平成25年「禅をきく会」開催報告


平成25年9月26日(木)、東京有楽町マリオン・朝日ホールを会場に、曹洞宗宗務庁主催の「禅をきく会」が開催されました。「禅」に触れるきっかけを目的として、講演会といす坐禅の体験の2部構成からなるこの催しは、毎年 恒例の行事となっています。今回は「伝える」というテーマで、日比野克彦東京藝術大学教授の講演と、石附周行大雄山最乗寺山主に禅話をいただきました。

日比野克彦さんは、東京藝術大学在学中にダンボールや、わら半紙を再利用した芸術作品を製作し脚光を浴び、その後、舞台美術やパブリックアートなど活動範囲を広げております。日本グラフィック展グランプリ(1982年)、東京ADC賞最高賞(1983年)等々、数多くの賞を受賞している日本を代表する芸術家です。その活動範囲は多岐にわたり、特に東日本大震災以降は、復興支援活動の一環として「ハートマークビューイング」を展開し、創ることをきっかけに人と人とをつなぎ、被災地への思いを形にする活動を続けております。またサッカー好きという趣味が高じて、現在はサッカー協会の理事も務められております。

石附周行老師は、昭和43年2月2日に最大山雙林寺(群馬県渋川市)、平成 8年12月24日からは大雄山最乗寺(神奈川県南足柄市)のご住職に就かれ、そして平成23年6月28日からは大本山總持寺副貫首に就任され、ご本山の興隆と宗風の宣揚にご尽力されております。

開演当日は、台風20号の影響により、参加者の出足が懸念されましたが、開場時間よりも早く来場する方もいて、整理券を配布し対応していました。定刻通りの午後12時に開場した後、時間が経つにつれて場内に人が集まり始め、開会間際には9割の席が埋まり、会場はほぼ満席になりました。

木版の打ち上げを合図に開会した後、主催者として小島泰道曹洞宗教化部長より、「曹洞宗はお釈迦さまのみ教えを教義の根本として、道元禅師さま、瑩山禅師さまをはじめ、歴代のお祖師さまによって正しく受け継がれてきた仏法をよりどころとしている。師匠から弟子へ、またその弟子へと、真の仏法を『伝える』という尊い行いがなされてきた故の賜物である。道を求める者と、仏法を授ける者の間に、互いに培ってきたゆるぎない信頼関係があったから、言葉では言い尽くせない真理が、脈々と継承されてきた」。また、現代の希薄になったコミュニケーションが起因となる社会問題を取り上げ、「物質的には豊かであっても、精神的な未熟さ故の無責任な言葉が氾濫し、受け取る相手のことに思いが至らない人が増えているのではないか」。最後に、講演を引き受けていただいた講師のお2人、会場を埋め尽くした参加者に対して、本年も「禅をきく会」を開催できた事に対する感謝の言葉を添えて、開会の挨拶が述べられました。

続いて日比野克彦さんによる、「ひとは何故絵を描くのか」という演題の講演が始まりました。まず、人間は言葉を発する前から絵を描き始めていて、体の中で一番器用に動かせる部分は指であるという事から、「赤ちゃんは絵を描こうと思って描いている訳ではなく、単に運動の軌跡が絵になっているだけだが、その軌跡に自身が興味を持ち始め、意図的に丸や線を描こうという意識が芽生え、自分の意志で運動をコントロールできるようになる。しかし、赤ちゃんは、まだ自分の気持ちを言葉で表現する能力が無く、泣くという行為しかできない」として、言葉で伝達する以前に、人間は絵を以て、他者に自分の意識を伝えていると話されました。

自身の幼少期には、図工や美術の時間が苦手だった事を取り上げ、「短い時間内でクラス全員の作品に対して、一人一人対応する事ができない。自分では良く書けた作品でも、自分で評価が出来ない。言い方を替えれば、答えが一つではないという事になるが、この事は美術の面白いところでもある。その人らしい作品というものは、授業では得られず、幅広い年代の人たちがいる環境でこそ育つ」として、学年が同じや年齢の近い子どもたちの環境で絵を描くと、似たような作品になって個性が育たない、美術はズレる事が重要であると指摘されました。

引き続き「明後日朝顔プロジェクト」を紹介。2003年に新潟県十日町の100人ほどの集落で始めたこのプロジェクトは、少子化が原因となって廃校になった小学校を舞台にしています。廃校になると同時に、地域のコミュニケーションの場が無くなったため、アートプロジェクトと地域活性化の一環として、学校の屋根まで150本のロープを張って、屋根まで朝顔を育てようするものです。

新潟から始まったこのプロジェクトは、「自分の感情という見えないものを形にして、他者に感動を伝えるという美術の特長」と「地面に埋まって見えない種が、やがて芽を吹き、花となって実を結ぶことで人に感動を与えること」が合致し、現在は13地域に広がっております。種と一緒に日本各地を移動していると、「花を育てると実が生り、種ができるが、この種には皆で育てた無数の思い出や記録がぎっしり詰まっていると、ひしひしと実感する。種には、種自身に内在している記録を伝えたいという気持ちがあり、違う土地に埋まるとき、その土地らしさをきちんと詰め込んで、次に伝えている」という事で、種の役割や存在を再確認し、「種は移動し、そこで種を付け、また当たり前のように移動して、行き着いた場所でまた種をつける。私は移動した先で絵を描く。移動した先で絵を描く事と、移動した先で種になる事が同じ方向を向いているように思える」という事で、生きるために種を付ける朝顔と、日常から非日常へ移動した時に生じる衝動に基づいて絵を描く日比野さんの感覚に共通項を見つけたそうです。

次に、世界各地を旅し、色々な土地を巡っている事を紹介され、シベリア鉄道で欧州に行く際に車窓から風景を描いたり、インドネシアでは文字を書けないシャーマンと呼ばれる呪術師に初めて絵を描いてもらったり、北極では日本から持ち込んだ布にアザラシの血で絵を描いたりしています。他にもボリビア、カメルーン、バングラディッシュ等に行った際にも経験した「その土地に行き、現地の物を食べていると、線とか色合いが現地に染まっていく。毎日絵を描いていると、日に日にその土地らしさが出る絵になっていく」という事は、朝顔の種もその土地らしさを記録して次の土地で芽吹くため、この感覚を理解できると話されました。

また、海外に行くと、そういう自分を確認したくて絵を描いているそうです。他にも2000年前の時代が眠っている遺跡が眠るアレキサンドリアの海底や、蒙古襲来の遺跡がある沖縄では水に溶けない絵具で、サハラ砂漠では砂で絵を描いた事を紹介。このように日比野さん自身も「種」のように、実際に現地に赴き色々な人と出会い、その土地の記録に反応し、作品という「花」を咲かせ、種を実らせ、また次の土地や人に「伝え」ていく事を、スライドを用いて紹介され、講演を終えられました。

石附周行老師は、「雲に眠り風に臥(ふ)す」と題し、「悟りの世界、或いは確固たる自分に目覚めた方は、雲に出会った時や風を受けた時に気持ち良く眠ることができる」という事から、この言葉を体現された祖師がたや石附老師の身近な方がたのお話を基とするご講演が始まりました。

まずは、ご自身が堂長をされている最乗寺周辺の杉林の種から学んだ「放下着」のお話。「杉の種は自分の根元に落ちた場合、良く育たないが、風や動物に運ばれて遠くに落ちたものは、良く育つ」として、自分の枠に収まろうとして、偏った見方をしがちな事を戒めると同時に、自然の摂理に繋がっている事をお話しされました。


次に平成27年に大遠忌を控えた大本山總持寺二祖峨山禅師を紹介すると同時に、「両箇の月」の問答を紹介。月下にて坐している峨山禅師に、瑩山禅師が「月に2つあることをわかるか」と問いたところ、峨山禅師は答えられなかったが、3年後の10月23日、同じく名月の夜に坐していた峨山禅師の背後から瑩山禅師が弾指した時、その音が世界全体を揺るがす音のように感じられた。自分の今までの修行過程を顧みて、「月に2つある」という事は、1つは仏さま、もう一つは私たちの心の中にある仏さまのお教えが日々の生活に表されている事に気付き、悟りの世界に導かれたという話。また、洞山良介禅師の悟りのきっかけに関しては、修行中に綺麗な川が流れているところに差し掛かり、橋がかけてあり、そこを渡ろうとしたときに自分の姿が水に映り、「彼は今まさに我」という事に気付き、仏法が今、自分と一体になっていると受け留め、悟りの道を開かれた話を紹介されました。

続いて、明治期の最乗寺62世である原湛山老師の修行時代の話を紹介。3人の修行僧と共に行脚の旅に出かけて行った。或る日、連日の大雨の影響で橋が流されてしまった箇所があり、両岸には川を渡ることができないで困っている人が大勢集まっていた。その中に、自分の父親が危篤という事で、一時でも早く駆けつけたいという妙齢な女性がいた。その事を聞いた老師は衣も足袋も脱いで、女性に近づく事すら憚れる時代だが、脱いだ衣類を頭に括り付け、裸で女性を抱え、命懸けで川を渡った。他の2人の修行僧はその行為を不快に思っていたが、その場では黙して特に老師に対しては言わなかった。しかし、ある農家に泊まる事になり、寝ようとした際、1人の修行僧が老師に、「女性を抱えて川を渡って、良い思いをしたな」と冗談、あるいは冷やかしで戒めようとした。しかし老師から、「いつまでも昼間の女性の事を思っていたのは、お前たちの方だ」と逆に言い返された。「その時にその場面において、自分の為すべき事を為す。これを為し得ずして、社会に対して歩んでいく事ができるんだ。今、いかに自分が混迷した時に生きていけるのか、この命を存分に発揮して生きていけるのかという事が大事」と戒めたといいます。

他にも最乗寺の彫像教室で参加者のノミを研ぐ方のお話、最乗寺の先代にあたる余語翠巖老師の法話を暗記していて、代わりにお話をした女性のお話、住職地だった雙林寺に隣接している特別養護施設の入居者のお話、高校の同級生の父親で、末期ガンの患者を診た医者のお話等、正に「雲に眠り風に臥」した方がたのお話を紹介。最後には「人生を全うし、雲の上にゴロっと眠れるような、そのような大らかな世界に生きましょう」と講演を締め括られました。

講演後は、曹洞宗総合研究センター小杉瑞穂副主任研究員により、いす坐禅の指導が行われました。2時間以上に亘る講演を聴いていて、凝り固まった参加者の体を簡単なストレッチでほぐした後、同研究センター所員による実演と共に、いす坐禅を体験し、会場はしばし、静寂に包まれました

日比野克彦さんと石附周行老師、両氏の緩急織り交ぜたご講演と、柔和なお人柄によるものか、開演から時間が経つのを感じさせず、瞬く間に閉演を迎える事になりました。会場は終始和やかな雰囲気に包まれ、本年の「禅をきく会」も無事円成し、盛会裏に幕を閉じました。