【International】「ワヒアワ龍仙寺に赴任して」


降誕会 花御堂の前で(右端筆者)

平成28年12月15日、福山諦法管長猊下よりハワイ国際布教師の任を拝命し、ハワイ州オアフ島中央部に位置するワヒアワ海雲山龍仙寺に赴任し、早いもので1年が経過いたしました。今改めて振り返って見ますと、たくさんの方々に支えられた1年であったと感じています。

赴任当初は、慣れない海外での布教活動ということもあり、日本では当たり前のように行じていた行持1つを取り上げても、ハワイ独自の習慣、風習に少し戸惑いを感じました。この当初の戸惑いも時間の経過と共に、それにはきちんとした理由があり、何故このような形になったのかと、私なりに理解できるようになりました。
ご承知のように、ハワイ州は8つの大きな島で構成されており、その中の5つの島に9ヵ寺の曹洞宗寺院が点在しております。そのすべての寺院がメンバーと言われる檀信徒を持ち、メンバーから選出された理事によって、寺院の運営、護持管理がなされています。ここでの信仰は家族間での継承ではなく、それぞれご自身の宗教を信仰されており、例えば、ご両親が仏教信者、その子どもたちはキリスト教信者ということもあります。
こういった環境の中でお寺にお参りくださる方々はとてもお寺に対して関心を持っておられます。私たちが伝統的に行っている法要や作法、進退の中で疑問に思われたことは素直に質問されます。私もその都度勉強させていただいております。
ここで龍仙寺の歴史を紹介しますと、そのはじまりはハワイ王国と日本が移民契約を結んでいた時代に遡ります。元々は現在の場所ワヒアワから北へ進んだカワイロアという場所に龍仙寺(龍潜寺)はありました。そこは昔、サトウキビ農園が広がっていたそうです。19世紀末から20世紀末にかけてハワイには多くの日本人移民が渡り、1990年にはハワイ全人口の40%近くを日系人が占めるまでになっていたそうです。日本人移民の多くが、サトウキビプランテーションの労働者で、当時は過酷な条件下での労働により、日系人の多くが事故や病気で命を落とされたそうです。

大般若祈祷会


このような方々のご供養の為に1904年、当山のご開山、平井隆機大和尚さまが仮布教所を開設し、のちに龍仙寺が建立されました。龍仙寺は、この地区唯一の曹洞宗寺院であり、日系人の心の拠り所であったとともに、文化交流の場でもあったそうです。
龍仙寺は、1976年に当山10世松浦玉英大和尚さまによりワヒアワに移転・再建されました。現在メンバーの中心となっている方々の大半は日系3世、4世の方です。葬儀、年忌供養、年間行持、講中(梅花講、地蔵講、観音講)、婦人会、その他行われるイベントを通し当時と変わらず熱心に参画していただいております。

皆さま日本が大好きで、お話をうかがうと日系1世、二世だった祖父母、両親から日本の文化、風習を学んだとお話しくださいます。また、ハワイでは昔から日本語学校、寺院などでの日曜学校が盛んであり、そういった場所で日本の文化を学ばれたという方もたくさんいらっしゃいます。
ワヒアワは、オアフ島の中でも高地に位置していることもあり、私が赴任した12月18日の朝方の寒さには驚きました。ハワイと言えば「常夏の島」というイメージしかありませんでしたので、尚更のことでした。高地ということもありワヒアワにはたくさんの桜の木が植えられています。寒緋桜という種類で、ワヒアワ在住の日系人の方々によって植樹されたそうです。1月から2月頃までが見頃で、赴任当初、この桜が咲く情景を観たときには思わず望郷の念に駆られてしまいました。きっと移民直後の日系人の方々も、私が抱いたこのような思いで植樹されたのでしょう。

施食会


赴任してまもなく経験した行持はお正月用の餅つきです。早朝より500キロの餅米を蒸し、約700個の鏡餅を手際よくメンバーの手によって作り上げ、販売します。日本のお正月と同じように、新年を迎える準備のため、島内からたくさんの方々が買い求め、この収益はすべて龍仙寺の護持運営管理費に充てられます。
年越しにはお寺の殿鐘で除夜の鐘を鳴らし、年明けの大般若祈祷会にはたくさんの方々が参列され、木札・御守りを求めます。その他の行持としては、彼岸会法要(春・秋)、三仏忌、施食会があり、特に施食会は四日間に渡って行われ、ご先祖さまの供養や新盆供養のためにお参りくださいます。
お盆は日本より少し早めの6月から7月にかけてであり、各地域各宗派の寺院では盆踊りが盛んに行われます。龍仙寺では毎年7月、やぐらを立て、提燈を飾り、巻き寿司やお弁当を作り来場者を持てなします。提燈の短冊には各家先祖代々の精霊を書いて吊るし、音楽、踊りを通してご先祖さまに思いを寄せるのです。皆さまこの季節を楽しみにされており、お恥ずかしい話ですが私が知らない日本の風習をハワイの方に教わることとなったのです。
ハワイでも枕経をお願いされることがあります。また、「亡くなりそうなので病院に来てください」という依頼もあります。これはベッドサイドサービスといい、あの世に旅立つ準備という面と、我々僧侶にこの世を去る悲しみや不安を和らげて欲しいとの願いから、個人の意思やその家族に頼まれ、亡くなる前にお経をお唱えするため、病院や自宅へうかがいます。

太巻き寿司作り


この地には、私たち日本人が忘れかけている日本があり、皆さまがそれを自分たちのルーツとお話しになり、深く感銘を受けることがしばしばです。何一つ取りましてもメンバーの力添えなくしては成り立たず、「自分のお寺」と言って熱心に護持管理に尽力くださるお姿を拝見するにつけ、永年培われた布施行の精神がお1人お1人の心の中に身についていらっしゃるからであると思うと同時に、先代移民の方々が辛い状況の中で心の拠り所とされてきた宗教・お寺を護持継承しようとされる、強い意思を感じ取らずにはいられません。
ここ海雲山龍仙寺に赴任し、日本を外から見ることができ、日本を好きと言ってくださる外国の方と出会えることは私にとって貴重な経験であり、日本の文化の素晴らしさを改めて感じているところであります。微力ではありますが、今後も、メンバーの方々と力を合わせ精進してまいる所存であります。 合掌

(ハワイ国際布教師 深川尚隆 記)

~国際インフォメーションのバックナンバー~