【人権フォーラム】大本山永平寺集中人権学習開催報告


大本山永平寺集中人権学習が9月17日厳修予定の「曹洞宗被差別戒名物故者追善供養法会」に先立ち、8月25日・26日にかけて開催された。今号はその概略を報告する。

 

永平寺人権擁護推進室特別講師 東京都大泉寺 久保井賢丈師

全国水平社誕生の経緯を追った映画『3月3日の風』を視聴後、創立の呼びかけ人の一人である西光万吉の話を主に、ご講演いただいた。

「水平社宣言では、人間という字を『じんかん』と読んでいます。人間という字は、漢文で読むときには「じんかん」と読みますが「にんげん」と読むのと「じんかん」と読むのでは意味合いが異なります。『にんげん』と読む場合は私たち人をそのまま意味しますが、『じんかん』と読む場合は、人の世とか、社会とか、そういったものをあらわすようになります。さらに仏教的に読み取るとすれば『縁』として解釈できるのではないでしょうか。

西光さんは浄土真宗本願寺派の西光寺の生まれで、親鸞の教えを深く学んでいる方です。西光さんは、水平社宣言を起草する段階で『じんかん』と読ませることを構想していたそうです。私は、そこに宗教者としての視点というものを感じております」と話され、「水平社宣言は日本で初めての人権宣言です。人権というものを考えるときに、やはり部落差別問題を学ぶというのは出発点だと思います。私自身も人権学習を重ねる中で、水平社宣言をはじめ、部落差別問題を学ぶことが、より広い視野につながっていくことに気付きました。皆さんにも、これから勉強していく中で『ああそういうことか』と気付いてもらえればと思います。部落問題は、曹洞宗の人権問題への取り組みの原点です。宗門が起こしてきた差別問題、これについてだけはしっかり頭の中に入れて欲しい。学びながら、自らの差別意識に気づき、見つめなおすことが差別撤廃、差別問題の解消につながっていくと思います」と、人権問題を学ぶ上で、部落差別問題を学ぶことの重要性について述べられた。

 

大阪人権博物館館長 朝治武氏

氏からは、「部落差別問題の現在と過去」と題するご講演をいただいた。最初に、同和対策事業特別措置法について「1969年に同和対策事業特別措置法ができました。部落差別を無くすための対応として、被差別部落の産業振興や生活環境の改善、その地域の子どもたちへの教育の強化等の目的で作られた10年間の時限立法です。部落差別の解消は、国の責務、国民的課題であるということで、国もその時代に部落差別問題が存在していることを認めたのです」と、かつての被差別部落の状況を説明された。

次に、ネット社会における問題点について指摘された。

「ネット上に被差別部落の地名を公表するという行為が平然と起きております。警察は殺人教唆、予告等の書き込みに関しては取り締まっていますが、部落差別については、表現の自由だとされ、取り締まる法律も整備もされていない現状です。だから今日も差別的な書き込みが行われております。もっと怖いのは、凶悪な事件や猟奇的な事件が発生した時に『やったのは部落じゃないか、こんなことやるのは部落しかない』と、書き込みがなされることです。ネットというのは便利ですが、差別や人々に偏見を植え付けるような恐ろしい面もあります」

最後に部落差別問題を学ぶ上で注意しなければならない点について、次のように述べられた。

「正確に部落差別問題を知ることが大事です。間違った知識を身につけると、間違った物の見方や行動になる訳で、どういう経過を辿ってどういう差別があり、差別を無くすためにどのような運動があったのか。全国水平社創立から約百年間の差別を無くす歴史、そういうことを正しく理解することが大事です」

 

人権啓発相談員・福島県長秀院 渡辺祥文師

「仏道として学ぶ人権―なぜ、人権学習が必要なのか」と題して、曹洞宗人権学習基礎テキスト『これだけは知っておきたいQ&A(改訂版)』を、修行僧と共に読み込む形で講演を進められた。

師は、寺院の生まれから「おまえ、お布施で生きてるんだな」といじめられた自身の体験や、福島出身者という理由での偏見による婚約破棄の実例等、人権を考える上で多岐にわたるお話をされる中で、差別戒名の問題について、「この問題は、宗門の主体的な意識から始まったのではなく、外部から指摘を受けて始まったものです。宗門僧侶が差別戒名を授与した事実は、差別行為そのものであり、このことを許してきた教団の体質や、ひいては僧侶一人ひとりが自分自身をえぐるように内省し反省し続け、今後、二度と過ちを繰り返さないため、学習し続けることが必要なのです。」と述べられた。

また、仏道と人権の関係について、釈尊の真理の言葉『ダンマパダ』(「法句経」)によると「不害」の教えとは絶対的な非暴力を説いており、これがこの経典の中に何度も何度も出てくることを述べられ、かけがえのない一つひとつの生命、この命を思い、他を害さないという釈尊の説かれた「不害」の教えは西洋発祥の人権思想となんら違わず、同様の方向を示していると話された。

 

山口県人権啓発センター事務局長 川口泰司氏

氏からは、「部落差別は今?」と題してご講演いただいた。

中学3年最後の同和学習の事業において、地区出身者である事実を「必死に隠し通してきた」と思っていたが、クラスの仲間の多くがすでに知っていたことに驚いたことや、また学生時代に解放運動に取り組む中、当時交際していた女性の両親と食事を共にしたとき、自身の出自を述べた瞬間に相手の父親が「仕事が急に入ったから」と態度を急変させて席を立ち去った経験や、バイト先の上司に所属していたサークルを聞かれ「部落解放研究会」と言った瞬間、上司の顔色が変わったこと等々、部落差別とは何か、長年肌身で受けた被差別体験をうかがった。

氏は言う。差別とは、差別される側に問題はなく、差別する側に問題がある。差別する側が抱いている「あそこは部落だから」というマイナスイメージや偏見が生まれる原因に、「圧倒的情報量不足」がある。被差別地区だろうと一般地区だろうと怖い人もいれば優しい人もいる。予断・偏見によって断ち切られていた人と人のきずなを紡ぎなおすこと、常に出会いなおすこと、学びなおすこと、それが人権学習であるとご教授いただいた。

(人権擁護推進本部記)

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