「『正法眼蔵』現代語訳」研究プロジェクト


プロジェクトの趣旨・目的
宗典である『正法眼蔵』を読む場合、原典のままで読むことの難しさは、宗門僧侶を含め、多くの人たちが経験していることだと思います。
『正法眼蔵』に親しむことを考えるならば、原典のままで読むよりも、現代語訳をしたものを読む方が宗典への親しみは増すものと思われます。そういった意味でも、『正法眼蔵』の現代語訳を作成することは意義のあることと考えられます。
しかし、周知のとおり、深い思索によって構築されている『正法眼蔵』の文章は難解であり、その言葉の用い方も常識的な解釈を超えていると言っても過言ではありません。それゆえ、単に『正法眼蔵』の文章を現代語に置き換えても、その深い宗教的な思索にもとづいた思想を表現することは難しいと言えるでしょう。どのようなことが『正法眼蔵』で主張されているのか、その理解を深めるところから研究をすすめ、その上で現代語訳をするように心掛けています。
 
プロジェクトの成果と今後の予定
当プロジェクトでは、平成21 年度より、本山版『正法眼蔵』「弁道話」巻の現代語訳を目指すための研究に取りかかりました。まず同巻に展開されている道元禅師の仏法を理解するところからすすめており、そのための方法として、江戸時代の注釈書、近代の提唱録などを参照して、どのような伝統解釈がなされてきたかを視野に入れ、さらに現代における宗学研究をも視野に入れて理解を深め、その上で、具体的な現代語訳を試みるようにしています。
特に「弁道話」巻は、その冒頭より、現代における道元禅師の研究においても注目されているところであり、伝統的な解釈と現代的な研究の両面より、活発な議論をして理解を深めていかなければならないと考えております。
たとえば、「弁道話」における十八問答が展開される前に、道元禅師が強調している修証論の展開があり、自受用三昧の立場から、土地草木牆壁瓦礫が「仏事をなす」とし「ちかきさとりをあらはす」としていますが、どのような境界として受けとめていくかという問題があります。また、十八問答中の第七問答に展開されている「証上の修」としての修証論における「修」と「証」の関係、さらには第十問答に展開されている「心常相滅論への批判」と「心性大総相の法門」の関係など、宗学上の議論が必要になる内容が多く含まれています。このような問題を、どのようにして現代語訳に反映させていくか、考えさせられることが多くあります。特に、訳語を確定する上での問題として、道元禅師が用いている言葉を、必要に応じて残しておくか、完全に現代語訳として表現していくか、そのことを見極めていくことは、道元禅師の仏法を誤解のないように受けとめるためにも重要な問題であると考えています。
これまで検討してきた宗学上の議論を踏まえながら、具体的に訳語を確定する作業を行い、ようやく「弁道話」巻の現代語訳を終えることができました。現在、それを公開するための作業をすすめています。今後も引き続き、各巻の現代語訳をすすめていく予定です。
 
プロジェクトメンバー(50音順)
相澤秀生、粟谷良道(リーダー)、石原成明、河村康仁、小早川浩大、清藤久嗣、清野宏道、西尾古鑑