梅花流創立60周年記念奉讃大会


5月29日と30日の2日間にわたり、千葉県千葉市美浜区の「幕張メッセ」において、梅花流創立60周年記念奉讃大会が開催された。
1952年、高祖道元禅師700回大遠忌に際し梅花流が創設されて以来60年という節目の大会であること、また、昨年は東日本大震災の発生により島根県での大会が中止となり、2年ぶりの開催となることなど、さまざまな意味で特別な大会となった。
会場となった幕張メッセは、メインのイベントホールの他に、11の展示場を備えた国内第2位の規模を誇る大型施設である。ロックフェスティバルや大規模展示会など、さまざまなイベントに利用されており、記念奉讃大会を彩るにふさわしい会場といえる。
折から大気の状態が不安定であるという予報がなされ、大会準備に追われていた前日28日には雷を伴う豪雨に見舞われるなど、天候に一抹の不安があった。しかしふたを開けてみれば会期両日とも文句無しの快晴で、観光を兼ねて大会に参加される講員さんたちにとってはこれ以上ない嬉しい日和となった。
 
オープニング
午前9時半、会場に開会を告げる大梵鐘の音が響く。
ほどなく梵鐘の音が止むと、ステージ上に据えられた、大きな球体が鼓動をはじめる。一瞬の静寂ののち、色とりどりの照明が球体を彩り、音楽も最高潮を迎えると同時に、球体が突如真っ二つに割れ、中から本大会副大会長・齋藤裕道伝道部長が登場し、「皆さんおはようございます。全国各地からようこそお出でくださいました。ただ今より梅花流創立60周年記念奉讃大会を開催いたします。今日1日、梅花流のお唱えに精一杯親しんでください」と開会を高らかに宣言した。
齋藤伝道部長が開会宣言を終えるとともに両手を広げると、会場にきらきらと散華が舞い散りはじめた。その優美さに、会場全体が息を呑む。ひらひら舞い降りる散華を受け止めようと両手を広げる人もいれば、思わず合掌して空を見つめる人も。
華々しい開会宣言・散華が終わると、献灯献花が行われた。初日は地元千葉県の梅花講員さん、2日目はアメリカ・ロサンゼルスの両大本山北米別院禅宗寺の講員さんが登壇し、壇上の一仏両祖に恭しく灯火と花を捧げた。
続いての「お誓い」も、初日は地元千葉県高岩寺梅花講員の塩谷タカ子さん、2日目は両大本山北米別院禅宗寺梅花講員の下澤尚江さんが挙唱師として登壇した。
 
第1部 法要
転換があり、大会プログラムは「第1部・法要」へとうつる。まず、「梅花流創立60周年記念奉讃大会記念法要」が執り行われた。「大聖釈迦牟尼如来御詠歌」が唱えられるなか、まず両班として曹洞宗宗務庁各部長、参議の方がたが入堂された。 
そして「高祖承陽大師道元禅師御詠歌」奉詠のなか、山本元睛関東管区長先導のもと、佐々木孝一宗務総長、大本山永平寺副貫首南澤道人老師、大本山永平寺貫首福山諦法禅師が、続いて「太祖常済大師瑩山禅師御詠歌」奉詠のなか、岡本和幸千葉県宗務所長先導のもと、大本山總持寺副貫首石附周行老師、大本山總持寺貫首江川辰三禅師がそれぞれ特為座に就かれた。 
拝請ののち、導師である福山諦法禅師が舞台中央にうつられ、拈香法語、進前焼香ののち、会場全体が三帰礼文を合掌して唱和、礼拝した。そして「大聖釈迦牟尼如来讃仰御詠歌(高嶺)」の奉詠、回向、普同三拝と行われ、大会記念法要は終了した。    
再び舞台は暗転、ステージ上のスクリーンに、東日本大震災の映像が流れた。倒壊した建物、流失した家屋。そして助けあい、励ましあい、祈りを捧げる人びと―。
被災地のなかでも、特に激震地区とされた場所にいた梅花講員さんの数は7千~8千人とされ、亡くなられた講員さんも少なくないとのこと。
そのみ霊を供養すべく、江川辰三禅師導師のもと東日本大震災被災物故者及び梅花講員物故者追悼法要が執り行われた。舎利礼文、「追善供養御詠歌(妙鐘)」が唱えられるなか、被災地の講員さんにより、代表焼香も行われた。
追悼法要が終わって、両禅師と両副貫首が南面し、相見の拝が行われ、会場の皆が一同に合掌礼拝した。福山禅師はご垂示のなかで、数多くの方がたの尽力により、梅花流が60年という節目を迎えることの慶びと感謝、また震災に際しての悲しみの意を改めて述べられた。そして、梅花の教えを至心として仏道に則した生き方をされるよう、参加者をお諭しになった。
ご垂示ののち、両禅師が退堂されると、記念式典となった。まず、式典に先立ち、各宗各流派の来賓の方がたが紹介された。
続いて、大会長の佐々木孝一宗務総長より「高祖道元禅師700回忌の年に産声を上げた梅花流も、本年還暦の年を迎えました。全国より梅花講員のお仲間をお迎えし、福山諦法猊下、江川辰三猊下、両副貫首老師ご臨席のもと、梅花流創立60周年記念奉讃大会を盛大に開催できますことは、主催者として無上の慶びでございます」と式辞が述べられた。
続いて、表彰式が行われ、特別功労賞として、功労のあった7人と、66の団体に感謝状が贈られた。また、全国の梅花講員のなかから推挙された16,721人と1,588の梅花講が表彰され、それぞれの賞の代表者が表彰された。
 
 第3部 新曲発表
式典が終わると、本大会の目玉の1つである、新曲「道心利行御和讃」の発表が行われた。
奉詠に先立ち、作詞した遠藤長悦師が登壇し、曲名の由来、歌詞の理解のしかたなどについてお話され、「釈尊は、生きとし生けるものすべてに限りない慈悲を注ぐべしとお諭しくださいました。梅花をお唱えし、身心を整えて、慈しみのこころを豊かに永くお唱えくだされば、仏祖の恩に報いる報恩行になると思います。皆さまのおこころが、困難な人にも、災害にあった方がたのみ霊にも伝わるものと信じます」と結んだ。  
その後、宗務庁各部長、および梅花講審議会委員、梅花流専門委員の方がたにより、道心利行御和讃が奉詠された。東日本大震災をはじめとする、世情の困難を「絆」によって乗り越えていこう、という力強い意志を秘めた、美しい曲という印象をもった。この曲が末永く親しまれていくことを願いたい。  
 
第4部 奉祝奉詠
講員さんたちにとっては、いよいよ待ちに待った登壇奉詠の時間となった。
舞台転換の間、3人の司会者の自己紹介があった。今大会の司会は、久峩章稔師、佐藤正明師、森山祐光師。さっそく息の合った掛け合いを披露し、これまでの法要や式典など緊張が続いた場を和ませた。
今大会では、初めての試みとして自席での奉詠が行われた。奉詠順になったら、各講員さんは自席で起立し(2階席では着座のまま)、奉詠する。ステージ上には各地区ごとに代表50人が登壇した。また、ステージでは椅子と机を使用した、新しい形の奉詠スタイルも採り入れられた。初日・2日目とも、6組(66の宗務所と海外3地区)が登壇・または自席で奉詠した。例年のことであるが、スカーフをつけたり、ブローチをつけたりするなど、同じ梅花服をそのまま着るだけでなくアレンジを施している宗務所・梅花講もあり、講員さんたちの遊び心が感じられる。厳かな中に華が添えられるようで微笑ましい。
奉詠のようすも、人それぞれだ。緊張した面持ちの人、堂々と客席を見据える人、落ち着いた所作で道具を広げる人……。特に挙唱師という大役を務められる方がたは、大きな緊張と誇らしさを同時に感じられているようだった。創立60周年という、記念すべき節目に挙唱師を務めたということは、それぞれの梅花流人生の大きな1ページとなったことだろう。
両日とも最後の奉祝奉詠が終わると、梅花流特派師範全員により、「梅花流創立記念奉讃御和讃」が奉詠された。  
 
第5部 清興
奉祝奉詠が終わると昼食をはさみ、清興となった。今年は歌手の新沼謙治さんをお招きした。
新沼さんは岩手県大船渡市生まれ。中学を卒業後、栃木県宇都宮市で左官業に勤しむ傍ら、日本テレビのオーディション番組「スター誕生」の予選を受け、五度目の挑戦で見事本選に出場を決めた。その決勝大会で最多のスカウトを受け、昭和51年2月に「おもいで岬」でデビュー。その年の各新人賞を総なめにし、紅白歌合戦に初出場を果たした。東日本大震災で被災した大船渡市出身ということから、チャリティ活動などを精力的に行っている。今大会には、ご本人自身が曹洞宗の檀信徒であるというご縁から出演が決定した。
ステージでは六曲を熱唱。その伸びのある歌声で参加者を魅了した。特に、代表曲「嫁に来ないか」のイントロが流れると会場が大きな歓声に包まれた。曲間でも軽妙なトークで笑いを誘い、会場は終始笑顔が絶えなかった。
大きな拍手に見送られ新沼さんが舞台を去ると、坂野浩道総務部長が舞台に立ち、募金のお願いを行った。
東日本大震災から1年3ヵ月が過ぎようとしているが、未だ復興の道は険しいことと、これに対して曹洞宗として復興義援金を各県、各寺院に寄託していることがスライドとともに説明され、引き続き復興支援を目的とした募金への協力を呼びかけた。
すると、新沼さんが再び登場。同じく復興支援のためチャリティ活動をしているということから、坂野部長とともに、募金への協力を呼びかけていただいた。
これに応えるように、募金スタッフの持つ募金箱に次々と浄財が寄せられた。募金額は2日間で総額6,584,009円。これらはすべて曹洞宗義援金として、復興支援などの活動に充てられる。
   
第6部 閉会式
楽しい時間はあっという間に過ぎ、司会者が閉会式の開式を告げる。すでにステージ上は閉会式に備え、今大会役員が左右一同に会している。詠讃師による「坐禅御詠歌」の独詠のなか、しばし静座の時間が設けられた。
開会式と同じく、副大会長の齋藤裕道伝道部長がステージ中央に歩み、「今日のこの大会を楽しんでいただけましたでしょうか。本日、ご参加いただきました講員の皆さま、本大会関係各位のご協力のもと、無事閉会式を迎えることが出来ました。感謝申し上げます」と挨拶を述べ、来年の大会を宮城県利府町で開催することを発表した。これを受けて、宮城県宗務所所長、三宅良憲師が舞台に立ち、「全国大会開催は宮城県にとって長年の願いでありました。……震災から2年そこそこで全国大会なんてという声も有りましょうが、今だからこそ、宮城県で開催する意義があると思います」と述べ、東日本大震災物故者3回忌法要を梅花流の奉詠のもと被災地で行っていただきたい、と挨拶された。
「まごころに生きる」が参加者全員によって合唱されるなか、大会はフィナーレへ。大会役員も舞台上に一列に並び、合掌一礼、手を振りながら舞台を降り、梅花流創立60周年記念奉讃大会は無事円成した。
実に2年ぶりとなった今大会であったが、そのためか、あるいは記念大会であるからか、非常に盛況であったように感じられる。会場のあちこちで笑いが起き、元気に声を出し、別れには精一杯手を振る、そんな講員さんたちの姿を見ると、大会側スタッフももらう力を注入される思いだった。