【人権フォーラム】寺院「過去帳」等記録の扱いは本当に適切ですか?


再度のお知らせと要望
寺院「過去帳」等記録の扱いは本当に適切ですか

本誌では数度にわたって、お知らせしてきましたが、重ねて、寺院「過去帳」等の記録情報の適切な扱いについて要望します。 

寺院「過去帳」等の記録情報には、檀信徒や地域住民の方々の秘密やプライバシー情報が記されています。ですから寺院住職以外の「閲覧禁止」はもとより、たとえ檀信徒からの依頼であっても、宗教目的以外の、たとえばたんなる先祖探しや家系図作成等の求めに対しては、非開示が原則です。さらに、さまざまな歴史調査研究や、内容の公開を前提とした展示や複写・写真撮影も禁止をお願いしてきました。しかしながら、たいへん残念なことに、この方針が守られていない事実が明らかになっています。

 

寺院「過去帳」開示の現場写真が新聞に掲載されていた

歳の瀬もだいぶ押し迫ってきた時期に、ある人権擁護推進主事の方から、お電話をいただきました。

「インターネット版のニュースに、曹洞宗と思われる住職が、『過去帳』らしき帳簿を開いて堂々と開示している写真があります。そちらでも確認いただけないか」という趣旨の情報提供でした。

当本部では、昨年の本誌6月号と11月号において、「過去帳」等記録の厳重管理と人権擁護の徹底をお願いし、各種研修会でもその方針の確認を発信しているさなかでしたので、「まさか」という疑念と不安がよぎりました。

さっそくインターネット版の某地方新聞記事を見て驚愕しました。

江戸期の歴史上の著名な人物の慰霊祭を、ある寺院で10年ぶりに開催することを告知する内容なのですが、カラー写真が掲載されており、そのキャプションには、「戒名の記された過去帳を手にする住職。同寺の**世の住職が付けたとされる」とあったのです。

その写真では、改良衣に絡子をかけた当該寺院の住職が、過去帳らしき簿冊を両手で開いて見せている画像が掲載されているのです。

住職が開示している過去帳らしき文書をさらに拡大してみると、不鮮明で細部までは判明しませんが、複数の戒名の下に俗名・享年などが書き込まれていることは確認できます。一般には「過去帳」の記録スタイルをもつ文書に違いありません。本当に宗門僧侶が顔つき写真で過去帳を開示したのでしょうか。

 

インターネットニュースに「過去帳」開示写真が拡散

新聞記事で紹介されていたお寺の名前を調べると、たしかに本宗に所属している寺院です。当該寺院の住職が「過去帳」と推定される文書を開示している現場写真を公表している理由はわかりませんが、明らかに「閲覧禁止」の基本方針に違反する行為です。

当本部は現地での事実確認を待たず、住職に電話連絡し、インターネット上に掲載されている「過去帳」開示写真を削除してもらうように、ご本人から地方新聞社へ伝えてもらいました。数時間後、この新聞社から発信されていた記事からこの写真は取り除かれていました。ひとまずは安堵しました。

しかし、翌日、この新聞社から配信されていた大手インターネット検索会社のポータルサイトに、同様の写真がそのまま掲載されていることが判明しました。

複数のポータルサイトで確認された「過去帳」開示写真は、限定された地方・地域にとどまらず、全世界の不特定多数に向けて配信されています。このままこの記事や写真が拡散することは、本宗の「過去帳」管理原則に反することになります。

当本部は再度、住職に電話連絡し、事情説明のうえ、取材を受けた地元新聞を通して、写真不掲載の措置を依頼してもらうよう要請しました。当方の趣旨をご理解いただいた住職がさっそく働きかけくださった結果、多少は時間がかかりましたが、写真は取り下げられました。

ただし、その地方新聞の印刷紙面で、「過去帳」開示写真がどうなっているのかは不明でした。住職もその新聞を購読していないので分からないという回答だったため、現地での現物紙面の確認が必要となりました。

 

現地での紙面の収集と事実確認から判明したこと 

東京の図書館でも、その地方新聞のバックナンバーは閲覧できます。しかし、「過去帳」開示写真が掲載されている可能性のある記事自体は確認できませんでした。その地方新聞のある特定の地域版にのみ出ていた記事のようです。

当本部は地元の公立図書館に所蔵されている地方紙の地域版を調査するため、現地を訪問しました。その結果、12月12日朝刊の某地域版には、インターネット版とほぼ同様の記事と当該寺院住職が「過去帳」を開示しているカラー写真が載っていました。

この記事が載った紙面が配達された地域は全県範囲ではなく、多くても2~3万部にとどまることも判明しました。インターネットでの写真配信が取り下げられ、さらに発行部数や地域がある程度限定されていたことから、全国への情報拡散という最悪の事態はひとまず避けられたことになります。

ただし、なぜ「過去帳閲覧禁止」を知っているはずの当該寺院住職自らが、「過去帳」を開示していたのかは依然として不明です。やはり直接、事情や経緯等をうかがわなければなりません。お寺を訪問して直接お尋ねして明らかになったことは、次の通りです。

1、当寺ではこの文書を「過去帳」としてではなく、古文書「名簿」として認識している

2、実際の現物表紙も「**名簿」となっている

3、新聞取材があったのは、1年前であり、今回のような記事になることは事前には知らなかった

4、「過去帳閲覧禁止」は承知しており、当寺過去帳は鍵付きの書庫で厳重管理している

5、記事の中「過去帳」の表記は適切ではないと記者へ伝えたということ

 

「過去帳」なのか? たんなる古文書の「名簿」なのか?

実際の紙面記事の閲覧と住職への聞き取りによって、本件の輪郭はある程度は明らかになりましたが、住職が新聞で開示している文書綴が、なぜ記事の中では、「過去帳」として扱われているのかはなおも判然としません。

取材記者が当該寺院に確認もせずに一方的に「過去帳」と表記してしまったのか? それともこの名簿の存在が当地では比較的有名なために、正式名称ではなく「過去帳」という通称にされてしまったからでしょうか?

当地の市史と史料集で当該寺院の古文書記録等がどのように扱われてきたかや、お寺の歴史の由来説明などを精査してその謎の一端が少しずつ解けていきました。結論から先に言えば、問題となっているこの簿冊を「過去帳」と命名したのはお寺自身です。

当該寺院を訪問する際に、山門前に建立されていたお寺の歴史・沿革についての説明石碑を私どもは拝見していました。そこには、地方新聞の地域版で記事になっている歴史人物に当該寺院の住職が戒名を授与した記録文書のことも解説されていたのです。

その碑文には「‥‥それを記す過去帳、同寺に遺存あり」と刻印されています。この石碑を当該寺院が建立したことは明らかですから、碑文の「過去帳」の文言も当然このお寺自身による命名と考えざるを得ません。ということは、「**名簿」という古文書の表題を、取材を担当した記者が勝手に「過去帳」という通称で表記したのでもなければ、他者の命名を流用したのでもないことになります。

当該寺院が碑文で「過去帳」と表記している問題の簿冊を、新聞掲載写真で公開したというのが、開示者の弁明にかかわらず、客観的事実なのです。

 

古文書だったら「過去帳」等名簿は、閲覧や開示も許可していいのか?

今回のような「過去帳」類似名簿の写真公開についてだけではなく、本誌で既報した「山形県第1宗務所管内寺院における過去帳等開示問題」等にも共通する、寺院側の先入観やひとつの前提や思い込みがあります。

現在の檀信徒等の先祖供養に関わって利用されている「過去帳」等の記録文書でなければ、閲覧や開示はさほど問題にはならない。とりわけ、近世以前の「過去帳」は古文書記録文書であり、対象者の出自や門地を調べるような差別的「身元調査」に悪用されることはない、という憶測です。

たとえ戒名・俗名や死亡日・享年等が記されている「過去帳」であっても、現実に利用されていない古文書にまで、「閲覧・開示禁止」を適用するのは行き過ぎだとする反発もあります。

宗教法人(寺院)が保有管理する個人情報には用途に応じてさまざまな種類の文書やデータが含まれています。

①「過去帳」②年回表③檀信徒名簿④寺院等名簿⑤寄付・献金名簿⑥各種団体名簿⑦各種調査(アンケート)資料⑧宗教法人備付書類などがそれです。

これらの文書・データが現実の法人運営や宗教活動において実際に利用・運用されている場合は、「現用文書」と呼ばれます。一方で時間が経過して現在では利用されることのなくなった保管用文書を「非現用(歴史的)文書」と言います。いわゆる「古文書」とは、この非現用文書グループの中の最古層ということになります。

「古文書」は歴史的な文書記録であり、現実社会の不当で差別的な「身元調査」に悪用されることはないから、「閲覧・開示禁止」の必要はあまりないとする憶測や前提は本当に正しいのでしょうか?

 

古文書としての「過去帳」等記録も、閲覧不可・非開示扱いが原則

前項の疑問や憶測に対する、当本部としての見解は次の通りです。

第1 非現用文書の一種である「古文書」は、現実の利用・運用の必要性や頻度が薄いことを意味していても、その文書・情報の閲覧・開示の当否については、何ら判断基準とはならない

第2 現用されている「過去帳」およびそれに類似する文書以外であっても、閲覧や開示に供さない(保護対象)文書も存在する(檀信徒名簿等)

第3 非現用の古文書である「過去帳」であっても、差別戒名・法名等が記されている簿冊も現存するから、当然のことながら閲覧も開示も不可である

第4 昭和56(1981)年12月23日付宗務庁発「『過去帳』等の管理についての指示要望」の第3項で「ことに、古い『過去帳』については、厳封の上、保管すること」とある

第5 以上の事由と理由により、たとえ古文書の「過去帳」とそれに類似する文書であっても、住職以外の第三者への閲覧許可と宗教目的以外での情報開示は禁止するのが適切である

第6 「過去帳」等の文書の第三者への閲覧許可や情報開示・公開行為の大半は身元調べなどの差別助長行為とはならないという主張があるが、99パーセントは安全であっても、残りの1パーセントが、間接的であれ、非意図的ではあれ、差別行為に加担するとしたら、事前にこれを防止するのが、人権擁護上の危機管理の常套である

これらのことから、古文書であろうともそうでなくても、実態として「過去帳」の内容を記録した文書を、一般への閲覧・開示・展示や記録内容の写真等の提供等を禁止し、そのような依頼に対しては明確に拒否すべきです。

 

「過去帳」管理の試行錯誤―他宗派の事例―

宗教目的ではない「過去帳」等の閲覧や開示が問題になっているのは、曹洞宗寺院だけではありません。

朝日新聞「情報保護 見直す仏教界  過去帳・管理徹底呼びかけ」(2014年11月16日朝刊)では、曹洞宗のほかに諸宗派および全日本仏教会などの事例や見解を紹介しています。

最近、個人情報の電子化にともない、情報データの大規模な流出が社会問題になっています。寺院「過去帳」等の文書情報についても、30年以上前から、身元調査につながる過去帳の閲覧・開示禁止が仏教界の大勢になっているにもかかわらず、不特定多数への開示・マスコミ等への公開、博物館での現物展示などが最近発覚し、「寺に行けば過去帳を見られる」という誤った印象を流布する事態にもなっています。

そのような中、仏教各宗派・教団・本山が、傘下の被包括宗教法人・寺院の「過去帳」等の管理について、さまざまな試行錯誤をしています。

浄土真宗本願寺派(西本願寺)では、2014年2月、「過去帳又はこれに類する帳簿の取扱基準・取り扱いについて」という規則を制定し、「過去帳」の記載事項や閲覧・開示の禁止等の遵守を所属寺院に義務として課しています。本山と教団が「過去帳」の閲覧・開示禁止の原則やその細則を厳格に規則化するという方向性です。

一方、臨済宗妙心寺派では「本部と末寺の関係強化や災害時のケアが目的」で、末寺の檀家情報を京都の本山で入力し、本山が情報を集中管理する動きもあります。個々の寺院の「過去帳」等の個人情報管理の不統一や恣意的な利用はなくなる一方で、電子化された個人情報の流出には細心かつ不断の注意を払わなければなりません。

「過去帳」等の個人情報の管理に係る個々の寺院と包括宗教法人(教団・本山)との関係について、本宗は宗制宗規で一律義務化することも、逆に被包括宗教法人(寺院)の「過去帳」等の個人情報利用を教団が集中管理することも考えていません。

なぜならば、お寺と檀信徒及び地域住民等との関わりにおいて、人間の尊厳と生活を守ることは、教義や信仰の根幹というべき倫理であり、それを制度的規則で強制するべきではないと考えているからです。さらに、「過去帳」等の個人情報の管理責任は、個々の寺院にあり、教団はその指針と原則を助言する立場にとどまるべきだと思うからです。

 

以上のことから、今回の「過去帳」開示問題についても、当本部の見解を関係者にお伝えし、当該寺院住職の適切なご判断と行動に期待するものです。

(人権擁護推進本部記)

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