【International】可睡斎専門僧堂における安居を終えて


ki201411_2

筆者(左)と佐瀬道淳斎主老師

平成24年11月から平成26年3月まで静岡県袋井市にある可睡斎専門僧堂で、私は1年半の期間、安居を行いました。

浜松市から車で40分程の場所にある可睡斎は、600年の歴史を誇り、徳川家ゆかりの由緒あるお寺です。また秋葉三尺坊大権現をお祀りする秋葉総本殿としても知られています。

私が門前の道で初めて可睡斎を目にしたとき、深い感銘を受けました。上山前日に日本に到着した私は、空港と宿泊したホテル以外は、まだこの国について何も見ていませんでした。子どもの頃からテレビや写真、本や雑誌などで、日本の文化に興味を持ち憧れていました。夢が実現できたこと、自分が憧れていた文化を知ることは感動的でした。空港で可睡斎の役寮である佐久間紘道師に迎えられると、22時間の長い旅の疲れを癒すため、近くのホテルへ宿泊しました。翌日、朝陽を浴びると、私は今まで感じたことが無かった深い感動を味わいました。

午前11時頃、可睡斎へ上山する為の準備を行いました。持っていた荷物は細かく点検され、上山するために服装を整え、地蔵菩薩が祀られる地蔵堂へ案内されました。そこは新到和尚が最初の指導をいただく場所です。そこで最初の指導を受け、韋駄尊天の彫像に守られた玄関へと案内されました。命を懸けて正法を求めた僧侶達のように、玄関の前に立って、木板を三打しました。

ki201411_3「御開山拝登並びに免掛搭よろしゅう」自分をお寺に入れてもらう為、力一杯大きな声を出しました。緊張によるお腹の痛みや吐き気をこらえ、大きな声で言い続けました。

突然、私の前に警策を持つ客行和尚さまが現れ、自分が今どこにいるかを実感しました。その時まで、私が今まで見てきた日本と可睡斎との間のわずかな時間はぼやけたレンズを通して見ていたようで、私の頭の中で想像していたものだけを楽しんでいた気持ちでいました。

しかし、客行和尚さまが発した「ここへ何をしに来たのか」という質問を受け、現実が私の肩に重くのし掛かりました。私はここへ一体何をしに来たのかと心の中で、その質問の意味について考えさせられました。私は「仏教の勉強をしに来ました」と答えました。

私の坐禅入門は友達の紹介で始まり、出家得度も師匠の提案であり、また日本での安居も師匠の推薦でした。私は自分の人生についてあまり意識していないまま今まで歩んで来ました。ところが、「ここへ何をしに来た」という客行和尚さまの質問に、突然私の目の前にその全てが押し寄せてくる気がしました。

無事上山の許可を得て、その後旦過寮で4日間の期間を過ごしました。自分ができると思った日本語も3年間勉強した成果は不十分で、言葉を流暢に話すことができませんでした。時差という体調面でも問題はありました。

日本に到着した初夜は、ホテルでぐっすり休め、おかげで飛行機での長時間の移動の疲れを感じませんでした。ところが日本とブラジルの12時間の時差によって、夜に目が覚めたり、昼は眠くなったりと起きているのが大変な中、修行していくうえで、必要なお経や偈文も覚えなければなりません。それは、今まで体験したことが無かった寒さの中でのことでした。

私の先輩や修行の仲間達はとても親切にしてくださいました。私を外国人扱いしないで、日本人同様に受け入れてくださいました。私が可睡斎の滞在中に築いた絆は、一生消えることが無いと確信しています。なぜならば可睡斎での修行は私の一部であり、私を作り、今でも作り続けているからです。修行の先輩や仲間は、一人一人がとても個性的で私の心に触れ、感謝の気持ちを感じました。

ki201411_1一つ一つの体験は私の人生の中でとても貴重なものであり、素晴らしいものとなりました。一日の流れの中で一緒に行った様々な行持を思い出すと感激します。作務で全員がベストを尽くして努力をし合ったことや、うれしいひととき、大変だったことすべてが大切な思い出です。

最初の数ヵ月は、本当に大変でした。修行をあきらめブラジルへ帰ろうか、ここへ何をしにきたのだろうか、どうして私が……、という思いが絶え間なく私の頭の中を巡りました。先へ進むには、心の準備が不十分と感じていました。仲間達にはいつも修行の動機や僧侶になった理由を質問し合いました。皆さんがそれぞれの答えがありました。しかし、自分にその質問をすると、答えより先に不安と疑問が募るばかりでした。

ある日、先輩僧侶に僧侶になった動機や修行の理由を聞いてみました。私は答えを予想していましたが、他人に質問することは、自分自身に質問しているようで、自分の悩みを解決する手段でもありました。先輩僧侶は「どうしてでしょうね」と答えました。その単純で簡潔な答えは、私が今まで感じていた不安を完全に変えました。この答えによって、私は自分の答えは決してみつけることができないと分かったのです。私はいまできることに専念し努力することこそが、可睡斎に安居している私のすべてでした。

この体験のすべては私の人生に深く刻まれ、私がこれからなすべきことは、お釈迦さまの教えに自分の人生をゆだねることです。可睡斎での安居にあたり、私の家族、友達、また私の師匠である采川道昭老師へ心より感謝いたします。また、大切な絆を結ぶことが出来ました佐瀬道淳斎主老師とすべての仲間達にも心より感謝いたします。

(南アメリカ国際布教総監部同籍 フェルナンデス浄賢)