【International】27年間のご縁の中での国際布教


私が南米開教師(現国際布教師)となったきっかけは、師僧がハワイ島のコナ大福寺で1965年から1975年まで開教師を務めていた頃、後に南米開教総監となられる青木俊享老師がヒロ大正寺で布教活動をなされており、面識を得たことに起因します。

このご縁で1989年、南米開教総監となっていた青木老師が日本に一時帰国された際、師僧に南米の事情と僧侶不足の相談があり、私に声がかかりました。当時、僧侶として海外で活動したいという思いがあった私はすぐにお請けいたしました。

翌1990年、ポルトガル語も現地文化もよく知らぬまま23歳でブラジルへ渡りました。

4月5日、ブラジルのサンパウロに到着した際には、両大本山南米別院佛心寺より青木総監と役員の方々が出迎えてくださいました。当時の別院佛心寺は西洋の建物をそのまま利用しており、2メートル程の高さのある大きな扉が印象的でした。僧侶の方や役員さん方との挨拶がすむと隣の別館に案内され、そこには部屋がいくつかあり、その一室を使わせてもらうことになりました。

数日を別院佛心寺で過ごし、仏教連合会によるリベルダーデ広場での釈尊降誕会(花まつり)に参加した後、すぐに青木総監と別院佛心寺の役員とともに赴任先であるパラナ州ローランジャ佛心寺へ向かいました。サンパウロ市内を抜け約1時間走ると、そこには広大な農作地の風景が広がり、サンパウロ州の隣、パラナ州に入ると大きなコーヒー農場の風景へと変わり……と、色々な景色を楽しみながら八時間かけローランジャ佛心寺に到着しました。ローランジャは人口6万4000人の静かな落ち着いた街で、家は平屋建てが多く、家を囲む塀は低いものが多い街でした。

4月8日、ローランジャ佛心寺で入寺式と降誕会の法要を行いました。1週間後、ローランジャ佛心寺に赴任して初めての法事を行いました。その家族はまったく日本語が通じないため、4世のお孫さんと英語で話し、それをポルトガル語に訳してもらいながら会話をいたしました。このとき、幼い頃住んでいたハワイを思い出しました。私が生まれたハワイでは、1970年代にはすでに高齢の方が英語に日本語をまぜながら会話をしていました。ブラジルにおいても1980、90年代の日系二世、三世の若い世代の中で、ポルトガル語に日本語を少しまぜながら祖父母と会話をする家族が多くなってきていました。檀信徒の中にも、私と話をする際、初めは日本語で始まり、いつの間にかポルトガル語に変わっているという方もおり、聞き直すこともたびたびありました。

ローランジャ佛心寺での主な活動は法事と葬儀です。また、7月と8月にお檀家さんの家を回って棚経を行い、1月にはお檀家さまの家での祈祷を行っていました。

ローランジャ佛心寺は1960年の10月に入仏落慶し、それ以降、毎年9月には入仏祭があり、護持会の皆さんで提灯を下げ法要の準備をしていました。法要では祝祷諷経と提灯による先祖供養を行っており、私が就任した1990年にはちょうど30年目でした。

ブラジルはカトリックの国でもあり、日系人の皆さんもほとんどがカトリックの洗礼を受けています。ローランジャでは、カトリックの学校に入学するためや結婚式をするためにカトリック教徒となった人もいます。そういったことも踏まえ、街の中心の教会の神父を招いて法要を行いました。日系人の場合、自分たちの宗教がカトリックであっても家族の宗教を仏教として両方を信仰することも少なくはないのです。

禅源寺敬老会での盆踊り

1993年、ブラジル経済が思わしくなく、この頃は日系人社会でも日本への出稼ぎが最も多い時期でした。私も生活が苦しくなり今後のことを考えた末、開教師を辞任して日本に帰国しました。しかし、北海道のご寺院さんでお手伝いをしていた際、たまたま日系ブラジル人家族の法事をお勤めすることになりました。お経を終えた後、ふとローランジャの皆さまの仏教への信仰の深さを思い出し、日系人の方々の役に立ちたいという思いが募り、1年半後、再度ブラジルへ渡りました。

再渡伯後はサンパウロの別院佛心寺でお手伝いをさせていただくことになりました。この頃は3代南米総監の森山大行老師が帰国され、総監不在の時期でもありました。その後、三好晃一前総監が就任され、別院佛心寺では、太鼓グループの結成、文化祭、子ども一日参禅会を開催するなど若い世代にもお寺に親しんでもらえるような活動を行い、ペルーでは今でも梅花のグループが現地国際布教師指導のもと続けられています。

大遠忌で焼香師を務める筆者

2004年7月に、サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス市禅源寺にご縁をいただき、2009年4月に再度南アメリカ国際布教師を拝命いたしました。禅源寺での活動は毎月20件程の法事と、月平均2件の葬儀があります。毎月第3日曜日には月例法要を行い、8月のお盆法要には、ここ数年で本堂に入りきれないほど(約300人)の参詣者がお参りに来ます。坐禅会は毎週土曜日に行っています。

2013年に禅源寺(特別寺院)にて結制安居を修行し、2015年10月22日には南アメリカ国際布教師の代表として、大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回忌大遠忌での焼香師を務めさせていただけましたことは、この上ない喜びでした。このときには南アメリカに骨を埋める思いでありましたが、師僧の体調不良等により、この度、日本への帰国を決意いたしました。

歴代各総監方、南米各寺院檀信徒の皆さま方、各国国際布教師、特派布教師、梅花特派布教師の皆さま方、またご縁をいただきました日本のご寺院さま方のお力添えにより、及ばずながら27年間、南米での活動をさせていただくことができました。

『Obrigado,(ありがとうございました)』。

大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回忌大遠忌

今後は、日本で国内や国外からの方々に一仏両祖のみ教えを伝えると共に海外の布教師方と檀信徒の方々のお力添えになれるよう精進して参りたいと思います。 合掌

(記:元南アメリカ国際布教師 佐藤鴻舟)