二祖峨山韶碩禅師大遠忌 東北管区予修法要が執り行われました


20140808_17月10日(木)、大本山總持寺二祖峨山韶碩禅師650回大遠忌東北管区予修法要が、日本三景の一つに数えられる松島を眺望できる高台に建つ、海と緑に囲まれたホテル松島大観荘(宮城県宮城郡松島町)にて厳修されました。

東北地方における曹洞宗の拡がりは、東北地方初の曹洞宗寺院として、峨山禅師の弟子である無底良韶(むていりょうしょう)禅師が、貞和4(1348)年に開いた正法寺(岩手県奥州市)を拠点としています。開創後、僅か2年で大本山永平寺・大本山總持寺に次ぐ、「奥羽二州(陸奥・出羽)における曹洞宗第三の本山」と称され、全盛期には末寺500寺余とも1200寺とも伝えられています。その格式は、残念ながら江戸時代初期の幕府の政策によって失われましたが、現在でも大本山總持寺の筆頭末寺として、直末寺院70余か寺を擁する寺院です。

20140808_2台風8号の接近に伴い、予修法要の開催が危ぶまれましたが、今回の導師を務められる大本山總持寺貫首 江川辰三禅師も雨の中、無事会場に到着され、法要の開始30分前には、400名余の参加者が会場に集まり、法要の開始を待つばかりでした。東北管区の予修法要も他の管区と同様に、「伝供十八拝」の差定に則って、慇懃に執り行われました。字の如く「導師が六種の供物をお伝えし、その都度三回の礼拝(五体投地)を繰り返し、合計十八回のお拝をする」法要で、本宗で最も丁寧で格調高い法要といわれています。地元青年会を中心とし、準備万端に整えられた法要は滞りなく進行し、無事円成しました。

20140808_4法要後、江川禅師は「歴代祖師方から脈々と受け継がれてきたみ教えを、私たちは身心を挙して、一体どのようにして未来に相承していくのか、今一度自ら深く問い直し、考えていただきたい」と、会場の参加者にお話しされました。

20140808_5引き続き、大本山總持寺監院・大遠忌局総監 乙川暎元老師が挨拶として、この度の予修法要が無事終了したことのお礼を述べられた後、峨山禅師が大本山總持寺(石川県輪島市)の住持職を42年間務めながら、永光寺(石川県羽咋市)の住職も兼務されていたとき、五老峰(天童如浄禅師《道元禅師の師匠》、道元禅師、懐奘禅師、義介禅師、瑩山禅師の遺品が埋められている)を訪ねることで、祖風を学び、古風に慕い、その教えを後世に伝えようとしていたため、13里(約52km)離れた両寺を足繁く往復していた、という故実を語り、その峨山禅師のお姿を尊く思い、今回の大遠忌の主題を「相承」とした経緯を話されました。

20040808_6清興として、鶴田流琵琶奏者の熊田かほりさん(宮城県栗原市出身)による琵琶演奏が行われました。鶴田流とは、近代琵琶から分派した薩摩琵琶を基盤に置いています。熊田さんは、早稲田大学在学中に琵琶と接点を持ち、鶴田流琵琶奏者の田中之雄氏に師事し、研鑽を積み、2009年には最年少で第46回日本琵琶楽コンクールの第1位を獲得。また2011年には琵琶楽の新境地を開拓する者として、「高円宮殿下記念地域伝統芸能奨励賞」を受賞。現在では郷里の東北地方と関東地方を中心として、全国的に活躍されています。

演目は、『平家物語』の冒頭で知られる「祇園精舎」、源平合戦における屋島の戦いでの一場面で、扇の的の逸話を題材にした「那須与一」、天下統一を目前にした織田信長が、かねてからの重臣だった明智光秀の奇襲により、京都の本能寺にてその生涯を閉じた「本能寺」、長期にわたる源平合戦の終焉の舞台となる「壇ノ浦」、最後は、歌舞伎の勧進帳としても知られる<如意の渡し>における一場面を描いた「安宅(あたか)」の5曲でした。

声楽としての「語り」、器楽としての「弾法」、語られる文芸としての「詞章」という三つの要素が絶妙に兼ね合い、繰り出される音色を、参加者一同は堪能していました。約1時間に及ぶ演奏でしたが、曲間の熊田さんによる琵琶の解説が、普段馴染みが薄い琵琶との距離を縮めていました。

予修法要の開催は、国内9管区・4国際布教総監部の内、残すところ国内は中国管区、海外はハワイ国際布教総監部となりました。国内に留まらず、海外にも展開している曹洞宗の教え。来年は国内外に「開かれた禅苑」である大本山總持寺を舞台に、本法要(10月7日から20日まで)が執り行われます。是非この機会に併せ、ご参詣くださいますよう、ご案内いたします。