平和のための地蔵プロジェクト報告

7月30日より8月12日まで、ベイズ澄禅伝道教師と「平和のための地蔵プロジェクト」の支援者の皆さんが来日されました。

 8 月6日の広島、9日の長崎においては平和記念式典・諸行事に参加して平和のためのパレードを行いました。アメリカ・日本をはじめ世界30ヵ国以上から寄せられたお地蔵さまを持参し、『平和のための地蔵物語』といっしょに街行く人に手渡しながら、原爆被害者の霊を慰めるとともに平和を訴え、地蔵真言を唱えながら行進しました。広島市長よりこのプロジェクトに寄せられたメッセージをご紹介いたしますとともに、広島・長崎における活動ならびにグレートバウ禅モナストリーのメンバーから寄せられた感想をご紹介いたします。


 8月6日(土)早朝6時より、広島平和記念公園内にて行われた広島県宗教連盟合同慰霊祭へ、ベイズ澄禅師ら5人が出席した。8時からの平和記念式典、8時15分に参加者全員による黙祷が捧げられた。同時に原爆ドームの近くでダイイン(原爆で亡くなった人の状況を、その時のように地面に倒れて表現する)を行った。式典の後、お地蔵さまと『平和のための地蔵物語』を一人ひとりに手渡しながら地蔵真言を唱え、大通りを進み、亡くなった人びとの冥福を祈るとともに、平和の大切さを呼びかけた。活動の拠点として、公園内に設けた地蔵ブースでは、多くの人たちとの交流があった。

 午後3時より、再び皆で原爆ドームを中心に行進を行った。そのとき、一人の女性に出会い、話を聞くことが出来た。60年前、24歳のときに被爆されたとのことであった。最初は大勢のアメリカ人に取り囲まれ困惑されていたが、ベイズ澄禅師をはじめとするメンバーたちが、被爆され亡くなられた方々のご供養のために地蔵を作り、はるばる日本へ持ってきたことを聞くと安心され、「この後、自分は何年生きるかわからないが、皆の活動にありがたく感謝します。」と述べられ、お布施までくださった。
午後6時30分。原爆供養塔前で、広島県宗務所第一教区担当の慰霊法要に随喜させていただき、終わってメンバー一人ひとりの言葉を書き記した灯篭を川面に浮かべ合掌した。午後8時から夕食。小林千秋国際課長が挨拶で「今日の式典に出席し、1分間の黙祷を捧げたとき、蝉の鳴き声が公園内いっぱいに響いておりました。60年前の今日は、蝉の鳴き声も消えてしまったに違いありません。あらためて、命の大切さを実感いたしました」と述べたときには、全員が涙を浮かべていた。

  


〜広島市長からのメッセージ〜

 『平和のための地蔵プロジェクト』へこのメッセージを送る機会をいただけましたことを幸甚に存じます。
60 年前の壊滅的な経験以来、広島は核兵器を廃絶し世界の恒久平和を実現するようにと継続的な提唱を続けてまいりました。しかし残念なことに、世界中の多くの地域は、憎しみ、暴力、そしてそれへの報復という連鎖から依然として抜け出せないでおります。未だに地球は膨大な量の核兵器で充満していますし、そのような兵器が使用される危険性は実際のところますます高くなっております。
このような理由から、広島市と1,000以上の市からなる平和市長会議のメンバーは、他の都市や個人、NGO団体と連携をとりながら、2020年までにすべての核兵器を廃絶することをめざす『核兵器廃絶の緊急行動』に取り組んでおります。
原爆の悲惨な事実と「こんな思いは他の誰にもさせたくない」という被爆者の言葉を若い世代が理解できるように、わたしたちは世界各地の学校で『広島長崎平和学習講座』を開設し、子どもたちに大人が被爆体験記を読み語るプロジェクトを展開しています。
こうした状況において、広島、長崎への原爆投下60周年を記念しその追悼のために、みなさま方が自らの手で地蔵を作っておられるということは深い意味のあることであり、また平和の実現にとって非常に有益な試みだと存じます。みなさんがこれからも広島のことを心にとどめ、本年を世界中の人々が「核による昏睡状態」からはっきりと目を覚まし、この不必要で受け入れがたい脅迫からの解放の要求のために立ち上がった記念すべき年とするために、われわれと手をたずさえて今後も活動を続けていかれるよう心より願っております。
『平和のための地蔵』のご発展と参加の皆さまのますますのご多幸を祈念して、挨拶といたします。

広島市長 秋葉忠利  

(原文英語) 


8月7日(日)広島での日程を終え、長崎へ移動。

  

 8 月8日(月)午前、ベイズ澄禅師ら五人が長崎市街から車で約1時間ほどの西彼町にある原爆被爆者特別養護ホーム「かめだけ」を訪問した。被爆者の方がたと面会し、活動の主旨を説明して、集まっていただいた方たちや病室から出られない方がたに、地蔵真言を唱えながらお地蔵さまを手渡した。
一方で、メンバーは数名ずつのグループにわかれ、長崎市内において地蔵の展示をお願いしているナガサキ・ピース・ミュージアムならびに黄檗宗興福寺、曹洞宗晧台寺各会場での展示・案内を手伝った。午後7時より、原爆落下中心地公園にて行われた慰霊祭に全員が出席、ベイズ師はアリゾナ記念館館長ダグラス・レンツ氏に地蔵旗を手渡された。
 
 8 月9日(火)9時より長崎県立総合体育館で行われた「原水爆禁止世界大会・長崎大会」においてベイズ澄禅師が紹介され、大会実行委員長にベイズ師より、地蔵を描いた布をつなげてつくった地蔵旗が贈呈された。引き続き10時40分開会の平和記念式典に出席、11時2分には出席者全員による黙祷が捧げられた。原爆投下地点近くに設置した地蔵ブースでは、パネル展示を行った。
 
 午後2時30分からは全員で原爆投下地点から平和公園を目指して行進し、街行く人びと一人ひとりにお地蔵さまを手渡した。午後7時からは平和記念公園内噴水の場において、平和の灯・点灯式、子どもコーラスを見学した。  
この日、甲子園初出場の長崎代表の清峰高校が優勝候補のひとつであった愛工大名電高校に4‐2で勝利した。地元の人びとのよろこびもひとしおであった。

 8 月10日(水)午後、稲佐山中腹にある老人ホーム「シンフォニー稲佐の森」を、ベイズ師をはじめとする十二人が訪れた。450人の入所定員のうち、約4割が被爆者である。ベイズ師が地蔵プロジェクトの主旨を説明した後、地蔵旗、木彫りや陶器のお地蔵さまを約100人の入所者に手渡した。お地蔵さまを手渡すと、あちこちから、「やさしいお顔」「おだやかなお顔」との声が聞こえてきた。最後に全員の健康と長寿を祈念して、地蔵真言をお唱えした。
 午後6時30分から平和公園内の平和の像前で、交響曲「あゝ長崎 灰から光へ」第3部の合唱部分を、巡拝団のメンバーと長崎の方たち計50人が披露した。この曲はオレゴン州立大学教授で、作曲家のロバート・キアー氏とカリフォルニア州の画家、棚橋一晃氏が共同で作り、原爆による破壊から人びとが立ち上がっていく様子を、日本語、英語で描いた。今後、オーケストラも交えた演奏を予定しているという。
 巡拝団は8月12日に、福岡から成田経由で帰国の途についた。

  

>>メンバーより寄せられた感想

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