「法話の会」が開催されました


10月26日、東京グランドホテル(曹洞宗檀信徒会館)において、布教師養成所研修課程所員による「法話の会」が開催されました。

「法話の会」は、本宗の布教師を養成するために年3回開かれる布教師養成所の研修の一環として、研修課程所員が準備段階から携わり企画したものです。今回は研修課程所員6名の中から代表して2名が法話をされました。一般の方約30名が参加し、熱心に耳を傾けていました。

「法話の会」開始前には、参加者が布教師と直接相談できるブースを設置し、お茶とお菓子でもてなしました。

始めに「いす坐禅」をして心を整えた後、山形県蔵髙院住職の三浦信高師が「叱る、だけど怒らない」、山口県大泉寺住職の横山宗賢師が「ヒロが教えてくれたこと」という演題で法話をされました。

三浦信高師

三浦師は、冒頭、道元禅師の「弟子の非をただしいさめんとて呵責の言葉を用フべからず」というお示しを紹介し、「叱る」と「怒る」の違いについて触れました。「怒る」は自己中心の考えに由来していることに対して、「叱る」は相手を想う心からの言葉であり、相手に対して比重が置かれることで意味が異なると話されました。
師は、中学生時代の部活動の経験から、厳しくも生徒と真摯に相対した指導者との出逢いの中で、自分自身の怪我や失敗を克服できた経験を話されました。その経験をふまえ、道元禅師の「自らを戒めることは、相手も自分も共に安らぐ生き方である」という教えを示し、言葉や行いひとつの大切さを話されました。
叱る・叱られることは、相手も自分も互いに調えていく仏の叱り方だと説き、相手が心痛む言葉を用いることなく、どんな人に対しても教え導く大切さを話されました。

 

横山宗賢師

次に法話をされました横山師は、道元禅師の弟子である孤雲懐奘禅師が、道元禅師のお言葉を聞き丁寧に書きまとめた『正法眼蔵随聞記』の一節、「無常は迅速であり、生死を明らかにする大事である。くれぐれもこの道理を忘れてはならない」に触れ、今のひと時をどのようにかみしめて生きていけばよいのかということを話されました。ご自身が日頃からお付き合いをされているご夫婦との体験談を交え、「無常」について話されました。10年前にご子息をなくされたそのご夫婦が、人との関わりを大事にしていたご子息の願いを胸に、サロンを営みながら出遭う人との縁を大事にされている様子を話されました。その生き方に触れるにつれ、師自身が「無常」というものを頭で理解したつもりであっても、自分に身を置き換え、考えていなかったことを自省をし、悲しみを優しさに転じ、人々に幸せを与えていくことの大切さを話されました。

次回の「法話の会」開催日は、予定が決まり次第お知らせいたします。