中秋の名月と禅の修行


 

 かつての旧暦では、中秋の名月とは8月15日を意味していたわけですけれども、現在の暦では毎年その日がずれることになってしまいました。そして、平成22年(2010)は、秋彼岸中の9月22日(火)になります。
 大本山永平寺を開かれた高祖道元禅師の肖像画としてもっとも知られているのは、福井県宝慶寺専門僧堂に収蔵されている自画自賛でありましょう。これは、宝慶寺にある道元禅師絵像の賛であり、建長己酉(1249年)の秋に画かれたものです。そして、この絵像は観月の姿を描いたものとされます。
 つまり、道元禅師は観月(月見)を楽しんでおられたことが分かるのです。この肖像画ばかりではなく、道元禅師の語録である『永平広録』巻10に収録されている偈頌(漢詩)からも、月見の様子が伝わってきます。

  天童浄和尚清涼寺に住して、中秋、示衆して云く「家々の門前明月を照らす、処々の行人明月に共す、鯨に騎って月を捉る」と。
 師、又、兄弟と同じく三句に分けて以て三夜を賞す。  十五夜「家々門前照明月」を頌す
 眼皮綻び、又、歯門闕たり、高く眼睛を著け明かに月を見る、
 空表の蟾光縦え黒山なりとも、従他玉兎の鬼窟に落ちることを。
   

  『永平広録』巻10-84偈頌

 具体的な年月は知られませんが、偈頌の収録順からしても、道元禅師が大仏寺(後の永平寺)に入られてから読まれた詩だと分かります。まず、道元禅師は本師である如浄禅師(1163~1228)が天童山に入られる前の建康の清涼寺(1210年入寺)にいた頃に行われた中秋の示衆を採り上げています。
 これは、中秋に因んで修行僧を前に行われた説法です。中国でも宋代まで時代が来ると、禅宗の僧侶は中秋に因んだ上堂を行って、弟子達を導きました。それは満ち欠けを繰り返す月の様子が、仏の道理を指し示すのに適した題材であったからだといえましょう。そして、道元禅師もまた、そのような中国禅の伝統にしたがって、自ら中秋には上堂を行い、また弟子達とともに月を観ながら偈頌を詠まれたのです。
 以上に紹介したのは、十五夜・十六夜・十七夜と三夜にわたって観賞された中秋の名月の、十五夜のところだけを採り上げてみました。
  内容としては、如浄禅師の「家々門前照明月」とは、各々の修行者に具わる本具の仏性を挙唱したものであり、十五夜の満月から発せられる優しく円満なる光明の様子を示したものといえましょう。
 そして、それを受けた道元禅師はただ眼皮や歯門といった、余計なとらわれを一切脱しきって、高く眼を着けて明らかに月を見るようにいっています。月とは、悟りや仏法という意味合いで使われる語句ですから、ただ仏法に満たされる自分と云う受動的状況から一歩を進めて、自ら法の中で修行していくように説いた教えといえましょう。一度その道に進めば、後はそれ以外の余計なことは関係なくなるので、喩え月が山肌に沈んでも法に満ちあふれた事実を忘れず修行するように説かれているのです。
 ただ美しい月を眺めるだけでなく、そこから修行と悟りという修証観の問題まで導かれた道元禅師、我々も倣って、月を観ながら悟りの様子に想いを馳せ、自らの身心や生き方の様子を反省する機会にしても良いかもしれません。