両祖忌


 

(左)瑩山禅師 (右)道元禅師

9月29日は「両祖忌(りょうそき)」です。大本山永平寺を開かれた高祖承陽大師道元禅師様は、建長5年(1253)8月28日に、京都高辻西洞院覚念邸で、54歳で示寂されました。また、大本山總持寺を開かれた太祖常済大師瑩山禅師様は、正中2年(1325)8月15日に、石川県羽咋市の永光寺にて、58歳で示寂されました。
両祖大師の示寂された両日を、近代に入りまして太陽暦に換算したところ、まことに不思議なことに、年こそ違え、いずれも9月29日となりました。これをうけて、明治10年12月20日に制定された「祖師忌改正条例」では、太陽暦での9月29日を、両祖大師のご命日として、「両祖忌」と定めました。

 

以来、曹洞宗のお寺では、この9月29日には、道元禅師様と瑩山禅師様の両祖の御遺徳を偲び、報恩感謝の法要を営んでおります。

 

以下には、その両祖忌にて宣読される「両祖忌疏」の訓読文と、末尾の一節の大意をご紹介いたします。

【両祖忌疏】

浄法界の身、本と出没無し、大悲の願力、去来を示現す。
仰ぎ冀くは真慈、俯して照鑑を垂れたまえ。
日本国 都道府県 某郡市町村 何山何寺住持法孫比丘某甲。
今月今日、恭しく高祖承陽大師 太祖常済大師 大般涅槃の辰に値う。
虔んで香華燈燭山蔬野茗の微供を備え、特に現前の法孫を集め、恭しく真前に就いて、經咒を諷誦す、集むる所の殊勲は、上み慈恩に酬いん者なり。
右伏して以れば、万里の波涛を超えて、空手還郷、遠く天童の異苗を玲瓏巌畔に植え、四代の盂鉢を承けて通身喫飯、直に永平の霊木を羯鼓林中に挿む。
是に於いてか天下出世の道場、永く古仏の徳を讃仰し、日域無双の禅苑、常に至尊の恩に報答す。
誠に知る、眼蔵の遺篇は、綿密の祖道を興起し、傳光の秘録は、豁達の禅風を宣揚す。既に九十余巻の妙典有り、何ぞ五十二代の法灯燈無からんや。越渓の水は、鶴湾に注いで、普く三界を霑し、吉峰の雲は諸嶽を繞って、広く万邦を蔭う。宜なる哉、曹洞の雲孫は、両祖の正法を現成し、明治の天子は、大師の尊号を追諡したまう。
仰ぎ庶くは、日月双べ懸けて、光明を一万四千の門刹に輝かし、父子親密にして、慈悲を十方億万の人天に垂れたまわんことを。謹んで疏。

 

【末尾(「仰ぎ庶くは~」以降)の大意】
わが宗門において、道元禅師様、瑩山禅師様は、太陽とも月とも申し上げるべきお方々で、太陽や月が大空にならべかけて光り輝くように、いまや一万四千有余ヶ寺の寺院を数える大宗門となったのでありますが、その宗門に、くらい、ちまたの暗夜のおとずれることがないように、常に法光をもって照らされるよう願ってやみません。

 

また、わが宗門を家庭における親子とすれば、両祖大師様は、まさに父であり母であります。親と子が親密に、いつくしみあうように、高祖大師の法統をうけついでより、七百余年の長い歴史をになってはおりますが、いまにして、宗門という家庭に、あわれみ・いつくしみのお心をたまわるように、こいねがうばかりでなく、世界中いたるところで、迷いになやむ、数しれぬ人びとのために、慈悲を垂れてお救い下さるように念じてやみません。本日、両祖大師の高大なるご恩に報いるために、いささか法供養をいたすに当たって、謹んで意のあるところを申し上げるものであります。