【人権フォーラム】連続大量差別はがき事件に学ぶ(講演録)


曹洞宗人権啓発相談員協議会が去る1月21日から22日にかけて曹洞宗檀信徒会館を会場に開催された。ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク「のりこえねっと」の副事務局長を務める浦本誉至史氏よりご講演いただいた。今号はこの協議会において行われた講演の概要をお伝えする。

浦本氏は、「連続大量差別はがき事件」の被害者であり、代表告訴人である。冒頭、「無知」と「希薄な人間関係」という二つのキーワードを示されたことについて、こう説明する。

「今、日本は少子化で、子どもの数が減っています。私が子どものころは同級生が何十人もいて、子どものころから、その子ども社会で生活していました。人間関係は、子ども同士の付き合いの中で、自分で知るものだったと思うのです。そうした関わりは対面で行われるのが常でしたが、それが大きく変化しています。

今の時代は子どもの数が減っていますから、濃厚な人間関係の中で学ぶ機会が少なくなっています。私たちのころにはなかったインターネットという、非常に便利な道具も登場し、今の子どもたちはそれがあるのが当たり前の中で、情報伝達のツールとして、当然のように利用しています。対面で話すのとは全然違う、文字のみでのやり取りですから、相手の顔色なんて見えません。相手がどう思うかなんて気にしないで、自分の考えだけを安易に伝えてしまうことになるわけです。ですから、人間関係を濃密にしようという発想も薄いでしょう。希薄な人間関係の中で生きていく結果として何が起こるかが問題なのです。こうした『希薄な人間関係』と『無知』が、私たちに驚異を与え始めている。それが連続大量差別はがき事件の中にも見てとれると思うのです」

事件は、悪質な差別語と誹謗中傷に満ちた一通のはがきが浦本氏に届いたことから始まった。そして、そうしたはがきが毎日送られてくるようになったのである。差出人や住所は様々だったが、はがきの消印や文字、内容から見て、一人の人間がやっていることは明らかだったという。

事件全体で400件を超える被害があったが、中でも浦本氏への嫌がらせは最も多く、その数は99件にのぼる。さらに、浦本氏を驚かせたのは、被差別部落の人間だけを攻撃していたのでは無く、国立ハンセン病療養所菊池恵楓園にも差別的な内容の手紙を送っていたことである。

当時、恵楓園の入所者団体が、温泉ホテルへの宿泊を拒否されるという差別事件が起きていた。今日、入所者にはハンセン病の病原体は無く、病気が伝染することなどありえないという基本的事実を知らないが故に引き起こされた事件である。犯人が恵楓園に送った差別手紙の差出人欄に、浦本氏の氏名と住所が書かれていたのである。

犯人は執拗に、浦本氏の周囲住民へも差別はがきを送るようになった。「浦本は危険人物だから、気を付けた方が良い」という趣旨の内容であり、住民の中にはこのはがきを真に受け、浦本氏を排除しようとする人も出てきたため、検察に訴えたという。

「こうした状況を罪に問えないのかと検事さんに聞いたところ、『アメリカやヨーロッパなら罪に問えますが、残念なことに日本にはその法律がないので、罪に問うことはできません』と言われました。検事さんと色々な話をしましたが、差別はがきを送りつけることこと自体も罪に問えるかわからないと言うのです。私は1年半、毎日脅迫され、生き地獄のような日々を過ごしているのに、罪に問えないのですかと聞きました。『個人的には浦本さんの苦しみは大変よくわかります。しかし、日本にはこれを裁く法律がないため、罪に問うことができないかもしれません。』と言われ、びっくりしてしまいました。到底納得できなかったため、最後に言ったのです。検討していただいて、次回お会いするときに日本の検察としてこれが罪に問えないと言うのなら、私はその足で某国の大使館に行き亡命を申請します。そうでなくては恐ろしくて、日本で生活できない。」

こうした必死の願いが届き、訴えが成立して、脅迫罪と名誉毀損罪そして私印偽造同使用罪という罪に問うことができたのである。私印偽造同使用罪とは、字のとおり私印の偽造と使用を罪に問うもので、今回の罪状で一番重いものだ。犯人が浦本氏の名前を使って菊池恵楓園へ手紙を送ったことがこれに当たる。署名は私印に準じるものだからだ。

「私が被害者になることはわかりました。この手紙を受け取った恵楓園の方たちも被害者ですねと尋ねると、『被害者にはなりません。この罪は署名の偽造が罪になるのであって、手紙そのものは罪になりません』と言われました。じゃあ、手紙は罪に問われないで、手紙を入れた封筒が罪に問われると言うことですかと聞くと『そうです』との回答です。私はとても納得できませんでした。このことを恵楓園の自治会長さんに伝えると、無念でならないので、せめてこの気持ちを浦本さんから法廷で伝えてほしいと頼まれました。日本の法律はこういう状況なのです」

そうして公判が始まった。犯人は浦本氏と一面識もない、さらには部落差別問題など何も知らない、一切関わったこともないという青年であった。

「犯罪被害者保護の観点から、裁判に被害者は申し入れをすることができます。私が申し入れたのは動機の解明です。何で被害にあったのかまったく理解できないわけですから、この点がはっきりしないと私の不安は消えないと思いました」

犯人は、「大学卒業後、就職がうまくいかず強いストレスを抱えていた。被差別部落のことは何も知らないし、被害者とは一面識もない。自分に関係のない赤の他人を傷つけることに何の躊躇もなく、無関係な被差別部落の人を差別にして楽になりたかった。これ以外に犯行動機は何もない」と語ったという。

「問題はこの犯人、仮にS君と呼びますが、S君が稀有な一例であるとは、私には思えないのです。私の自宅周辺の25件に送られたはがきによって、5軒の人が私を追い出そうとしたのです。それから、この事件以降、インターネットの巨大掲示板に、私のことを何も知らない人々が、すごい数の悪口を書いているのです」

浦本氏は最後に「S君に、悩みを相談できる友だちがいたらどうだったでしょうか。彼が悩んでいることは両親も知りませんでした。彼が被差別部落のことをちゃんと知っていたら、こんなことをしたでしょうか。今、世の中はますます少数者が生き辛くなっています。その根底には『無知』と『希薄化した人間関係』があるのだということを、私たちはもう一度自覚しないといけないのではないでしょうか」と結ばれた。

「無知」と「希薄化した人間関係」。我々が人権を学ぶ上で、示唆に富む言葉だと思うのである。

(人権擁護推進本部記)

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