【International】宗立専門僧堂に安居して


 

 今年の4月7日、私は90日間の宗立専門僧堂に参加すべく岡山県にある洞松寺に赴きました。前日に宿泊したホテルの部屋で、着物と衣を整え、裾の線が床と平行にまっすぐになっていることを確認しました。

たくし上げた着物と衣の上に絡子をかけ、手甲と脚絆を着けて山門の前に行脚僧としてできるだけの正装をして立ちました。普段着る服とはまったく異なり妙な気がしました。長年このような〝かたち〞を思い描いておりましたが、実際に上山威儀の自分を鏡に写すと、実際の経験と想像とがかけ離れたものであることがわかりました。

しかし、古参和尚のエショウ師が旦過寮に案内してくださると、そのような気持ちは瞬く間に消えました。彼女は親切に安居中に必要となる様々な進退について教えてくださり、就寝、起床、東司、洗面、入浴などの際に静かに唱える偈文を教えてくださいました。旦過寮では私の後に到着した二人の僧侶と共に時間を過ごしましたが、私は他の2人よりも1日早く到着したため旦過寮を1日早く終えました。

ki201610 (4)

坐蒲

旦過寮の最終日には、首座のアンジュン師が僧堂に連れて行ってくださり、翌朝に予定されていた入堂のリハーサルをしました。僧堂内を巡る練習をしたときのことです。堂長の単にある坐蒲を目にしました。その坐蒲は、色が茶色からベージュへと褪せ、何ヵ所もいろいろな布で継ぎ接ぎがされており、修行に対する精進や思いやり、誠意といったものが伝わってきました。この坐蒲を見た瞬間、心があたかも剥き出しになり、自分自身から己を隠すことができないような感覚を覚えました。そのときの私には言葉で表現することができませんでしたが、 日々の修行の積み重ねや質素なあり方、特に際立って目立ったものがあるわけではなく、ひたすらに道を求め歩み続けるという、何か完成されたものに感動をしたのだと思います。

安居が始まりしばらく経った頃のことです。是松慧海和尚による提唱が数回にわたってありました。提唱のテーマは、『正法眼蔵』の「行仏威儀」でした。慧海和尚は、分冊を配布され、一瞬一瞬に目覚め尊厳ある行いを修することの大切さを強調されました。作法や進退は何かを得る為の手段でもなければ、何かを理解するということでもないことを示され、尊厳ある行いがこれを超えたところにあること、今この瞬間に存在することを人は簡単に怠ってしまうことを説かれました。また、自ら生み出したロボット(操り人形)にならないことの難しさを説かれました。

また慧海和尚は、私たちが今回の安居から何を得て帰るか尋ねられた後、こう応えてくださいました。

ki201610 (2)

右:アーリー照空師(筆者)

「それは、それぞれが母国に帰ったときに分かち合える何か。日本に来て僧堂で修行をし、ロボット(操り人形)になったか、否か。」

私のこころに刻まれたとてもインパクトのある言葉でした。なぜ僧侶になったのか、なぜ今回の安居に参加しようと思ったのか考えさせられました。

「自分の人生を自分のものとしなければならない。誰かの合意や同意を求めているだけでは、それは単に自分の市場価値を確認しようとしているに過ぎない。」と慧海和尚は言われました。

ほぼ毎朝、小食は応量器の5つの器を用いていただきました。これはそれまで経験したことがありませんでした。この作法では、お粥を頭鉢から頭(2つ目の器)に移してからいただきます。何故そのようにしていただくのかさえ考える間もなく、手間取って周りに迷惑をかけないよう、とにかく早く食べることに専念しました。ある日、頭鉢からお粥を直接食べるとこぼしやすいという理由から、道元禅師がこのような作法を勧められたということを教えてもらいました。道元禅師がそのように教えられたことはわかりましたが、それでも、私は頭鉢からお粥を移すことでお粥を逆にこぼしてしまうことが多々ありました。

しかし、徐々に安居にも慣れ、堂長や古参和尚の食事作法を観察し食べ方を学ぶうちに、このような作法から自己を放棄することに至ることができるのではないか、ということに気がつきました。尊厳も品位も捨てて、ただ腹を満たすのか、それとも尊厳をもって食事をいただくのかという選択肢の中で、動物的な食欲に負けてしまうということもありました。

また、日本語で新しいお経を覚える際にも、粘り強く努力しなければなりませんでした。行持と行持の間に、お経をひとつやふたつずつ音の区切りを意識しながら唱えて練習しました。それでもまさに3歩進んで2歩下がるというように、なかなか上達はしませんでした。例えば、ある日他の修行僧とお経の一説を無事に唱えることができたとしても、また次の日には忘れてしまい、その次に同じように唱えられるようになるまでには1週間以上かかることもありました。楞厳呪は、ほぼ毎朝唱えましたが、これを覚えることは、その長さは勿論のこと、後半に読経が加速的に速くなることもあり特に苦労をしました。しかし、この経典はことさらに何とか努力をして覚えたいと思いました。お経を唱えるだけでなく、行道をしながら姿勢をまっすぐにして教本を顔の高さで持つ練習もしました。この姿勢は私にとって容易ではなく、腕がすぐに疲れてしまいましたが、心身の両面にとってすばらしいものだと感じるようになりました。

ki201610 (6)

托鉢

他の法要も同様、楞厳呪を唱える法要を通して、いろいろなものとの距離感が縮まっていくように感じました。自分と他人との距離感、立っている畳との距離感、耳や目から入ってくるものとの距離感などが縮まっていくようでした。

今回の安居は通常のお寺の行持が行われる中で実施されたこともあり、お寺には坐禅会の参禅者や梅花講の講員が訪れたり、洞松寺のお檀家の方がご法事でお寺参りをされたりすることもありました。このような際には安居をしている私たちも衣の上に絡子かお袈裟を掛け、襪子や足袋を履いて参加しました。こうした行持の後には堂長和尚も同席して参拝者をお茶で接待しました。

西洋的な観点から見ると、こうした儀礼的な面は少し過度に映り、堅苦しいと見られることもあるように思いました。しかし、実際は、むしろその逆で、誰もがその場で自分がするべきことが各々分かっていて、何をしたら良いのか迷うこともありませんでした。何事であれ目の前にある仕事に集中することができたのです。優しさや、気配り、思いやりといったものが儀礼的な行為に組み込まれていて、法要をしたり、お経を唱えたり、お茶やお菓子をお供えしたり、門まで見送ったりといったひとつひとつのことを誠心誠意行ったとき、そういった気持ちが自然に現れていくのです。無理に気持ちや想いを形作っていく必要はありませんでした。ただ儀礼的作法を通して、心の側面が現れてくるのです。

ki201610 (5)

寺報作務

洞松寺での安居はとても地面との距離が近い生活でした。私たちは非常に多くの時間を、草取りをしたり床掃除をしたり、畳に正座か坐禅をしながら作業をしました。色々と考えを巡らせる余地がそこにはありませんでした。また、畳の上に布団を敷いて寝ましたが、このような寝方は私にとって寝起きをするのが大変でした。椅子の高さから起きたり座ったりするのとは異なり、寝起きするのに苦労をしました。しかし、こうした生活を通して、体の重心を意識するようになりました。現代社会において通常ある位置よりも低いところに生活の重心があり、地面に近いところで生活することから得られるものがあるように思いました。

さまざまなお寺の行持が行われる中で、安居の参加者は外界からほぼ断絶された生活を送りました。インターネットや電話も非常時以外は使うことはできませんでした。稀に必要な用事があるときに例外的に電話をすることを許されることもありましたが、それも最小限に留められていました。インターネットから切り離されるということは私にとってこの安居から得られた大きな恩恵でした。インターネットやパソコンのツールは様々な恩恵をもたらしてくれますが、はたして私たちのうちどれほどの人間が逆に惑わされることなく、使いこなせているでしょうか。こうしたテクノロジーから離れて休息をしばらくの間取りたいと願う人にとって、安居は素晴らしいものとなることでしょう。とにかく、私にとって非常に新鮮な体験でした。

ki201610 (1)

絡子の自縫

安居をしている間、気をそらすさまざまなものが取り払われた簡素な状態に置かれ、自己の状態や生活の一瞬一瞬の公案とも言うべき命題にしっかりと向き合うことができました。安居中は自己のさまざまな課題に丁寧に取り組むことができます。しかし送行した今は、日常の喧騒の中でそれらの課題と向き合っていかなければならず、それは新たな試練です。

 

今回の私のエッセイは、安居生活のごく一部にしか触れられず、読み返してみると、安居生活のすべてを表現できていないという気がします。しかし、道元禅師の言葉を借りるならば、当にこういうことなのでしょう。

「この大海、まろなるにあらず、方なるにあらず、のこれる海徳つくすべからざるなり。宮殿のごとし、瓔よう珞らくのごとし。」

最後に、洞松寺のご住職であり堂長である鈴木聖道老師ならびに鈴木包一老師、中興寺ならびに大通寺のご住職、また安居期間中、指導をしてくださった多くの先生方に心から感謝を申し上げます。またアルゼンチン、オーストラリア、オーストリア、イングランド、フランス、ドイツ、オランダ、アイスランド、イタリア、日本、ノルウェー、アメリカから集まり3ヵ月間共に安居し修証一等の大海について教えてくださったすべての法友に感謝を申し上げます。

また、今回の安居を許可してくださったサンフランシスコ禅センター、グリーンガルチファームのディレクターであるサラ・タシュカー師、今回の私の試みを応援してくださった恩師のアンダーソン全機師、洞松寺に到着する前に衣の着方を寛大な心で辛抱強く、親切に教えてくださったヒューストン禅センターのゴッドウィン建仁師にお礼を申し上げます。最後に、今回のエッセイを書くに当たって助言や校正をしてくださったキャサリン・ガモン師にも感謝を申し上げます。

ki201610 (3)

結制安居

(北アメリカ国際布教総監部同籍カリフォルニア州グリーンガルチファーム・蒼龍寺

アーリー照空記)

~国際インフォメーションのバックナンバー~