除夜の鐘と新年のお迎え


ひと月の終わりを「晦日」といいます。旧暦では、1か月は29日、または30日でした。よって、「三十日」が「晦日」になったのです。そして、特に12月は、1か月の終わりであると同時に、1年の終わりになりますので、「大晦日」といいます。または、除夜ともいいます。
「除夜」という言葉は、大晦日の夜に「1年のこよみを除く夜」という意味があり、また、「節分」の前の日という意味もあります。


大本山總持寺を開かれた、太祖瑩山禅師さまは次のように仰っています。

  今夜、節分の除夜に当たり、明朝、歳旦立春。
                
『洞谷記』「元応二年(1320)庚申除夜小参」

旧暦(中国・日本の太陰太陽暦)では、立春の前後に元日がおかれたため、新年が同時に立春に当たる年も多かったのです。立春には、「立春大吉」というお札を建物に貼りますが、一部地域で元旦に行われるのは、今でも立春を旧暦に合わせたためです。

さて、大本山永平寺を開かれました高祖道元禅師さまは、ある年の除夜に、弟子達に向かって次のような教えを説きました。

 且く、今夜臘月卅日(=30日)、明日大新年頭の如き、明日を喚んで臘月卅日と作すること即ち不可なり、今夜を喚んで大新年頭と作すること即ち不可なり。
  既に、臘月を喚んで新年と作することを得ず、則ち知りぬ、新歳、真に来らず。
  新年を喚んで臘月と作することを得ず、則ち知りぬ、旧歳、実に去らざるなり。
  旧歳、既に去らず、新歳、又来らず、来去、交参せず、新旧、対待を絶す。
                                『永平広録』巻8-小参10

 

やや難しい言葉が並びますが、かいつまんで申し上げますと、禅の教えでは、何かと何かが相対するという考え方を、「分別」として否定します。この場合は、大晦日で終わりとなる「旧年」と、翌日元旦に迎える「新年」とが、対立する発想を否定したのです。同様の教えは、『正法眼蔵』にも見ることが出来ます。

生も一時のくらいなり、死も一時のくらいなり。たとへば冬と春とのごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。 
「現成公案」巻

生死や季節は、各々で絶対的に仏法を尽くしきっているのであり、どちらが先で、どちらが後か、どちらが良くて、どちらが悪いか、といった発想は、全てその生死や季節の本質を捉え切れておらず、いたずらに、我々の無用な価値判断を結びつけてしまっているのです。その相対的発想、分別をこそ超えて、始めて丸ごと仏法に親しむことが出来るわけですから、道元禅師さまは、雪深い永平寺の中で、弟子達を前に、旧年・新年が交替するまさにその機会を捉え、丸ごと仏法を頂戴する大切な教えを説かれたのです。

さて、大晦日には、各地にある曹洞宗寺院で、「除夜の鐘」が撞かれることがあります(梵鐘をお持ちでない寺院もありますので、もし菩提寺などから案内がない場合には、予めお問い合わせいただくと良いでしょう)。この除夜の鐘ですが、禅宗寺院では元々、毎日夕方に、鐘を108回撞くという決まりがありました。
 それを、年の変わり目に行うことによって、その年1年を反省し、次の年が良いものであるようにお祈りする今の「除夜の鐘」ができました(成立理由は諸説あり、これは一例です)。108という数字は、我々人間の煩悩の数だともいわれていますので、鐘を撞くことで煩悩を払うように願うのです。

撞く際の作法ですが、様々な風習はありますけれども、一般的には107回を旧年中に着き、残り1回を新年になった時に撞くとされています。また、撞く場合には、「鳴鐘の偈」という一文をお唱えすると良いでしょう。

「三塗八難 息苦停酸 法界衆生 聞声悟道(さんずはーなん、そっくじょうさん、ほっかいしゅじょう、もんしょうごどう)」

ありとあらゆる者達が、この鐘の音を聞いて、苦しみを脱するようにと願って撞くのです。偈のお唱えを含め、作法等詳しいことは、当該の寺院関係者の方にお問い合わせください。

今年もあとわずかになりました。それでは皆様、よいお年をお迎えください。 合掌