「脳死と臓器移植」問題に対する 答申書

 

「脳死と臓器移植」問題に対する
答申書

曹洞宗宗務庁


目次

・「<脳死と臓器移植>問題に対する答申」について

・はじめに

1.日本人の身体観

2.「脳死」問題発生の背景

3.仏教・禅における死の問題

4.臓器移植と仏教・禅

5.ドナーとレシピエントのありかた

6.法制化の経緯と問題点

7.脳死・臓器移植の実施に関わる法制上の諸条件

・付録(1)「脳死と臓器移植」問題理解のために

・付録(2)参考文献一覧

・あとがき


「〈脳死と臓器移植〉問題に対する答申」について
                                                                                                                      宗務総長 乙川良英

 平成9年2月の宗議会において、「脳死・臓器移植問題に対する曹洞宗の見解を発表すべきである」という要請がなされたことを受けて、同年4月、当時の大竹内局より現代教学研究センターに、この問題についての諮問がなされた。

 研究期間は2ヶ年であったが、その間に、同年7月には「臓器の移植に関する法律」が公布され、10月には施行される運びとなって、状況は新たな局面を迎えた。

 しかし、その後、脳死者からの臓器移植は実施されることはなく、今般、法律施行後1年4ヶ月を経た平成11年2月にいたって、初の「脳死移植」 が実施された。

 だが、その際の過熱した報道のあり方や、臓器提供者の家族の心情への配慮な ど、予想を超えた新たな問題が噴出してくるとともに、多くの人びとにとっては、プラスチックの搬送容器にいれられて、衆目のうちに運ばれる「臓器」の映像を目の当たりにし、臓器移植がいかなる現実であるかを初めて実感することにもなった。

 このような時期に、「〈脳死と臓器移植〉問題に対する答申」を各御寺院のお手元におとどけできることは、各位の要望に対して少しく時宜に応えたものと思われる。

 もとより、脳死・臓器移植の問題は、簡単に是非を論じられる性質のものではない。

 そのような場面に直面したとき、選択は最終的に各人の判断にゆだねるしかない。

 今答申は、日本人の生死観や医療のあり方など、とかく時流に流されて見失ないがちな問題について、立ち止まって、本質から考える機会をあたえてくれると思われる。

 宗侶各位が、「脳死・臓器移植」問題に関するさまざまな問題を視野 にいれながら、熟慮し、判断を下される一助となれば幸いである。

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はじめに

 「臓器移植に関する法律」(平成9年7月16日成立)はその施行(平成9年10月16日)以来1年を経たが、いまだにこの法律による脳死者からの臓器移植の事例はない。その理由は、脳死・臓器移植に関して法的にも、医学的にも、そして日本人としての感情の面からも、国民的総意を得るに十分な条件が整っていないからと思われる。事実、この法律を適用するには、種々の面において、未解決の問題や、取り上げるべくしていまだに取り上げられていない問題が少なくなく、脳死・臓器移植は、少なくとも日本では、今後に考えるべき要件は極めて多い。

 しかし、法律はすでに公布・施行され、平成12年には改正が予定されている。是非善悪に関わらず、事態は現実の社会問題として動き出しており、こうした現在の状況は考慮されなければならない。

(1)したがって、当研究センターとしては、この問題に関して、全面的に賛成ないし反対という結論は出していない。また、曹洞宗としての統一見解を出し得る事柄でもない。

(2)しかしながら、脳死・臓器移植の問題がさらに社会的に議論をよびおこすような状況を考えたとき、あくまでも宗門人の立場から、いまだに無視され、あるいは未解決のままに残されている問題はなにか、どういう方向で考えていくべきか、を検討するという研究方針をとっている。

(3)答申の基本にあるのは、

本件はすぐれて「生死」の問題に関わるものであるが、特に脳死は臓器移植を行うために導入された便法としての死の定義である。仏教・禅の視座からは、これを積極的に支持する根拠はみあたらない。

脳死・臓器移植については、仏教ないし禅の世界観からは、是とする意見もあり得ると同時に、非とする見解もあり得て、宗門としてイエスかノーかといった二者択一的な結論は出し得るものではない。

この問題は、あくまでも宗門人個々の宗教者としての自覚と関心の上に選択、決定されるべき事柄である。

(4)したがって、本答申はそういう判断をするための最も基本的な条件と方向を、きわめて集約した形で示そうとするものである。 
 その内容を支える根拠として、中間答申の内容をさらに改訂した論文を付録(1)として付した。これは同時に宗門宗侶がこの問題についての理解を深めるための資料であり、付録(2)の参考文献一覧(解説付き)もまた同様である。

(5)本答申はあくまでも宗門的立場からの見解であり、脳死・臓器移植全般に関して検討したものではない。実際問題として、医学ないし法律上の問題は、検討し整理はした(後述 5・6)ものの、我々の能力を超える。

(6)脳死・臓器移植にかぎらず、今日、生命倫理の問題は多岐多様にわたっている。我々は常に、そして真摯に、仏教・禅の信仰者としての立場から、応用問題として、対処していく姿勢が要請されるものであろう。

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1.日本人の身体観

 臓器移植を行う際、伝統的な身体観は重視されるべきである。日本人にとって、遺体は霊が脱けさった単なる〈もの〉ではない。死者儀礼にみるように、霊は一定の手順と時間を経てあの世に落ちつくのであり、遺体は死者の生命と深く関わっている。だからこそ、日本人には、遺体を傷つけ、臓器を取り出すことに違和感がある。臓器移植を推進するなら、日本の文化として定着しているこうした伝統的な感覚と思惟を、強制的にではなく、無理なく超克できるような状況の設定と社会的成熟が必要である。

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2.「脳死」問題発生の背景

 臓器移植を前提として論じられる「脳死」は、「限りなく死に近い存在」を「死」そのものと捉えようとする。そこには医療現場における臓器移植が新鮮な臓器によってのみ可能であるという事情がある。しかしそれは、従来の「死」の概念を根本から揺るがし、種々の面で大きな混乱をもたらしている。

 であるからこそ、さまざまな議論の結果、「臓器移植法」は施行されたが、成立した法律は問題点を未解決のまま残している。

 また、医療の現場に対する社会の不信感も払拭されておらず、ドナーの人権が侵害される恐れがある。さらに、医療産業のなかでは、臓器は流通する「商品」としての性格をもつことが構造的に避けがたく、そのことが臓器売買などとも深く結びついてくる。

 「脳死」も「臓器移植」もすぐれて医学的な領域であり、専門性や権威主義が隠れ蓑となりやすいからこそ、情報公開がなされるとともに、高い倫理性がもとめられる。

 仏教・禅の立場からは臓器の「商品」化は認めることは出来ず、「脳死」についても、積極的に認める根拠を見いだすことは困難である。

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3.仏教・禅における死の問題

 仏教における生死の問題は、釈尊の出家の動機そのものに根ざしている。釈尊は「生まれたものは必ず死ぬ」ことを宗教的に自覚することによってその問題を超克する。この教えはやがて「生死即涅槃」を表明する大乗仏教へと展開し、さらに中国に入り、特に禅宗の成立を通して生活化され、やがて道元禅師へ継承される。

 道元禅師は、無常である自己のいのちは「仏の御いのち」の働きであり、大自然のいのちそのものの厳粛なる営みであるとする。すなわち、いのちを個々人が自由にできる〈もの〉のように考えることを打ち破り、自らの計らいを棄てて、「いま」の生を徹底して生きることが、「仏の御いのち」を生きることとするのである。このような道元禅師の生死観は、生と死を区別する現代人の概念を超越するものであり、医学的な生・死の判定とは全く文脈を異にする。

 

 死の問題を論じるならば、次に宗門において広く行われている葬祭についてとりあげないわけにはいかない。如何なる宗教伝承であれ、教団は純粋の信仰を保持する場であると同時に、教化の場でもある。そして、民衆教化は種々の日常儀礼を通じて行われるのが通常の形である。曹洞宗も鎌倉・室町期から民俗信仰の葬祭を宗門行事として仏教化し、定着させている。

 日本古来の民俗信仰的な死霊観は、恐怖(くふ)と追慕の対象という両義的な存在であったといわれる。曹洞宗ではいわゆる霊魂を死者の人格性としてとらえ、これを厳粛な儀礼執行によって成仏をはかり、さらに追善供養などによって生者・死者ともに仏道を歩もうとするものである。

 宗門の洗練された喪儀法や綿密な儀礼法要は、こうした意図と密接に関係している。また仏教では、現実の死を契機として世界・人生の無常を説き、一般人が深い悲しみをのりこえて死を受容し、さらには人生の意味に目ざめるようにつとめてきたのである。

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4.臓器移植と仏教・禅

 仏教・禅の教義からは臓器移植に対し、肯定する理論も否定する理論も、ともに導き出すことができる。よって、仏教・禅が恣意的に臓器移植推進ないし反対の理論として利用されてはならない。

 推進の理論として最も利用されやすいのが布施行である。しかし、布施行が成立するのは、あくまで仏教徒であるという自覚をその人が持っていることが前提となる。この点が曖昧にされると、一般社会に臓器提供を強要する理論として利用される危険性がある。臓器提供は慈善行為にはなりえても、直ちに布施行とはならない。 

 反対の理論として、しばしば仏教徒の側から主張されるのは、「生死一如の生き方は、私たちにとって追求すべき目標である。だからこそ、他人の臓器をもらってまで生きる必要はない、臓器移植は反対である」というようなものである。しかし、これは個人の信仰者としての覚悟であり、他人に強要することは実際的ではない。臓器移植を必要としている幼児にこうした生き方を強要できるであろうか。我々が今直面しているのは社会の制度としての臓器移植の是非であり、この視点をはずしてはならない。

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5.ドナーとレシピエントのあり方

 臓器移植には提供者(ドナー)と受け手(レシピエント)の双方が存在する。もし臓器移植が推進されるならば、提供者の善意が生かされ親族がよかったと思えるような、また、受け手が臓器を提供してもらったことに対して感謝の念を抱きつつ質の高い生き方ができるような、純粋な善意とそれに対する感謝の関係が築かれる必要がある。

 そのためには、臓器提供者と受け手の双方と、それをとりまく家族や親族への心のケアが十分になされる体制がととのえられなければならない。

 なぜならば、臓器移植は、これまで人びとが想像したことのないような、さまざまな新たな苦悩を生み出しているからである。

 ドナーとレシピエントの間には微妙で複雑な人間関係が生じてくることが予想され、仏教・禅の立場からは欲望をいたずらにつのらせ、ないし、人間関係を悪化させるような要因には細心の注意を払う必要がある。

 以下に、そうした臓器移植をめぐる倫理的諸問題の事例を列挙する。

経済的な問題から移植を断念せざるをえないケース。

肉親などからの生体移植の場合、適合性の問題から肉親が臓器を提供できず、その事情を知らない周囲から非難が生じるケース。

ドナーの親族が、臓器提供後、提供を後悔するケース、あるいは、その逆に、提供しなかったことを後悔するケース。

レシピエントとその家族に、他人の死を待望する気持ちが生じるケース。あるいは、その気持を道徳的に否定しようとする良心との葛藤に苦悩するケース。

「ドナーとレシピエントはこうあるべきだ」という、当事者以外からの身勝手な要請と現実との板挟みになるケース。

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6.法制化の経緯と問題点

 脳死・臓器移植に関する法令の問題点は、その審議の経緯が示すように、何度かの修正を経た上でもなお、反対意見も少なくなく、また未解決の問題をそのままにして成立したところにある。種々に指摘されている問題点の主なものを列記してみよう。

(1)臓器移植は他人の生と死に抵触する技術であり、「目の前の患者の命と隣の患者の命をくらべない」という医療の基本理念から逸脱しており、いわば「人の死を期待する医療」であることへの本質的議論がなされていないこと。

(2)「脳死を人の死」とする社会的合意が成立していないのに、法律が先行してこれを人の死と定めることは、立法のあり方からいっても問題があり、運用上もさまざまな問題を残していること。

(3)脳死・臓器移植は暫定的な医療であるのに、法律で脳死を人の死と定めることは疑問であること。

(4)脳死の判定基準が法律ではなく、公開の審議を経る必要のない省令で定められており、しかも医学界で十分なコンセンサスがえられていない「竹内基準」(注)が用いられていること。

(5)移植の強要を拒否したり、患者が移植以外の治療を選択できる権利が十分に保証されていないこと。

(6)移植手術を受ける順位の判定が恣意的に行われる危険性があり、これに対する解決策が示されていないこと。

(7)莫大な移植費用について現行の医療保険制度との関係が議論されていないこと。

(注)

  1. 深昏睡。
  2. 瞳孔が固定し、瞳孔径が左右とも4㎜以上であること。
  3. 脳幹反射(対光反射・角膜反射・毛様脊髄反射・眼球頭反射・前庭反射・咽頭反射及び咳反射をいう)の消失。
  4. 平坦脳波。
  5. 自発呼吸の消失。

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7.脳死・臓器移植の実施に関わる法制上の諸条件

 脳死判定と臓器移植の実施に関わる諸条件には法的な規定があり、移植医療が適正に行われることを目指している。その骨子は二点に要約できる。

 一つは、ドナーが生前に書面により意志表示を行い、家族が該当臓器の摘出に同意したとき、改めて「脳死」の定義が示され、「脳死」の判定がおこなわれるという点。

 二つは、脳死判定の確認は臓器の摘出・移植に関わらない医師によってなされること、およびその記録は保存され閲覧に供せられる点である。

 さらには、臓器売買を禁止すること、臓器の移植が適正かつ公平に行われるべきこと、医師がレシピエントまたはその家族に必要な説明を行うこと、臓器の斡旋に関わるコーディネーターの役割等の諸条件も定められている。

 しかし、脳死判定をめぐる技術論についても学会の定説を見るには至っておらず、このような法的規定も実際に機能するのかどうか医療現場から様々な危惧も指摘され、現時点では完全とはいいきれない。

 「臓器移植法」は、人間の生命や生死という個人の尊厳にかかわる問題を法律で規定することができるのかという根本的問題も含んでおり、運用に関しては慎重な姿勢が望まれている。さらに、本法令は施行より3年後(平成12年)に改定されるが、その時にさらに十分な議論が行われることを望みたい。

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本答申に至るまでの経緯

平成9年4月8日、内局から諮問。期間は2年。

平成10年4月23日に中間答申提出

平成10年5月より引き続き研究継続(班長は駒澤大学の役職上の理由により田中良昭より奈良康明に変更)

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現代教学研究センター構成員(*は「生命倫理研究班」)

所 長 *桜井秀雄  駒澤大学名誉教授・前総長
副所長 松田文雄  駒澤大学総長
主任研究員 佐々木宏幹  駒澤大学教授
常任研究員 *奈良康明  駒澤大学教授・前学長
  松本晧一  駒澤大学名誉教授
  *田中良昭  駒澤大学教授
  *椎名宏雄  駒澤大学講師
  *永井政之  駒澤大学教授
  安田剛一  永泉寺住職
委託研究員 広瀬良弘  駒澤大学教授
  角田泰隆  駒澤短期大学助教授
  深瀬俊路  教化研修所主事兼講師
  *尾崎正善  鶴見大学講師
  森田勝准  教化研修所研究部修了
  晴山俊英  宗学研究所所員
  *星 俊道  宗学研究所所員
  *桐野好覚  宗学研究所所員
事務局長 井上正憲  教化研修所講師
幹  事 *竹内弘道  駒沢女子短期大学講師
書  記 原口玲子  

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付録(1) 「脳死と臓器移植」問題理解のために

 本小論集は、諮問を受けてから1年間の研究の成果をまとめた『中間答申』に、その後の経緯をふまえて若干の手を加え、付録としてまとめたものである。

 『「脳死と臓器移植」問題に対する答申』は、この『中間答申』に基づいて作成されている。答申内容のより深い理解の一助となろう。

 内容は以下の構成からなる。

  1. はじめに-日本人の身体観-
  2. 「脳死」問題発生の経緯-「臓器移植」との関係-
  3. 宗義と脳死問題
  4. ドナーとレシピエントのあり方
  5. 法制化の経緯と脳死・臓器移植の諸条件

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1、はじめに  ―日本人の身体観―

 平均的な日本人が臓器移植という言葉を聞いたとき、いったいどのように感じるのであろうか。遺体からの角膜移植や腎臓移植など、かなり以前から行われているものであっても、生前から臓器提供を申し出ていたという話しに出会うことは決して多くはない。

 また、臓器を提供したという話を聞いて、奇特な方だと思うことはあっても、では自分もと、ただちに臓器提供者(ドナー)登録をするわけではない。

 日本人は遺体を傷つけられることにたいして抵抗感が強い。そのことが、移植医療や脳死を前提とした臓器移植が進まない、大きな原因のひとつといわれている。

 現在問題となっている脳死を前提とした臓器移植は、移植医療のなかでも、心臓が停止した遺体から臓器を摘出するのではなく、器械の力を借りながらではあるが、呼吸し、血の通っている温かい脳死状態の肉体から臓器を切り取ることになるので一層その拒否反応は大きい。

 では、なぜ日本人は遺体を傷つけられることを嫌うのであろうか。その感情がよって出る淵源について、我々誰もがみな、はっきりと自覚しているわけではない。まず簡単に日本人の身体観をふりかえってみよう。

 外国で航空機事故が起こって日本人の犠牲者が出た場合、現地に駆けつけた遺族と、その土地の人びととの間で、遺体に対する考え方の違いからトラブルが起こることが往々にしてある。

 遺体の一部でもいいから持ち帰りたいと切望する日本人を、現地の人は、命のない亡骸になぜそれほど執着するのか理解しがたいという。

 古来より日本人は、死後ただちに霊魂は肉体(遺体)を離れ神のもとに召されるとは考えていない。死者の霊魂(御霊)は簡単に肉体から離れるものではなく、あの世に落ち着くまでには一定の時間や手順が必要とされる。通夜や葬儀はその過程の大切な儀式である。

 死者に旅装束を着せるのは、死者があの世に落ち着くまでの長い道のりを旅するためのものであり、生前と同じように食べ物も供養する。ここには死者をむしろ生きた存在と同一視する心情がある。

 最終的にあの世に落ち着くまで、家人は盆のたびに御霊を家に迎え、盆が過ぎるとふたたびあの世の旅に送り出す。この世に執着を残している場合は御霊は祟ることさえある。

 最終的にあの世に落ち着いたときを、成仏をとげたとするのであるが、これは古来から受けついできた御霊信仰と仏教が結び付いたものである。

  このような習俗のなかで、遺体は生者と同じように傷つけられないよう大切に扱われるのであるが、一方で日本人には、古来より、死体を穢れた存在とみなして、これに触れたがらない感情もある。葬儀の際のさまざまな儀式の中には、この穢れを清める意味を持つものも残っている。

 さらに日本は、儒教文化の影響を強く受けた社会でもある。自分の身体は、たとえ髪の毛一本、皮膚の一部であっても、それは父母から授かったものであるから傷つけてはならないという儒教の考えも残っている。日本人の身体観はこのような深層構造をもっているのである。

 こうした日本の伝統的文化のなかからは、なかなか、人が死んだあとただちに「モノ」とみなして切りきざんで利用してもよいという考え方は出てこない。遺体を焼くにしても臓器を摘出するにしても、御霊を肉体から完全に分離してやる時間が必要となるのである。

 臓器移植をもっと推進したいと考える人々は、このような日本人の宗教的感情こそが移植を妨げる「障害」であると考える。しかし、そもそもこのような宗教的感情は否定されるべき感情なのであろうか。また克服されるべき感情なのであろうか。これまでのべてきたように、臓器の提供を拒否する側には文化的な理由があるのであり、臓器移植という特定の目的から、人間の死に関わる文化そのものが価値評価されるいわれはないのである。

 問題は、臓器移植を推進したいと願う移植医療側と、この流れに疑問を持ち、躊躇する人々との間には、人間の身体観をめぐる意識に越えがたいギャップがあることである。

 移植医療側は基本的に人体を「モノ」ととらえるが、その考えで臓器移植が進められると、臓器提供者の側は必ず、死者の尊厳が汚され、遺族の思いが踏みにじられたと感じるのである。

 脳死を前提とした臓器移植を可能とする法律が制定され、推進への道が開かれると、これに異を唱えることが難しい雰囲気も出てくることが懸念される。

 しかし、臓器提供を拒否するにしても、ドナー登録をするにしても、どちらの選択も個人の自由な意思にもとづく選択として尊重されなければならず、臓器提供を拒否した人が非難されることはあってはならない。

 

 また、今般成立した「臓器の移植に関する法律」第11条では、臓器の売買を禁じているが、このことは、現に発展途上国の人びとの生体から、臓器が切り取られ売買されていることへの反省に立って定められたものであろう。

 臓器移植というと、とかく移植を待つ患者と医師と臓器提供者の、心の問題としてだけとらえられがちであるが、医療産業も経済構造の一部を構成している以上、そのなかでの臓器は、いやおうなく流通する「商品」としての性格を持ってしまうのである。臓器が「モノ」や「部品」として扱われてしまう理由として、この構造的原因を見過ごすわけにはいかない。

 移植医療はこの現実のなかで、自らの倫理性をどのように高めていくのかを明らかにしていかなければならない。

 

 このように、臓器移植問題は、我々日本人にとって、改めて自らの身体観を見つめ直させることになる。臓器移植をめぐって真に主体的な選択がなされるためにも、広く医療現場の情報が開示され、十分に議論がつくされなければならない。

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2、「脳死」問題発生の経緯  ―「臓器移植」との関係―

  1990年にいわゆる「脳死臨調」が設立され、賛否両論の分かれる中、1997年「臓器の移植に関する法律」が制定される運びとなった。その後ほぼ半年が経過したものの、法律に基づいての移植手術はいまだ行われず、ドナー・カードの普及や、法のさらなる整備が考えられている昨今である。

 いずれ法律が実際に運用される場面が出てくるであろう事は容易に推測されるが、それにしてもかつて脳死臨調でさまざまに論じられた問題が十全に解決されたわけではないことも、我々は確認しておく必要がある。

 とくに法律の上では、脳死となったドナーは、「臓器提供者」と位置づけられる限りにおいて「死者」として扱われる―つまりその「死体」から臓器を摘出する医師は、殺人罪には問われない―という部分については、特に慎重に考えておく必要があろう。

 いうまでもなく、臓器移植にしても脳死にしても、我々の前に具体的な問題として浮上したのは、まさしく現代における医療技術の発展の結果としてである。それまではごく一部の関係者が研究し関係することがあったにしても、それが一般のレベルにまで降りてくることはなかったように思う。

 いま少し大雑把に言えば、仏教者も含めて一般的には、動かなくなり次第に冷たくなっていく患者を目前にして、素人なりに「死」を確認し受容していったのである。このことは仏教の教義の上でも変わりがない。すなわち、仏教の教義の上で「死」は、寿命と体温と意識の喪失をもって認定される。『雑阿含経』21や『倶舎論』5に言うごとくである。

 また「死」の受容は、医学的な判断を契機としつつも、すでに宗教学者が指摘するように、習合的な葬送儀礼を媒介としてなされてきたことも忘れてはならない。歴史の中で、仏教者が関わり得たのは、むしろこの部分が大きい。すなわち、教義的には、生ける者が親しき者の「死」を目の当りにして、「無常」の道理に目覚め、いかに生くべきかを模索し精進することが中心となる。その一方、現実との関わりで見れば、死者の霊の鎮魂や死後の世界の安穏を願うといった部分が強く表れていることも否めない。いずれにしてもそこでは、「死」が確定した後、どう対処するかが問題なのであり、「死」そのものをどう判定するかということは、ほとんど関心の外と言ってよい。
 ところで、医学が進歩し、三つの徴候(心臓停止、呼吸停止、瞳孔拡散)が、機械を通して厳密に知られるようになっても、それらの要素―つまり誰もが納得する死の判定の基準―が変わることはなかった。三つの徴候によって確認され、次第に「冷たくなっていく」死者が「死者」なのである。「温かい死者」という概念は、普通人の誰もが持ちようがなかったのである。

 医学の進歩の結果、人工呼吸器の助けを借りつつも、外面的には昏睡状態にあるかのごとき患者、すなわち「温かい死者」を「脳死者」と位置づけ、さらにはそこから臓器を摘出する―つまり親しき死者の肉体を傷つけ、決定的な「死」の世界に送り出してしまう―、ということが家族における二重三重の心理的抵抗となって、「脳死者からの臓器移植」理解の障壁になっていることは疑いない。

 ところで角膜移植や心臓以外の臓器の移植といった、今日では当たり前のように行われている医療手段も―その提供者は、言うまでもなく三徴候によって「死」を認定された遺体であり、また提供者が生存者であるときは、その生命を危険にさらさない範囲であるが―、その歴史はさほど古いものではない。

 資料によれば、1880年に皮膚移植が、1928年に死体からの角膜移植が行われたことが知られている。臓器については、1936年に腎臓移植、1963年に肝臓移植の第1例が報告されている。いずれも外国での事例である。

 そして、当面の課題である脳死者からの心臓移植が最初に行われたのは、1967年、南アフリカにおいてであった。日本では、1968年の札幌医科大学におけるいわゆる「和田心臓移植」が心臓移植の嚆矢となる。

 いずれの場合も、当初は心臓の移植すらも可能とした医学の発展のみが関心を呼び、「脳死判定」の持つ深刻性に気付く人はほとんどなかった、と言っても過言ではあるまい。特に「和田心臓移植事件」は、後に告発され、結局は不起訴処分となったものの、人間の死、とくに「脳死」をどう判断するかという点で宿題をのこした。当時の司法の考え方では、心臓移植自体は違法ではないが、ドナーの死は確認されなくてはならず、その確認は医学界の通説が変わらない限り三徴候説によるとしたのである。このような見解が、のち日本で心臓移植が久しく行われなくなった原因となる。
 それにしても日本において脳死の患者からの臓器移植が、以後、皆無であったわけではない。心臓移植以外の臓器移植も少なからず行われるようになっている。このことは医学界や社会の通説が微妙に変化していることをうかがわせる。
 そのような中で、脳死を定義しようという試みが本格化し、1985年の「脳死に関する研究班」の報告があり(いわゆる「竹内基準」)、1986年「臓器移植を行うに当たって」(日本移植学会理事会)等、さまざまな立場からの提言や規定づくりの結果、1990年、「臨時脳死及び臓器移植調査会」(いわゆる脳死臨調)が設立される。脳死臨調は2年間に33回の会合を開き、1992年1月末に答申案をまとめ、これを受けた形で1997年7月、「臓器の移植に関する法律」が制定された。法律の制定によって、合法的な臓器移植が可能となったわけであるが、だからといって脳死をめぐる規定をめぐっては、反対の意見も根強くあり、社会的な合意がなされているとはいいがたい。また脳死判定をめぐっての告発が今日でも行われるのは、ドナーの遺族の複雑な心情を推測せしめて十分である。

 ひるがえってみれば、脳死は、人が死ぬときには大なり小なり訪れる。呼吸と心臓が止まっても脳は数分間は生きていると言われている。脳が死んではじめて「死んだ」ことになる。ただし、このことはさほど議論の対象にはならない。この場合の脳死は心臓死を前提にするし、後に論ずる心臓移植の対象にはなりえないからである。問題は、不慮の事故などによって脳が損傷を被り、まったく機能していない状態において、人工呼吸器の助けを借りながらも心臓が動き、体温が保たれている状態=「脳死」をどう見るかということである。このような「脳死」の存在は、先にも述べたように、まさしく医学が発達した現代において初めて認識されるようになったものであり、それは従来の「死」の捉え方を根本から揺るがしたといえよう。ましてその「脳死」を臓器移植、とくに心臓移植を前提として、法律で定めるというのも前例のないことといえよう。

 ところで脳死とはどのような状態なのか。法律に拠れば「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたもの」であるとされる。一般に脳が大脳・間脳・中脳・小脳・橋(後脳)・延髄(髄脳)によって構成されることはよく知られ、とくに大脳・小脳以外の部分は「脳幹」と呼ばれ、それが人間の呼吸などを司るとされる。

 一口に脳死といっても、意識作用を司る大脳皮質部分の機能停止をもって脳死と考える「大脳死」、呼吸及び意識の機能停止を重視する「脳幹死」、脳幹と大脳全体の機能の停止を脳死と考える「全脳死」があり、ふつう「全脳死」をもって「脳死」と捉える。
 またこの場合でも、脳幹の機能に重きをおいた「機能死」と、脳の器質的な梗塞状態を考える「器質死」があって、議論は分かれる。後者のほうが、より厳密な脳死判定と思われるが、法律は前者をもって「脳死」としている。

 言うまでもなく脳機能の一部が損壊してベッドに横たわる「植物人間」と、「全脳の機能」が停止し、機械の助けを借りつつ呼吸し心臓が動いている「脳死」とは異なる。植物人間の場合、ある時期に意識が戻る可能性をもつのに対して、脳死となった患者が―ある程度の時間その状態を保つことはあっても―、現代医学の水準をもってするかぎり、蘇生することはありえない。

 蘇生しないという意味で、脳死患者は「限りなく死に近い存在」といえる。「限りなく死に近い存在」というのは、それが従来の三徴候による「死」を、機械の力を借りているにしてもクリアーしていないからである。

 臓器移植を前提として論じられる「脳死」は、この「限りなく死に近い存在」を「死」そのものと捉えようとする。そこには医療現場における臓器移植、とくに心臓移植は、できるだけ新鮮な心臓によってのみ可能という事情がある。当人が生前ドナーとして登録し、家族も同意し、一定の基準に基づく厳密な脳死判定が行われるという、必須の条件があるにせよ、ごく近い将来には「完全死」するのだからという前提がそこにある。なにより、脳死の状態にあって、いずれ必ず死んでいく一人の命が、別の一人の命を救うのだという「人道的見地」からの発言は大きな説得力を持つ。
 さまざまな議論の結果、これ以上の議論の余地のないかのごとくして「法律」は施行された。しかしそこでは「脳死判定」をめぐってのさまざまな疑問、たとえば脳への血流の停止を確認することが必要ではないか、などといった提言に対して、十分な解答がなされているわけではない。

 かえって臓器移植に積極的な関係者の間には「そこまで厳密にやらなくとも」といった雰囲気が感じられることすらある。
 かくして冒頭の和田心臓移植以来、払拭されていない「現場不信」は、なんら改善されていないというのが現状ではないか。最先端の臓器移植に関わる医師の発言の中には、ドナーの人権を無視し、医療技術の発展のみを強調するかのごときものすらある。また最近の、米国における脳死判定の実状を伝える報道によれば、現場では法律で定められた時間が守られず、早めの臓器摘出が行われることが少なくないという。これらの例を通して見るかぎり、医師と普通人の考え方との距離は少しも縮まっていないように思われる。時間的に切迫したなかで、きわめて専門性の高い、高度に医学的な領域であるからこそ、普通人にも理解できるような情報公開がなされてしかるべきであろう。

 またそのようにしてなされた「脳死判定」であっても、それはあくまでも現時点での医療水準に照らしての「脳死」なのである。将来、より厳密な脳死判定が可能になることは予想できるし、またわずかに生き残った脳から最大限の機能を引き出すことも可能になるかもしれないことを考えておくべきである。

 法律では、臓器移植に関わるかぎり「脳死」=死であると定められた。「死体」からの臓器移植であるから、法律で定められたさまざまな条件をクリアーしてさえいれば、処罰されることはない。

 しかし見てきたように「脳死者」からの臓器移植には、「脳死」は本当に人の死と認め得るのか、ドナーの家族は「脳死」を受容できるのか、医療の現場は周囲の不信感を払拭できるのかなど、乗り越えるべき問題が少なくないように思われる。

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3、宗義と脳死問題

 仏教の基本的な考え方によれば、この世は無常であり、刻一刻、時はとめどなく流れ、ものはみな時とともに変わりゆく(諸行無常)と説く。そして人は誰しも、無常的存在として、この世に生まれ、育ち、老い、死していく。

 また、人の生存は色受想行識という五蘊のはたらきであると説かれる。それはこの五蘊のはたらきの滅を迎えたときが死であるということになる。

 先人はこの切実なる生と死の問題について、たゆむことなく思弁に思弁をこらしてきた。例えば、生から死に至るプロセスを生老病死(四苦)というタームでとらえ、そこから脱却する方途を探っては“涅槃”の道を説いてきた。またこの世をば穢土と見据え、この世を厭離し、浄土を欣求する方途も説かれてきた。

 わが宗門では、永平高祖が、生と死に触れて、

 「生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり」(『正法眼蔵』現成公案)

と説き、また

 「生といふときには、生よりほかにものなく、滅といふときは滅のほかにものなし」(『正法眼蔵』生死)

とし、さらに無常の実相を示して、

 「時もし去来の相を保任せば、われに有時の而今ある、これ有時なり」(『正法眼蔵』有時) と述べ、生と死を前後際断した而今の把握に焦点をしぼって説いている。すなわち生の而今、死の而今のとらえ方が永平高祖の説示であるということになる。このとらえ方からさらに、

 「現成これ生なり、生これ現成なり、その現成のとき、生の全現成にあらすといふことなし、死の全現成にあらすといふことなし」(『正法眼蔵』全機)

と述べ、圜悟克勤の説く「生也全機現、死也全機現」の生きざま、死にざまを修行者の生死観(死生観)の依りどころとして示しているのである。

 しかし、修行者自身、身(肉体)をもつ存在であり、生から死へのプロセスにおいて、老病の現成は否定しえない。人は無常であるこの世の経歴と共に老いていくものであり、いかんともしがたい。だが、病は人知の力によって克服することもできる。すでに仏陀の時代以来、医術に関する説示がみられ、学人の習得すべきものとして、「五明」があげられ、その第三に「医方明」を定めているのもその例である。宗門現行の『行持軌範』にも、五侍者の一人に湯薬侍者を置いている。湯薬侍者の任務は言わば健康管理である。

 人は誰しも、かくのごとく応病与薬の力を借りながら老い、そして死を迎える。

 昨今、医学の進歩にともない、臓器移植が可能となり、臓器機能の完全停止以前に、臓器の摘出移植を実施するため死の認定を早める必要が出てきた。いわゆる脳死をもって死と認定するという主張であり、周知のように、わが国では法制化され、施行されている。

 一体全体、死を迎えるのはいつの時点なのか。

 仏教の教えでも、宗門の教えでも、殆んど説いていない。ちなみに、永平高祖は
「またこの生のをはるときは、ふたつのまなこたちまちにくらくなるべし。そのときをすでに生のをはりとしりて、はげみて南無帰依仏ととなえたてまつるべし」(『正法眼蔵』道心)
 と述べているが、この文は両眼がくらくなるときをもって生の終末、死の到来であると自ら認識し、南無帰依仏と口称することをすすめているのであり、いまここでいう死の時点を指しているものではない。

 また『釈氏要覧』をみると、

 「雑阿含経に云く。寿・煖・識の三法の捨離を死と名づく」

とあり、ここでは仏教経典としては最も古い経典に属するといわれる『雑阿含経』に説く寿命と煖温と認識作用が捨離された状態が死であるという文を引用している。また『倶舎論』五をみると

 「寿・煖及び識との三法が身を捨てる時、捨てられた身は僵仆(倒れ伏す、死)す。木の思覚なきが如し」

とあり、『雑阿含経』の記事と同様の説明である。つまり、仏教の当初以来、人の死は呼吸と心臓の鼓動(寿)の停止と体温(煖)の消失と五官(眼耳鼻舌身)機能(識)の停止にあると伝えられ、特に呼吸と心臓の鼓動の停止の瞬間が、最も厳粛な臨終の瞬間であると容認され伝承されてきた。

 この考えは、従来の医学上の「死の三徴候」すなわち心臓の拍動停止(心停止)、呼吸停止、瞳孔拡散という三徴候に等しい。

 一方、脳死の死は「脳幹を含む全脳の不可逆的機能停止」と定義されている。この脳死の段階では呼吸と心臓の鼓動は停止以前の状態であるといわれる。とすれば先にあげた仏教で説く寿と煖とは捨離以前の状態で死の宣告がなされることになる。従来、人の死を迎えるにあたって、それを見守る人びとは呼吸と心臓の鼓動の停止、身の硬直、次第に失せゆく体温等を、知覚的に受けとめながら人の死を納得してきたのである。一方、脳死の判定は高度の精密な機器によっておくり出されるデータをもとに、専門的有識者によって判断されるという。側に付き添う人びとに示されるのはそのデータと理論的な説明のみであろう。その説明を知的に受け入れ、死の判定を納得できるであろうか、どうか。人は知情意の精神作用に基づいて行動するといわれるが、情意的にはどうであろうか。

 もともと人は死すべきもの(モータル)と知的に理解しているが、臨終に際しては、親しい交わりにあるほど、知的理解を没却して情意がはたらく。動物は同種の死体をみても、物体(ゴミ)としか見ないといわれるが、人間界は人の老病死に互いに知情意をともにかたむけ、老病においては、特に近代に入って知的側面(医学上の施設や技術)が強く作用し、臨終に際しては、情意の作用が高揚し、死後の世界をも想念する。そして、そこに何らかの形で葬送や祭祀の儀礼が生まれる。これは人びとのもつ“文化”というべきものであろう。

 およそ、教理といわれるものは“かくある”姿(実存)をおさえ、“かくあるべき”姿(当為)を説くことである。

 永平高祖が、

 「ただ生死すなはち涅槃とこころえて、生死としていとふべきもなく、涅槃としてねがふべきもなし。このときはじめて生死をはなるる分あり」(『正法眼蔵』生死)

と説き、また、

 「しかあれば、我が身をしることも、我心をしることも、唯心にならひ、万法にならふべし。倉卒にすべからず、審細にすべし。これを、生死をこころにまかする様子、とは云なり」(『正法眼蔵』仏向上事)
 と述べているが、生死の巻では「心得る」こと、仏向上事の巻では、「ならう」ことが仏道修行の最大要件であると説いていることに注目すべきである。

 如上、永平高祖の説示に参じてみたが、脳死、すなわち死の時点についての教示は全く説かれていない。ゆえに、ここでは永平高祖の説く全機現としての生死をふまえ、人びとのもつ“文化”にもとづく知情意のはたらきにおいて、臨終期、さらに死後の世界まで想念する情意の作用が優先する限り、知的説明である脳死の判定をそのまま認めることは難しいことであると思料される。

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4、ドナーとレシピエントのあり方

 臓器移植には、臓器の提供者(ドナー)と臓器の受容者(レシピエント)の両者があって成立することは言うまでもない。そして、受授両者のうちドナーについては一律でなく、脳死の場合と生体間移植の場合に大別される。ここでは、そのいずれの場合をも含めて、ドナーとレシピエントのあり方について、医学や法律などの立場からではなく、仏教者という立場から記述したい。

 まず、臓器の提供や受容については、生命倫理の基本理念の上から論じられるべきであろう。ただその場合、いたずらに教条主義や観念論的な思考が先行するものであってはならない。なぜならば、臓器移植という行為そのものが、人間の生死に直結したきわめて重大かつ具体的な事実を問題としているからである。いかにすぐれた理念や論理であっても、現実問題になじまなければ、医学や法律などに対して説得力を欠くからである。

 ドナーとレシピエントのあり方については、基本的な方面で仏教界にも賛否両論がある。はじめに、こうした両論を要約してみよう。

(1)ドナーへの否定論理

 仏教では身心一如、生死不二を説くが、これはいわば身心一元論的な立場である。『正法眼蔵』生死の巻にも「この生死はすなわち仏の御いのちなり。これをいとい捨てんとすれば、すなわち仏の御いのちを失わんとするなり」と説かれるように、身体そのものが仏のいのちであるから、臓器といえども当然仏のいのちであり、単なる身体の一部分ではない。したがって、このいのちはけっしてこれを失ってはならないということになる。

(2)ドナーへの肯定論理

 まず、仏教の基本思想である五蘊仮和合という考え方から、身体そのものに対する無執着が説かれる。したがって、臓器にも執着することなく、もし欲する者があれば与えることもよしとする考えが出てくる。

 次に最も強調されているのが布施行である。多くの経典に説かれる捨身行は、その中でも最高の布施行とされる。

 ただし、真の布施は三輪清浄、つまり与える者、受ける者、施与物の三者ともに「空」で清らかでなければならぬ、とされている。施与者は自己の行為に陶酔したり、受者の喜びや感謝を期待してはならないし、受者もまた決して施与を期待してはならない。『正法眼蔵』菩提薩タ四摂法の巻に説かれているところの布施行も、こうした精神に則っている。

 また、布施行が成立するためには、あくまで仏教者であるという自覚が前提とされなければならない。もしこの点が曖昧にされるならば、布施行が一般社会に対していたずらに臓器提供を慫慂する理論として利用される危険性もある。

(3)レシピエントへの否定論理

 臓器を移植して延命する行為を、生へのことさらなる執着とみるならば、人生を苦と受け止めてすべての執着から離れることを目的とする仏教の教えと相反するという説が成り立つ。

 また、受容者は臓器の提供を期待するあまりに、ドナーの死を期待する願望が起こるとすれば、それは他人の不幸を願うという悪心であり仏教の精神に反するという考えがある。

(4)レシピエントへの肯定論理

 執着から離れてよりよい人生を送ることが仏教の目的であり、そのためにはいたずらに生存を忌避すべきでないから、その基本となる命が若くして失われるのを、可能な限りの手だてを尽くして防ぐことは当然と考えることができる。

 また、生存への欲求は、財産や地位や名誉に対する世俗的な執着とは基本的に異なるので肯定されるべきである、という考えもある。

 

 以上のように、ドナーとレシピエントの両者についての仏教理論は、賛否両論の立場が成り立つ。したがって、その論理は安易に臓器移植の論拠として利用されてはならない。

 しかし、臓器移植はすでに世界中で行われていて、理念だけでは通用しないことも事実である。

 いま、実際に臓器移植以外には死を免れず助かる道がない、という切迫した患者に対して、善意によるドナーがある場合は、仏教者といえども移植を否定することはできないのが現実というものであろう。

 ただしその場合、ドナーの側には家族の完全な理解と合意とが絶対に必要であり、医療側からドナーの家族への十分なケアがなされるべきである。また、レシピエント側に対しては、ドナーに対する悼みと感謝の念、そして受容した後の報恩的な生き方が当然問われなければならない。しかも、移植の希望が患者のみならず、多くはその近親者のエゴであることも考慮すれば、近親者たちをも含めた範囲にまでそれは広げられるべきであろう。

 こうしたドナーとレシピエント両者へのケアやアドバイスによって、ドナーの善意ははじめて質の高い慈善行為となりうるのであって、けっして高遠な理念が先行するのではない。たとえば角膜移植の場合を考えても、それは明らかであろう。その意味では、ドナーの素直な善意は、かりそめにも踏みにじられてはならないし、また、死が切迫しているという特殊な感情におかれているレシピエントの「生きたい」望みを無下に非難するのも、また仏教者のとるべき態度ではないであろう。

 つぎに、医療担当者に望むことは、臓器移植はたんに技術上の問題ではなく、人間が長いあいだにつちかってきた文化全般の問題であることへの認識である。臓器移植について、我が国では社会一般からの強いアレルギーがあるのは、日本人特有のこうした文化上の問題があるからであり、これは尊重されなければならない。それに加えて、医療の密室性や非公開性への不信感、また延命や科学技術の進展という美名のもとに移植が無軌道に推進され、さまざまな予期せぬ問題を引き起こす危険についての危惧は大きい。

 医療関係者は、こうした諸問題については医学会からの指摘さえあることに対して、謙虚に傾聴する姿勢を望みたい。要するに、臓器移植は人間が人間の生死問題を取り扱うのであるから、そこには職業をこえた人間としての倫理観を根底に置き、温かな人間的配慮を切望するものである。

 また、世間で問題とされる臓器の金銭による売買という問題は、仏教としては臓器が物質ではなく生命そのものであるという基本的認識、及び売買が人間の醜いエゴを助長させるという観点から、断固として斥けられなければならない。この問題は、授受者のみならず多くの関与者が介在するため、社会悪として法律的にも規制されていることは言うまでもない。

 最後に、仏教者自身がドナーやレシピエントになることの是非については、当事者があくまで宗教者としての主体的な問題であるから、安易に二者択一的な言及はできない。一つの参考例として、平成9年に臓器移植法が国会で可決された直後、京都教育大学の某教授と研究グループが各種関係職業者を対象として実施したアンケート調査の報告がある。それによれば、僧侶はおのれの臓器授受については、他の職業者に比較していちじるしく低率を示している。どのような理由から僧侶がこのような判断傾向を示したのかは一概には論じられないが、大変興味深い結果といえよう。

 いずれにせよ、仏教者としては常に社会の諸事象への正しい認識を抱くとともに、個々の自覚と理念の上に立って、生死の事態に直面してはあくまで主体的に態度を決すべきであろう。その意味では、この問題は日常におけるおのれ自身の生き方についての問題なのである。

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5、法制化の経緯と脳死・臓器移植の諸条件

 ここでは、脳死・臓器移植問題に関し、それが法制化された経緯と「臓器移植に関する法律」の骨子、特に脳死・臓器移植の諸条件について、その概要を明らかにしようとするものである。

(1)法制化の経緯

 1967年12月、南アフリカのバーナード博士が世界初の心臓移植を実施(18日後に死亡)し、その翌年の1968年8月、札幌医大の和田寿郎氏が日本初の心臓移植を実施(世界で30例目、83日目に死亡)したが、これが後に殺人容疑で告発され、最終的には不起訴処分となったことは、記憶に新たなことである。

 ところで臓器移植に関しては、既に1979年12月に、心臓死による個体からの角膜及び腎臓の摘出と移植を認めた「角膜及び腎臓の移植に関する法律」が成立して実施されている。(今回の「臓器移植に関する法律」の制定により廃止)しかし今回は、脳死の個体から臓器を摘出し移植するという新たな移植医療の方途が模索されたのである。

 そこでまず厚生省は、1983年4月、「脳死に関する研究班」(竹内一夫班長)を発足させ、1985年12月、この研究班が「脳死判定基準」(竹内基準)を公表し、1988年1月、日本医師会生命倫理懇談会が「脳死を人の死と認める」最終報告を発表して、脳死の問題が具体化していったのである。こうした前段階を経た後、政府はこの問題に本格的な取り組みを開始し、1990年2月、「臨時脳死及び臓器移植調査会」(脳死臨調、永井道雄会長)を発足させ、翌1991年6月、脳死臨調は多数意見として脳死を人の死と認める中間意見を発表したが、それを認めない梅原猛氏等の少数意見もあり、同年9月、日本弁護士連合会理事会(以下「日弁連」という)もそれに反対する意見書を発表している。

 しかし、1992年1月、脳死臨調は2年間の討議を経て、「脳死を人の死とすることについて概ね社会的に受容され合意されている」として、一定の条件下における脳死体からの臓器移植を認める趣旨の答申を政府に提出し、同月末、答申が国会に報告されるに及んで、この問題が国会の場に移されるに至った。

 国会では、この年(1992年)12月、脳死体からの臓器移植の立法化を検討するための超党派国会議員による「脳死及び臓器移植に関する各党協議会」(各党協議会)を発足させ、翌1993年12月、「脳死を人の死とする臓器移植法案の要綱案」を提出した。

 これに対して日弁連は、ただちにこれに反対する声明を発表している。

 しかし、1994年1月、各党協議会が合意し、同年4月「臓器の移植に関する法律案」が議員立法として国会に提出された。

 だが、実質審議がないまま時を経過し、1996年6月、先の法律案に対する修正案が衆議院厚生委員会に提出されたが、同年9月の解散にともなって自動的に廃案となった。

 その後、この年(1996年)12月、改めて旧法案とほぼ同じ内容の「臓器移植に関する法案」(中山案)が国会に提出され、臓器の提供は本人の生前意志がある場合に限るとし、家族の忖度は削除された。

 この法案は1997年3月から衆議院の本会議と厚生委員会で審議され、中山案に対しては、脳死を人の死とせずに臓器の摘出ができるようにする対案(金田案)が提出された。その結果、同年4月24日、衆議院本会議で中山案を三分の二の多数で可決し、金田案は否決された。

 そこで金田案をもとにした対案(猪熊案)が衆議院に提出され、同年5月、参議院の本会議と臓器の移植に関する特別委員会で、中山案と猪熊案の審議が開始された。

 同年6月16日、臓器提供時に限って脳死を人の死として判定する中山案を一部変更した修正案が特別委員会に提出され、同日可決し、翌6月17日、修正後の「臓器の移植に関する法律案」が参議院及び衆議院の各本会議で可決成立した。

 同年7月16日、「臓器の移植に関する法律」が平成9年法律第104号として公布され、3ヶ月後の同年10月16日に施行され、今日に至っているのである。以上が法制化の経緯の概要である。

(2)「臓器の移植に関する法律」の骨子、特に脳死・臓器移植の諸条件について 

   この法律は、全体で25条附則12条からなっており、その実際の運用に当たっては、この法律の「施行規則」(平成9年10月8日、厚生省令第78号)や「運用に関する指針(ガイドライン)」(平成9年10月8日、健医発第1329号)等の関連法規に準拠すべきことが定められている。以下の法律の骨子となっている部分について、順次その概要を述べることにしたい。

 まず第1条の「目的」には、この法律を設けた目的として、

①臓器の移植についての基本的理念を定めること、

②臓器の機能に障害がある者(レシピエント)に対し、臓器の機能の回復又は付与を目的として行われる臓器の移植術に使用されるための臓器を死体(ドナー)から摘出すること、

③臓器売買等を禁止すること

等につき必要な事項を規定することにより、移植医療の適正な実施に資することを挙げている。

 続く第2条の「基本的理念」では、前条の①の基本的理念について以下の4項を立てて具体的に示している。

 すなわち

 第1項では、死亡した者が生存中にドナーとなることの意志(書面による表示を第6条第1項に規定)を尊重すべきこと。

 第2項では、その意志表示が任意であるべきこと。

 第3項では、ドナーの臓器の移植がレシピエントに適切に行われるべきこと。

 第4項では、レシピエントに係る移植を受ける機会が公平に与えられるべきことが規定されている。

 次に第4条には、「医師の責務」として、移植術を受けるレシピエントまたはその家族に対して必要な説明をして理解を得べきこと(インフォームド・コンセント)が示され、第5条には、臓器の「定義」として、「人の心臓、肺、肝臓、腎臓、その他厚生省令の定める内臓(実際には膵臓と小腸を指す)及び眼球」をいうことを明らかにしている。

 さて最も重要なのが、先の目的の②とされた第6条の「臓器の摘出」についての規定であり、以下の6項からなっている。

 第1項では、移植術のための臓器摘出ができるのは、ドナーが生前中に書面により意志表示をし、その告知を受けた遺族が当該臓器の摘出を拒まないとき、または遺族がいないときとされ、

第2項では、「脳死」の定義が示され、「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至った身体」をいうとする。  この脳死の判定に関しては、後に「省令」の該当個所に触れるので、今はそれに譲りたい。

 第3項では、この脳死の判定に従う意志を第1項と同様に生前中に書面により表示していること、しかもその旨の告知を受けたその者の家族が脳死の判定を拒まないとき、または家族がいないときとされるからして、「脳死による臓器移植」が可能になるためには、ドナーが自らの臓器の提供の意志とともに、脳死の判定にもしたがうことを生前に書面にしておかねばならないし、しかもそれぞれに家族の同意が必要という制限が設けられているのである。

 第4項では、脳死判定にかかわる二人以上の医師が、臓器の摘出にも移植にも関わらない医師であって、医学的知見に基づき厚生省令で定めるところによって行う判断(脳死判定)の一致を必要とすることを定め、

第5項では、その判定が的確に行われたことを証する書面の作成が必要なこと、

第6項では、摘出に係わる医師があらかじめ前項の書面の交付を受けなければならないことが規定されている。

 第10条の「記録の作成、保存及び閲覧」では、医師による脳死の判定、臓器の摘出、その臓器による移植術等が適正に行われるために、その記録を作成し、5年間保存し、臓器を提供した遺族等の請求があった場合に閲覧に供すべきことを規定している。

 第11条の「臓器売買等の禁止」は、先の「目的」の③に掲げられた重要事項であり、臓器を提供する、または提供を受ける、あるいはそのあっせんをすることの対価として財産上の利益供与ないしはその要求、または約束をすることを堅く禁じている。

 そしてこれに違反した者に対しては、最後の第20条から第25条の6条にわたって「罰則」が定められる内の最初の第20条に、最も重い罰則として5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金に処し、又はこれを併科することが規定されている。

 第12条から第17条にいたる6条には、臓器移植を適正に実施していくために必要な臓器のあっせんに関わる業務を行う者(コーディネーター)に関する規定がある。

 第19条では、この法律の施行規則を厚生省令で定めることを明らかにし、実際には全体で16条附則6条からなる「臓器の移植に関する法律施行規則」(平成9年10月8日、厚生省令第78号)が発令、実施されている。

 特に「脳死」の判定に関わる省令の第2条第1項では、この判定を行う条件として、「脳の器質的な障害による深昏睡及び自発呼吸を消失した状態と認められ、かつ器質的脳障害の原因となる疾患(原疾患)が確実に診断されていて、その原疾患に対して行い得るすべての適切な治療を行った場合であっても、回復の可能性がないと認められる者について行うものとする」と規定している。

 続く第2項では、「次の各号に掲げる状態が確認され、かつ当該確認の時点から少なくとも6時間を経過した後に、それが再び確認されることをもって行う」とした上で、その確認すべき具体的状態を、

 1.深昏睡、  2.瞳孔が固定し、瞳孔径が左右とも4ミリメートル以上であること、  3.脳幹反射の消失、  4.平坦脳波、  5.自発呼吸の消失、
の5号とし、最後の第5号はそれに先立つ第1号から第4号の確認後に行うべきことが規定されている。

 以上、「臓器の移植に関する法律」に関し、その骨子となっている部分、特に脳死・臓器移植の条件についてその概要を述べたが、人間の生命や生死という個人の尊厳にかかわる問題を、法律で規定すること自体の是非をはじめとして、この法律の実際の運用面についてもさまざまな問題点の存在が指摘されており、本法律の制定そのものに反対する意見が少なからず存在することも事実である。

 本法律の附則第2条第1項に、「法律の施行後3年を目途として、この法律の施行の状況を勘案し、その全般について検討が加えられ、その結果に基づいて必要な措置が構ぜられるべきものとする」とあるのは、本法律の施行の状況によっては、更なる検討と必要な措置が構ぜられる余地を残したものであるが、たとえばドナーの不足のごとき状況に際して、現行法に規定された厳格な諸条件を安易に緩和し、なしくずし的に歯止めを取り去るような危険性がないとも限らない。

 したがって、今後とも、この法律の運用に対しては、あくまで慎重な対応を強く要請すると共に、我われとしても、それに厳正な検証を重ねていくことが、是非とも必要となるのである。

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「脳死・臓器移植」研究班(*は執筆者)

*田中良昭  主任研究員(班長) 駒澤大学教授
櫻井秀雄  所長 駒澤大学名誉教授
*松田文雄  副所長 駒澤大学総長
奈良康明  常任研究員 駒澤大学教授
*椎名宏雄  常任研究員   駒澤大学講師
*永井政之  常任研究員 駒澤大学教授
尾崎正善  委託研究員 鶴見大学講師
星 俊道  委託研究員 宗学研究所所員
*竹内弘道  幹事 駒澤女子短期大学講師

                                                       
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付録(2) 参考文献一覧

《主要参考文献》

*森岡正博『生命観を問いなおす ─エコロジーから脳死まで』(筑摩新書、1994年)

生命倫理と環境倫理という、従来別個に扱われてきた領域を同時に考え、生命と自然をめぐる種々の問題を、文明の問題として捉える。そして、この現代文明の危機的問題は、その背後に潜む我々自身の生命の欲望からわき上がったものであり、その危機の本質を探るための「生命の学問」の必要性を説く。第六章「反脳死論を解読する」では、梅原猛「脳死・ソクラテスの徒は反対する」の論理的欠陥を指摘し、安易な「菩薩行」論へ警鐘を鳴らす。

*養老孟司・森岡正博『対話 生命・科学・未来』(ジャストシステム、1995年)

現在の医療科学、倫理・思想等が抱える、生命をめぐる複雑なる種々の問題とその展望を、深くかつ読みやすくまとめた対談集。脳死の人はモノではなく、人の死が何であるかを科学的に決定することは原理的に不可能であり、それを決めるのは宗教、習俗・習慣、法、政治であると明言する。

*立花 隆『脳死臨調批判』(中央公論社、1994年)

『脳死』(1988年)、『脳死再論』(1991年)に続く、立花氏による脳死問題三部作の完結編。脳死臨調の答申は破綻しているとして徹底的な批判を加え、その非論理性・非科学性を明らかにする。

*梅原 猛「脳死・ソクラテスの徒は反対する」(『文藝春秋』12月号、1990年。同氏編『「脳死」と臓器移植』、朝日新聞社、1992年に再録)

客観的真理の追求と論理的一貫性の主張というソクラテスの原則にしたがって脳死問題を検証し、脳死は死であるという論理的根拠がまったく乏しいゆえに、脳死は死ではないという立場を示す一方、臓器移植は菩薩行として肯定すべきとも明言する。

《参考文献》

【脳死・臓器移植問題について】(刊行年次順)

*竹内一夫『脳死とは何か』(講談社ブルーバックス、1987年)

厚生省基準、いわゆる竹内基準の立案者本人による脳死解説書。

*波平恵美子「新たな精神文化創造のために ─文化人類学の立場から」(三輪和雄編『脳死 ─死の概念は変わるか』、東京書籍、1987年)

脳死・臓器移植の問題への直面は、サナトロジーが未発達である日本人にとって、死を論理的な問題として考えるチャンスであるとし、そのチャンスを生かし得れば、臓器移植のスムーズな定着やサナトロジーの発達という医療の上での利点のみならず、日本の新たな精神文化を成立させるきっかけになるであろうと推察する。

*立花 隆『脳死』(中央公論社、1988年)

日本脳波学会の脳死判定基準、厚生省研究班の問題を解き明かし、脳幹死の考え方にも厳しく追及する。脳死をもって個体死とすることは概念的には問題なしとするが、何をもって脳死とするのかという定義と、その定義通りの状態か否かを確認する判定基準を問題視し、脳死判定を患者の予後の判断のためでなく、臓器移植を目的として行うというのであれば、真の脳死が確認できるような判定基準を作り直すべきと提言する。

*立花 隆『脳死再論』(中央公論社、1991年)

『脳死』刊行後繰り広げられた種々の議論を取り上げ、死の定義の問題・判定基準の問題・脳死者の扱いに関する問題、という『脳死』で立てた三つの主要論点をさらに検討し詳説し、日本医師会の生命倫理懇談会、厚生省研究班に厳しい批判を浴びせる。

*南無の会編『脳死は人の死か』(水書房、1997年)

脳死・臓器移植の問題が問いかける生命倫理的課題について、永六輔氏・無着成恭氏の対談のほか、三十人の執筆者が仏教・神道・キリスト教それぞれの教えにそいながら、その考えと立場を示す。積極的あるいは消極的な賛否両論が混在しており、宗教的な生命倫理観における種々の葛藤と、現状においてコモンセンスを得ることの困難さを再確認させられる。

*脳死・臓器移植を考える委員会編『愛ですか?臓器移植 ─議員と市民の勉強会報告集』(社会評論社、1997年)

脳死とは何か、臓器移植のどこが問題であり本当に必要なのか、ドナーおよびレシピエントの人権はどのように扱われるのか、という脳死・臓器移植問題の根本をテーマに、脳死・臓器移植への反対理由とその取るべき姿勢をつづる。

*中山研一・福間誠之編『臓器移植法ハンドブック』(日本評論社、1998年)

新臓器移植法の逐条解説を行い、その施行規則やガイドラインについての客観的な解説を加える。また、臓器移植法に関する省令・政令・通知等をまとめて掲載し、参照に有用である。

*鈴木盛一『生命から生命へ「臓器移植」』(海竜社、1998年)

移植医としての立場から、脳死判定を肯定し移植を推進すべき倫理性を明かす。日本の宗教家から出される、脳死と移植の問題への意見は、感情論的な個人的見解の域を出ていないと難じ、その宗教の教義において反対する根拠を明らかにすべきであり、いかに生き・死ぬべきかについての宗教的な倫理観を提示すべきという願いを述べる。

【道元禅師・曹洞宗義における生死観・生命観について】(著者50音順)

*笠井 貞「生命倫理と仏教」(『教化研修』第34号、1991年)

道元禅師の説示には、臓器移植・生命倫理に関する高次の教えが含まれているとし、捨身行などの菩薩の慈悲行という見地からすれば、臓器提供は望ましいものとする。

*河村孝道「『正法眼蔵』に於ける生死観の種々相」(『日本仏教学会年報』第46号、1980年)

「生死」を「仏の御いのち」として把捉するがゆえに、生死のあり方は単なる個人の生死の場を越えて、万人の同悲行へと連関して説かれているところに『正法眼蔵』における生死観の帰趨があるとする。

*神戸信寅「『正法眼蔵』「全機」の生死について」(『日本仏教学会年報』第46号、1980年)

「全機」の巻に説かれる生死の問題を手掛かりに、生死はそれぞれ全機現としてその外に探し当てるべきはなく、また生死の働きそのものは生死として別々の働きがあるわけでないとする。

*高崎直道「生死はほとけの御いのち ─道元に学ぶ生死観」(『季刊 仏教』第27号(特集生死の学)、1994年)

『正法眼蔵』における生死に関する道元禅師の言及箇所を現代語訳化し、生死を厭わず涅槃を願わず身心を放下していまの生を生きよ、という禅師の教えを明かす。

*富山はつ江「道元禅における生死観」(『印度学仏教学研究』第23巻第1号(通巻第45号)、1974年)

道元禅師は、我々が断常の二見に堕することを警告し、ひたすら不生の生に生き、慈悲心・孝順心を培うことを強調しているとし、慈悲心とは仏種増長の願の発露であり孝順心とは仏の慧命を相続したい願いとする。

*藤井昭雄「正法眼蔵における生死について」(『宗学研究』第18号、1976年)

『正法眼蔵』における生死は、無余涅槃の語で表現される、人間の生・死の根本的解決からさらに世界観・宇宙観に至る高次点まで止揚されるものと指摘する。

*松本晧一「禅者の生死観 ─道元における生死の問題」(『道元思想大系』第12巻(思想篇第6巻)、同朋舎、1995年)

禅は本来直接体験主義こそ生命であるという立場から、禅者、特に道元禅師の生死観について論じ、生物学的生命を越えたところの生命の把握、即ち仏の御いのちとしての生死の自覚、という道元禅師の実践的立場と思想を明らかにする。

【仏教の立場と生命倫理・脳死問題について】(著者50音順)

*加藤周一「脳死および死生観」(神戸生命倫理研究会編『脳死と臓器移植を考える ─新たな生と死の考察』、メディカ出版、1989年)

死生観とその歴史を俯瞰し、禅宗は生と死の区別を二次的なものとして斥け、生死を同時に超越するという高度に知的な思考で死の問題へ対応していると指摘する。また脳死の認識論的問題、倫理的問題を検討し、議論を公開する原則の必要性を説く。

*川田洋一『脳死問題と仏教思想』(第三文明社レグルス文庫、1996年)

現代医療が提示する極めて倫理的な課題に、仏教の死生観はどのような倫理的対応をなし得るか、また、仏教の死生観・生命観と現代科学文明の象徴たる「脳死問題」はいかに対話し得るかをテーマとして説かれる。脳死問題がはらむ文明論的意義に着目し、死を拒否する文明から、生死をともに直視し享受する文明への転換の促しと捉える。

*波平恵美子「死・死穢・はらい ─日本における死の処方箋」(『季刊 仏教』第6号(特集死を見つめる)、1989年)

死の判定を最優先し、その確認と事実を遺族が受容するという手順が日本人固有の死への感情にそぐわず、それが脳死をめぐる議論が日本でなかなか結論し得ない理由とする。

*奈良康明「「仏教では」から「私は」へ」(『月刊 住職』5月号〈特集 脳死問題に仏教はどう答えるか〉、1991年)

脳死・臓器移植という問題について、賛否両論の答えが仏教の教理・世界観からは可能であり、第三者的な形での是非の答えは意味を持たず、「仏教では」から主語を第一人称に移して、それぞれの状況と仏教徒としての自覚の上に「私は」という形でしか語れないとする。

*東本願寺編『脳死が問いかけるもの』(真宗大谷派宗務所出版部、1991年)

脳死という問題は、単に脳死が人間の死か否かという議論で決着するものではなく、そこには解決すべき種々相が存在し、人間としての死生観を問いただすものであることを、宗教者・医師等の立場を超えて論じたブックレット。

*藤井正雄「脳死と臓器移植 ─生活仏教の立場から」(梅原 猛編『「脳死」と臓器移植』、朝日新聞社、1992年)

仏教を受容した側の生活に根付いた「生活仏教」という視点から脳死問題を論じ、菩薩行および無執着が臓器提供を行う仏教論理になるとしつつも、他人の臓器を受け取ってまで延命をはかる仏教論理は見いだし難いとする。

*保阪正康『臓器移植と日本人』(朝日ソノラマ、1992年)

臓器移植という大きなテーマに対峙し、日本人の宗教観およびそれに基づく死生観が問われる現在において、日本の宗教や民族はそれをどのような関わりで捉えようとしているのかを、主に宗教家や人類学者等の意見をもとに具体的にレポートした第二章「死とは何か ─仏教家と臓器移植」は示唆に富む。脳死や臓器移植という近代医療技術の革命的事態に、宗教が何らの役割も果たすことができない苛立ちを抱いていると指摘する。

*宮崎英行「仏教における人間の研究 ─生命について」(『教化研修』第30号、1987年)

生命の真実についての表現の具体化を図り、法の裏付けによっていかに説示すべきか考察を行う。そして、生死苦から解脱を説く仏教教化において、人間の死は、我見・我執の限界を越え「生死」に目覚めさせるものとして位置づけるべきとする。

*山折哲雄「生と死の深み ─宗教学の立場から」(三輪和雄編『脳死 ─死の概念は変わるか』、東京書籍、1987年)

日本人の霊魂観を重視し、死を極小化したり点に還元しようとするような死の定義には慎重であるべきとし、また、近代科学・医学の論理は一直線に欲望充足の方向に向かうもので、そこに倫理の問題は乏しく、それゆえに宗教・倫理の立場から別個の原理を提出すべきとする。

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あとがき

 本答申が内局に提出された平成10年12月末の時点では、臓器移植法が施行されてから1年2ヶ月を経て、まだ一件も脳死からの臓器移植は行われていなかった。

 しかし、それから2ヶ月後の2月25日、高知県内の44歳の女性が脳死状態と診断され、脳死後の臓器提供の意思を示す意思表示カード(ドナーカード)を持っていたうえ、家族の承諾も得られたことから、日本初の「脳死移植」が実施されることとなった。

 脳死判定は一回目で基準を満たさず、28日の二回目の判定で「法的」に脳死と判定され、臓器が摘出された。

 摘出された心臓・肝臓・腎臓(2つ)は高知赤十字病院から、それぞれ大阪大学・信州大学・東北大学・国立長崎中央病院に運ばれ移植手術が行われた。

 その間、加熱した報道によって、提供者の家族が精神的苦痛を受ける事態が生じ、情報公開をもとめる報道と当事者のプライバシーの保護の両立が問題となった。

 マスメディアの反応は、こぞって医療の新時代の到来を告げる報道一色であった。しかし、「ただいま心臓がでてきました」と実況中継される状況に、違和感をぬぐえない感情のあることを指摘している記事もあった(朝日新聞3月1日夕刊「素粒子」)。

 あるテレビ番組では、移植医療の先進国であるアメリカの実態が採り上げられていた。アメリカでは、「死体」から取り出された血管・皮膚・軟骨・アキレス腱など、人体のあらゆる部分が「再利用」され、医療現場で流通しているという。

 今回の「脳死移植」も移植医療の一形態であることに変わりはない。この延長上にどのような現実が待ち受けるのか。新聞に大見出しが踊る時こそ、冷静に物事を本質から考えなおすことが求められる。

平成11年3月10日

             曹洞宗現代教学研究センター

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