【人権フォーラム】いのち再び つなぐ ―朝鮮半島出身者の無縁遺骨の集約事業はじまる―


納骨と慰霊を終えて

10月30日、台風一過の秋晴れの中、人権擁護推進本部は10月下旬に宗門寺院から移管を受けた朝鮮半島(厳密には周辺の島嶼部とうしょぶも含む)出身者と推定される31体のご遺骨のみ霊を納骨施設へ納め、慰霊の諷経を修行しました。
戦後、無縁のままになっていたご遺骨のみ霊と、永年供養のうえ預かっていただいた寺院の心情に想いを馳せ、深い感慨をもって読経焼香しました。
そもそもなぜ、今の時期に曹洞宗がこれらのご遺骨を全国から集約しなければならないのでしょうか?

 

日韓首脳の約束とその後 ―人道問題としての遺骨返還の取り組み―

無縁遺骨合同慰霊法要

ことの発端は次のとおりです。今から13年前の平成16(2004)年末、当時の盧武鉉ノ・ムヒョン大韓民国大統領から小泉純一郎総理大臣へ、軍人・軍属以外の民間の朝鮮半島出身の無縁遺骨の実態調査および本国への返還が要請されました。日韓両政府間では、政治的駆け引きや賠償問題としてではなく、「人道問題」としてともに取り組んでいく約束が交わされたのです。翌年7月には全日本仏教会を通じて、調査依頼が曹洞宗にありました。それ以降、北は北海道の稚内近郊から南は九州長崎まで百数十体の個別性を保ったご遺骨を実地で確認しています。その情報は外務省を通して韓国政府機関に報告しています。
曹洞宗では、平成19(2007)年夏以降、日韓両政府による実地調査(公開)を積極的に受け入れ、韓国側へは遺族捜索をお願いしています。その結果、遺骨の詳細な身元情報が判明するだけでなく、韓国内に遺族や親族の存在も確認されたご遺骨が数体あります。
このように調査が進展しているにもかかわらず、その後の東アジア情勢も影響してのことか、本来は人道問題として立ち上げられたご遺骨の返還については、本宗だけではなくすべて停滞頓挫とんざしています。一体のご遺骨も返還されていません。「なぜ停滞しているのか?」という問いにも、政府は「皆さまの協力によって真摯に取り組んでいく」と繰り返すだけで、具体的な説明はありません。帰るべき安住の場をいまだ見つけられないで、遺骨のみ霊が再びさまよい始めています。せっかく遺骨奉還に同意くださり、調査に全面的に協力支援いただいたご寺院の皆さまの心情を慮るとき、このままの放置は礼を失することになります。
無縁遺骨の調査について曹洞宗は、日韓両政府の責任で返還に着手するまでのあいだ、本宗が把握している日本全国のご遺骨を集約し、丁重に慰霊供養することになったわけです。この集約事業は、ご遺骨や貴重な身元情報を散逸させないための次善の取り組みと本宗は位置づけています。

 

無縁遺骨の実態

曹洞宗が実地調査等で把握している109体の個別性を保っている朝鮮半島出身者と推定される無縁遺骨のうち、約3割が中部地方のとある町に集中しています。ここは古代から金属原料を産出していた地域で、戦時増産によって、日本人を含む多くの労務者が働いていました。ここでは、朝鮮半島出身者だけではなく中国人や連合国捕虜なども使役されていたと伝えられています。
10月26日から27日の2日間、曹洞宗人権擁護推進本部はこの地域から集約事業を開始しました。5ヵ寺の合計31体のご遺骨のみ霊を本国返還までの期間、仮安置施設へお迎えするための取り組みです。
5ヵ寺に預けられたままになっていた無縁遺骨は、古くは明治期から昭和50年頃にかけて亡くなられた朝鮮半島出身者の亡骸と思われます。そのうち17体については、行政等記録により朝鮮本籍が判明していて、その中の一体のご遺骨については、韓国内で遺族の存在が確認されているのです。
事業所で労務者として従事していたであろう人だけではなく、その家族とも推定される女性や乳幼児の遺骨も祀られていました。
戦争末期の「徴用ちょうよう」によってなかば強制的に動員されて使役された朝鮮半島出身者だけではなく、「募集」「官斡旋あっせん」や就業渡航によって来日した人々も相当数いたと思われます。
ご遺骨一体一体の身元や事情は、一人一人の顔が異なるように、個別の存在であり、単純に朝鮮半島出身の「強制動員者」「被徴用者」という一色に塗りつぶすことのできない多様な人々のご遺骨ということになります。
遺骨がお寺に預けられた事情は様々です。死亡時にすでに身寄りのない方もあり、本国や国内の別の場所に改葬するために仮に納骨されていた例もあります。お墓には埋葬されていませんので、お寺の片隅に一時的に預けられたまま、無縁になったご遺骨です。

無縁遺骨の合葬合祀をあえて行わないで、そのみ霊を永年供養のうえで保管いただいた寺院の真心があったからこそ、このたびの遺骨集約事業が可能となったのです。

 

遺骨の御霊がつなぐ縁

遺骨は単なる遺骸ではなく、故人の生命と人格の象徴です。宗門寺院の檀信徒ではない身寄りの喪われた遺骨であっても、まったくこの意味は変わりません。ましてや、様々な事情で故国や故郷の同胞とともに弔われなかった歴史的事情を考慮すれば、これらの無縁遺骨のみ霊を追悼し供養することは、民族や国境の壁を超えた人道と宗教心の発露です。
このたび最初の無縁遺骨の集約事業に参加して、人権擁護推進本部の役職員と地元の寺院の皆さまとは、たいへん不思議な経験をしました。
それは、祭壇に祀られたご遺骨を前に、読経焼香し、供養の儀式をともにする空間において、まるでわが子を、次の安住の地に送り出すような温かい気持ちを新たにしたことです。
慰霊供養と感謝の式典をそれぞれの寺院で無事終えて、合計31体の遺骨を車輌で移送するそのとき、寺院住職や寺族の方々が、合掌しまた手を振って送り出していただきました。
無縁遺骨は、この集約事業にかかわった役職員と寺院の皆さまの心をつなぐ勝縁になったのです。
私どもは、遺骨をこれまで丁重に安置供養してこられた寺院の関係者の皆さまの行いを、美しいものと感じ、敬意をさらに深くしました。
願わくは、これらの無縁遺骨が、縁をつないで故国故郷の地に弔われる日が来ますように祈ります。

(人権擁護推進本部記)

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