二祖峨山韶碩禅師大遠忌 北信越管区予修法要が執り行われました


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総門

6月19日(木)、大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回大遠忌北信越管区予修法要が、大本山總持寺祖院(石川県輪島市)にて厳修されました。会場となった大本山總持寺祖院は、真言宗の諸嶽寺(もろおかでら)を、元享元(1321)年に瑩山禅師が定賢律師から譲り受け、諸嶽山(しょがくさん)總持寺として開創した寺院です。江戸時代には加賀藩主前田家の外護を得て、永平寺と並ぶ曹洞宗の修行道場として、北陸地方を中心にその名声は広く知れ渡り、全国から修行者が集まる寺院となりました。

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大祖堂

最盛期には敷地約5万坪、堂宇80余、塔頭22か寺を有した總持寺ですが、明治31(1898)年4月13日に発生した大火の災禍により、七堂伽藍の大部分を焼失し、これを機に神奈川県横浜市鶴見に移転しました。移転後、しばらくは「總持寺別院」という呼称でしたが、昭和44年には「總持寺祖院」と称されるようになりました。現在でも約2万坪を誇る広大な境内には、当時の焼失を免れた伝燈院、慈雲閣、経蔵などのほか、時世の寄進者によって再建された大祖堂や山門の諸堂が、かつての曹洞宗大本山としての荘厳さと風格を備え、当時の面影を偲ばせます。

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「峨山道」の石標

また、正中元(1324)年に瑩山禅師より總持寺を譲り受けた峨山禅師は、暦応3(1340)年からは永光寺(石川県羽咋市)の住職も兼ねるようになりました。そのため峨山禅師は、毎日未明に永光寺の朝課を済ますと、13里(約52km)の険峻な山道を駆けて總持寺に向かい、朝課を勤めたという伝説があります。この往来した道が「峨山道」と呼ばれ、峨山禅師の精力的な活動を象徴しています。總持寺の朝課では、「大悲心陀羅尼」というお経を「ナァ~ ムゥ~ カァ~ ラァ~」と一音一音長く引いて読む「真読」という読経法がありますが、峨山禅師が永光寺からの到着を待つために始められたといわれています。今日でも横浜市鶴見の大本山總持寺や、ここ祖院でもこのことを尊び、「大悲真読」が毎朝読誦されています。

峨山禅師は貞治5(1366)年に入寂するまで、両寺を往還しながら全国に教線を拡大され、「二十五哲」に代表される秀逸な弟子たちの育成や、住職が短期間に交替し、寺院の発展・護持に務める「輪住制」の確立など、寺院の護持・発展に尽力されました。

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法要中の江川禅師

午後1時30分、定刻通りに打ち出された鐘の音が、予修法要が始まりを告げました。大本山總持寺貫首 江川辰三禅師を導師として、法要は「伝供十八拝」の差定に則って執り行われました。曹洞宗で最も丁寧で格調高い法要に相応しく、厳かに進行していく法要を、大祖堂に集った300人を超える参加者たちは静かに見守っていました。江川禅師の御垂示に引き続き、大本山總持寺監院・大遠忌局総監 乙川暎元老師は、本日の法要を無事に務めることができたことへの御礼を述べられ、「明年の大遠忌に向けて、また将来にわたって、峨山禅師の慈しみ深い禅の家風を今後とも相承し、伝えていける教団にしていく事が私たちの使命ではないか」と本法要への意気込みを話されました。

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大本山總持寺祖院  監院 今村源宗老師

休憩後、予修法要と同じ会場で行われた北信越地区 管区集会では、北信越管区長である、伍香修道富山県宗務所長の開会の辞に引き続き、大本山總持寺祖院監院 今村源宗老師をはじめ、諸師方から挨拶がありました。今村老師は今回の予修法要を終えて、「瑩山禅師と峨山禅師のお墓を護持している身としましては、たくさんの宗門の関係者、檀信徒の方がたに足を運んで、お参りしていただきましたことを、この上なく尊いことと思っています」と話され、また『能登はやさしや 土までも』という能登の労作歌の一節を紹介し、「700年近い總持寺の歴史が、この地にもたらした禅の心によって、この地の土までもやさしいものに醸し出してくれたのではないかと思っている」と述べられました。その後、出席者からの意見や要望に対して佐々木孝一宗務総長が応え、坂野浩道総務部長の閉会の挨拶により、一連の行事は無事円成しました。

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放光堂

なお、予修法要に先立つ6月4日、總持寺祖院では、大本山總持寺祖院震災復興 第1期事業の要であった総欅造りの大祖堂(本堂・国登録有形文化財)の修復工事が完了し、落慶法要が営まれました。平成19年3月25日に発生した能登半島地震により、輪島市では震度6度強を観測し、宗門寺院は大きな損害を被り、特に總持寺祖院では、山門や諸堂を中心に約30棟が甚大な被害を受けました。法要当日は大本山總持寺貫首 江川辰三禅師ご親修のもと、全国から宗侶と檀信徒総勢約200人が参集し、大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回大遠忌の報恩大授戒会も併催され、約150人の戒弟が江川禅師より戒を授かりました。今後も第2期震災復興事業として、平成32年度を目途に山門や仏殿、放光堂などの修復作業を予定しています。

現在の山門から約200m離れた總持寺総門跡地あたりにある「すじかい橋」は、「門前とどろ節」に登場します。かつて總持寺の住職が輪番制だったころ、任期を終えた住職が交代する歓送迎会で、唄われたのが「門前とどろ節」です。その歌詞の一節に「能登の總持寺 すじかい橋を 死なぬ一期に 渡りたや」とあり、死ぬ前に、一度は能登の總持寺をお参りしたいという心情を表しています。来年10月7日から20日には、大本山總持寺で大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回大遠忌の法要をお迎えします。かつてお参りしていただいた方も、是非この機会に總持寺祖院にもお越しいただき、瑩山・峨山両禅師の祖風を肌で感じていただけたらと存じます。