされば幸いです。

あわせて前掲の当本部紀要を参考に、「過去帳」「戒名」問題についてさらに参究されることをお勧めいたします。

(人権擁護推進本部)