南アメリカ国際布教総監部・両大本山南米別院佛心寺 創立50周年記念慶讃法会行事報告


 

 平成21年11月13日から15日までの3日間にわたり、ブラジル共和国サンパウロ州にある両大本山南米別院佛心寺に於いて、南アメリカ国際布教総監部・両大本山南米別院佛心寺創立50周年記念慶讃法会が厳修された。
 日本からは管長御代理として渕英德宗務総長、宮下陽祐教化部長他、佛心寺開山髙階瓏仙禅師法孫御一同さまはじめ多数の随喜御寺院さま、檀信徒が来伯され、日本国以外からも欧米諸国より来伯があり、当地南米各国からも僧侶と檀信徒が多数参集した。

 

 曹洞宗のブラジルにおける布教は、昭和27年(1952年)、移民していた信者より、曹洞宗への正式な宗門開教を願う要望書の提出により、時の管長である髙階瓏仙禅師が渡伯の意を持たれ、昭和30年(1955年)にブラジル各地をご巡錫された。同年モジダスクルーゼス市に禅源寺を建立、翌1956年に新宮良範初代総監が着任され、1959年、サンパウロ市に佛心寺が建立(1965年現在地に移転)、同時に総監部が設置された。
 髙階瓏仙禅師は、1回目のご巡錫から10年後の昭和40年(1965年)に再度来伯し、本堂建設の定礎式を挙行された。初代総監の時代より、本堂及び坐禅堂の建立は夢であった。本堂建設はその後、初代新宮総監、第二代青木俊亨総監の時代を経て、第三代森山大行総監時代の平成7年(1995年)に現在の本堂が落慶された。続く第四代三好晃一総監の時代を経て、現在の采川道昭総監の代において歴代総監の悲願であった坐禅堂が大鑑閣内に建立されたのである。
 大鑑閣は、今回の記念行事の一貫として、両大本山をはじめとする、日本全国の御寺院さま、日本国内外の檀信徒皆さま、宗務庁よりの多大なる浄財により建設された。概要は地下に駐車場、その奥に開山塔、初代総監塔、歴住塔、亡僧塔が建立されており、1階は多目的ホール、2階は開山堂、坐禅堂、位牌堂、茶室が設置され、3階は宿泊所となっている。今まで佛心寺において摂心等の研修会を行う際、宿泊施設がなかったため、南米各地の遠くから来る参禅者は、佛心寺近くのホテルに宿泊して寺に通っていたが、大鑑閣が完成したことにより宿泊施設が完備され、参禅者も安心して修行が出来るようになった。
 今回の記念式典は、13日に大鑑閣テープカット、開山像開眼供養、慶祝転読大般若祈祷、14日に開山塔開眼供養、開山歴住諷経、大権修理菩薩・達磨祖師像開眼供養、万灯供養、15日に南米開教物故者諷経、50周年慶讃法要、檀信徒総回向と、3日間におよぶ法要が厳粛に執り行われた。
 

 

 13日の午前10時、渕宗務総長三三拝の後、大鑑閣の額除幕式およびテープカットが催された。額の除幕では両国国歌斉唱の後、渕英德宗務総長と宮下陽祐教化部長が両側より紐を引き、曹洞宗管長である福山諦法禅師に揮毫いただいた「大鑑閣」という文字が現れ、列席者から盛大な拍手が起こった。引き続いて渕宗務総長、宮下教化部長、髙階禅師法孫他、サンパウロ市長等、総勢9人が一列に並び、太鼓の大雷にあわせて一斉にテープカットを行い、采川総監が大鑑閣の中を法要参加者に案内した。午前11時からは髙階禅師法孫の松井道孝老師が開山堂開眼供養の導師を務め、引き続き本堂において、慶祝転読大般若祈祷を采川総監導師のもと、大鑑閣落慶ならびに檀信徒の法身堅固が祈願された。

額除幕式

完成した「大鑑閣」テープカット
 午後からは場所を大鑑閣1階に移し、歓迎昼餐会が催された。始めに佛心寺コーラス部が曹洞宗宗歌を披露、建設委員長である伊藤パウロ勉氏が来伯された方々に歓迎の挨拶を述べられた。渕宗務総長はご挨拶の中で、「植えてみて、花の育たぬ里はなし」と詠まれ、先人の労苦を称えられた。続いて佛心寺半世紀の歴史を撮影したスライド写真が上映された。見ている檀信徒からは開創当時の昔を懐かしむ声が多く聞こえられた。最後に采川総監より御礼の挨拶が述べられ、13日の式典は終了した。

仏教連合会コーラス部による「曹洞宗宗歌」

 


点眼された開山塔と歴代総監塔
 式典2日目は、午後1時より髙階禅師法孫である髙階玉光老師が開山塔開眼供養を厳修され、引き続き本堂において特派布教師である弘海明道老師の法話がなされた。午後2時半より開山歴住諷経が行われ、導師は髙階禅師法孫である佐瀬道淳老師が務められた。午後3時半からは大権修理菩薩、達磨祖師像開眼供養を、特派布教師として1982年に来伯された小笠原隆元老師が務められた。
 午後4時半、北米より別院禅宗寺と桑港寺の団参供養がおこなわれ、秋葉玄吾北アメリカ国際布教総監をはじめとする檀信徒の方々が、御先祖さまに焼香された。あたりも暗くなりはじめた午後5時半から万灯供養がおこなわれた。さまざまな経典に登場する「貧者の一燈」の話が元となった法要であり、本堂の中心部に供養塔が置かれ、その周りには檀信徒が先祖供養のための蝋燭を並べた。法要が始まると本堂の電気が消され堂内が暗くなり、太鼓の響きに炎が揺れる幻想的な空間の中で、佛心寺初となる厳粛な法要が行われた。

万灯供養

 


開教物故者諷経(宮下陽祐教化部長)
 最終日である15日は午前8時半、管長御代理である渕宗務総長の五三拝より始まった。サンパウロ市長ジルベルト・カサビ氏、ブラジル仏教連合会代表である浄土宗開教総監佐々木陽明師、ブラジル日本文化福祉協会会長である木田喜八郎氏他、多数の来賓を含め、150名以上が参列した。午前9時より宮下陽祐教化部長導師のもと、南米開教物故者諷経が執り行われ、法要には南米開教に従事された開教師を偲び、ご遺族をはじめとして南米僧侶全員が焼香した。
 午前10時、創立50周年慶讃法要が、渕英德宗務総長の導師により執り行われ、上殿中には佛心寺の梅花講員と、来伯された歴代の梅花流特派師範の先生方と共に慶祝御和讃を奉詠した。法要後には管長猊下の祝辞を渕宗務総長が代読され、引き続き大本山永平寺専使である三浦信英老師、大本山總持寺専使である山本健善老師より祝辞が述べられ、続いて渕宗務総長より檀信徒への感謝状が、メンバー全員を代表して佛心寺副評議委員長である二宮正人氏に手渡された。午前11時より檀信徒総回向が行われ、南米各地からの僧侶が両班に立ち読経した。法要後、導師を努めた采川総監より、南米開教に尽力いただいた功労者を代表し、国際布教師である大畑天昇師に感謝状が手渡された。その後、参列者全員で大鑑閣1階に於いて記念撮影が行われ、引き続き会場を移して総勢200名の参加者による盛大な祝賀会が催され、3日間にわたる記念行事は無事円成となった。

50周年慶讃法要(渕英德宗務総長)

渡伯した歴代の梅花流特派師範による詠讃歌奉詠

 

 坐禅堂の建立は、南米別院佛心寺の御開山髙階瓏仙禅師を始め、各歴代総監の悲願であった。50年前に髙階禅師が蒔いた仏法の種は、幾多の困難を乗り越えて、大輪の花がブラジルの大地に今、大きく咲き開いたのである。それは1908年、笠戸丸に乗りサントス港に到着した、移民としてブラジルに渡り艱難を耐え抜きながらも、仏道を護持してこられた檀信徒をはじめ、南米開教師、国際布教師の方々の筆舌に尽くし難い努力があったればこそ、なしえた偉業である。
 南米別院佛心寺は半世紀の節目を経て、檀信徒の心の拠り所として、また南米僧侶の修行道場として、正伝の仏法を伝えるべく一層発展していくことを念じて止まない。
 最後に、多大な御寄付をいただいたご寺院さま方にこの場をお借り致しまして厚く御礼申し上げますとともに、御恩に報いるべく総監部一同、さらに精進してまいります。

 

南アメリカ国際布教総監部発