ふくしま故郷再生プロジェクト現地聞き取りレポート(1)  人権擁護推進本部


寺院住所   福島県伊達市
協 力 者   住職(代表役員)・寺族・総代(責任役員)3人
訪 問 日   2011(平成23)年10月4日
同 行 者   福島県宗務所2人
位   置   東京電力福島第一原子力発電所から約50㎞
放射線量    室内 0.332 マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値 2.91ミリシーベルト
    屋外 0.861 マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値 7.54ミリシーベルト
     

ふくしまの声 ―聞き取りまとめ―

―お寺さんの家族状況は?
「当寺には私と家内とのふたりです。子どもは放射線量の低い地域へ避難しています」
 
―総代の皆さんのご家族は?
「3人とも夫婦ふたりで生活しています。とりたてて言えば、孫が近寄らないのがとてもさみしい。無理にも誘わないし、野菜も持っていかない」
 
―お寺や檀家さんで避難地域がありますか?
「寺もここにいらっしゃる総代さんも避難地域ではありません。しかし、ここは放射線量が高いから、近隣地区の約20軒が特定避難勧奨地点に該当し、その中で何軒かが当寺の檀家です」
 
―この放射線によってご家族が健康を害しているという状況は?
「それはまだ聞いておりません。放射線の今後の影響は分かりません。檀家さんのところに何回か用があって上がったんですが、原発事故の当初、奥さんがゲッソリしておられましたね。精神的に不安で『眠れない』とおっしゃっていました。本当のことが分からないので、住民はとても不安で、みんなで『不定愁訴』という感じです。ストレスで頭が痛くなるとか、困ったもんだということの方がむしろ健康被害です。必要以上に不安を煽るのは決してよくないのです」
 
―寺院の活動に影響は?
「私の後継の副住職ですが、もともとここから離れておりました。私の孫がいるわけです。小さい孫ですから連れてくるなと私の方から言っているくらいです。はたしてお寺‥存続できるのか‥ということも考えますね、本当に。非常に不安です」
「事故当初、当寺の年回供養を予定していたものが、途端にキャンセルですね。それ以降も、3月、4月はほとんど延期でなくて取り消しになっています」
「当山の恒規法要で大般若会やっています。檀家さん自前の食材を持ち寄り、弁当を作って出しているんです。ところが、放射能のことがありますので、気にする人は気にする。これから食事の出し方を役員さんと相談しなくてはならない」
「住むのも食べるのも安心できない。これ、命の問題でしょう。自由に社会生活が営めるということでしょう。それから幸せを願う‥‥そういう基本的人権がね、もう、まったく根こそぎですよ!当たり前のことが」
 
―福島県への最近の見方やいろいろな反応についてどうお感じですか?
「風評被害といいますか、あれにものすごく憤りを感じています。公の機関は厳重に抗議するべきです。福島県民自体がものすごく気持ちが柔らかすぎるのかなぁと‥‥正しい知識とデータがどうなんだということをもっと克明に出してね、不安を煽らないようにしてもらわないと」
「二本松市の小浜地区の玄米で高い放射線量が検出された時に、その農家が『俺はみんなに迷惑かけて困ってしまった。顔向けられねー』ってね、その姿勢に私はものすごくがっかりしたですね。そうではないだろうと。あなたは被害者なんだと」
 
―放射能の影響で、皆さんの生活にはどのような変化がありますか?
「情報の混乱や両極端の報道があります。今の若いお父さんお母さんは、一番悪い方を見て心配しているわけですから。こんなことでは、日本国民が、福島県民がみんなおかしくなります」
「小さなお子さんがいる若い世代が避難のために流出しています。二本松市や伊達市もそうなんですが、小学生、中学生に線量計を首からぶら下げて‥あの姿見ただけでもね、ああいうことが人権侵害の最たるものだなと思ってはいるわけなんですが、それをせざるを得ない今日の状況ですよね。避難させられて学校がバラバラです。友だちとも会えない。子どもは一番の被害者です」
「本当に切ない話ですよ。小学生の子どもが『どうせ俺なんては、あと何年も生きられない』と。お母さんは『そんなこと言うの止めて!』と家庭の中で言っているというね。家庭の崩壊ですよ。そういう実態こそ、本当に人権侵害だと私は思っていました」
「放射線のことなどで、親族同士が仲たがいしたり、家庭が不和になったり、今までの人間関係が断絶したり崩壊しています」
「放射線のことが少しも頭から離れないでいます。隣近所の『おはようございます』の挨拶の次は放射線の話です」
 
―地域の経済状態はどうでしょうか?
「きびしいです。米作っても、野菜作っても、買う人はおろか、もらってくれる人もいない。作っては捨てる。その繰り返し。運悪く今年は稲の生育具合がうんといいんですが、米がだいじょうぶなのか不安です。行政も積極的にすべての検査をやって安全だと発表するべきですが、測るだけの時間や機材がないでしょう」
「私は、わさびとか果物作っているのですが、わさびは当初から出荷停止です。桃も林檎も栗や葡萄もいつもだったら、贈答用にしていたのが出荷停止や価格の暴落で手間賃も出ない。屋外の茸類は全部ダメです」
「収入がなくなれば、地域経済が停滞する。買い物もしない。不動産価格は暴落しても、評価額は変わらない。税金は取られる」
「会津も含めて、観光業者の風評被害はとんでもないです」
 
―放射線量の情報や測定はどのようにして把握していますか?
「当初、放射線情報は何にもなかった。テレビで見るしかない。伊達市から連絡が来るようになったのは六月過ぎです。それも住民からの強い要望があってやっと動いたということです」
「寺では放射線に関する講演会で勧められた外国製の放射線量計を独自に購入して、寺域を細かく測定しています。一階と二階でも線量は違う。部屋によってもかなりの開きがあります」
「当初、役場が人員不足だという理由で戸別の放射線量の測定をしていなかった。戸別でやろうということになって、地区で集まって、機械を借りてきて区長を隊長にして月一回測定しているのです。根拠となるデータがないと、気持ちの上で安心できない」
「実際の戸別の測定値は、行政発表のと全然ちがいます。ものすごく高いですから、あれはどこか一番低いところで測っているものだか、わからないですけれども」
 
―行政の発表する放射線情報は信用していますか?
「いや!数値の説明がないから、もらってもわけが分からない。何が安全で危険なのかも専門家の間で桁違いに見解が分かれている。このことがまた頭痛の種になる」
 
 ―お寺やこの地域での放射性物質の除染活動は?
 「組織的にはまだやっていません。除染の希望や計画はあるのですが、除染物の処分方法や仮置き場が決まらないので、前に進めないのです。除染物の仮置き場の候補が選定されても、近隣住民の心配や反対で取り消されることが多いのです」
 「行政からの対応を待っていられないので、除染効果のある植物を植えたりもしていましたが、その処分に困りました。焼却場に持っていったら、ここも線量高いからあまり持ってこないように言われました。吸収・濃縮された放射性物質を最終的にどこに廃棄するかということすらないのです」
 「高圧洗浄機を借りて除染しましたが、放射線量はあまり下がりませんでしたね。石畳の場合には、あれはおそらく目地があったり、表面がザラザラですから」
 「普通の家では、自宅で除染しても、隣接家屋があるので処理する場所がない」
 「市街地とちがって、山林を抱えているところは‥‥山をどうやって除染するのかということは‥‥それこそ全部伐採するのかということになってしまいますね‥‥伐採すればしたで大雨くれば山、全部崩れますから」
「山林を除染すると言っても、あまりに広大すぎて想像もつかない! 雨が降るたびに、山林に蓄積されていた放射能が山里まで下りてくるのです」
「東電や国が除染を先頭に立ってやるというのではなく、今のところ地域任せです。地域では仮置き場すら確保が難しい。除染費用も想像がつかない」
 
―放射線による被害についてのお考えは?
「(年間累積)放射線量が最初のうちには、20ミリシーベルトあるいは100ミリシーベルトまでは何の心配もないんだと言っていたのに、今では1ミリシーベルトでも怖いということになっている。マスコミも手のひら返したように、『おっかない! あぶない!』という人はチヤホヤするし、『だいじょうぶだ』という先生は嫌われて出さない。何が安全かどうか、心の支えとなる(放射線量の)標準が分からないままで、福島県民が翻弄されています」
「すぐには影響のある値ではないというのですが、東京と較べたら桁がちがう。25倍くらい。だいたい1マイクロシーベルト以上はあります。測る場所によっても全然ちがう。軒下とか側溝・樋なんかはとても数値が高い。当初から較べたら低くなったと言っているが、平常値の10倍以上はあります」
「現在のような放射線量を、2年、3年と積み上げた時にどうなるのか? 私らには分かりません」
「ホットスポットというのは一番悪い。隣は(線量)高いから子どもは行くなよ、と。地区のコミュニケーションが取れなくなってしまう。あの家に行くな、近づくなと」
「同じ敷地でも、母屋と別棟では線量の値が極端にちがう。こっちは避難で、一方はそのままだと。世帯も家族もバラバラになってしまう」
 
―原子力発電についての見方は、事故前と後ではどのように変わりましたか?
「福島全体が安全・安心だと洗脳されていました」
「私は事故前には全然不安や心配はなかったです」
「私はちょっと違うのです。東海の臨界事故(1999年〈平成11〉9月)があり、これは危ないぞ!という思いできたのですが、去年の秋に、福島原発を見学に行ったんです。それで実際に見まして、たいへんな構造‥安全構造だった、幾重にも。それを見て、『いままで体験的に原子力は危ないと思ってきたんだけれども、これを見て本当に安全だという思いに変わった』と‥それで、今回の事故です」
「原発が産み出す副産物もあることを知りました。冷やした水を利用してヒラメとか養殖する広大な施設を見学させてもらった。こういう利点、副産物もあるんだと。しかしこんなに危険なものとは全然想像もできなかったのです」
 
―原子力発電所事故についてどうお考えですか?
「福島第一原発を設置した場所は、本来は海抜30mあったそうですね。それをグッと(立地地盤を)落として削ってね、そこに設置したわけでしょう。最初から30mにしておけば、津波の震災は、地震の被害はあったでしょうけれども、津波の被害は受けなくてよかったはずなんです。津波で危ないぞと所長が事故前に警告していたということです。当時の東電や通産省のお偉いさんは取り合ってくれなかったという話が今頃出てくる。ですから、『想定外』ではないんです。明らかにあれは人災なんです」
 
―福島県における原子力発電はどうあるべきですか?
「もうたくさんですね!」
「願い下げですね!」
 
―賠償、補償について
「農家はそれぞれの実績に応じて農協を通して賠償請求しています」
「避難勧奨地点に指定された世帯と違う世帯では大きな経済的格差が生じています。月々の給付金や税金等の免除が地域間のいろいろな不和の遠因などになっている」
 
―特に心配なことやご要望を教えてください。
「いちばんお願いしたいのは、みなさんの精神衛生といいますか、こういう放射線(汚染)にかられて、精神的な不安定さを除去するためには、一種の宗教に対する気持ちの持ちかたというのは、たいへん重要じゃないかという感じはするのです」
「お寺の場合は護持会費だけでは維持ができないものですから、布施収入から切り崩して補填しています。その布施収入が今回の一連の出来事で激減しています。できることならば、財政上の減免措置をなんとかしていただけたらということです」
「福島への差別・排除が、全国規模で私は起こるのではないかなと思うのです。今は非常に同情されているでしょう。これがある程度収まりつつあるような時期を迎えた時には、やがては『福島県人は嫌!』と無視されたり、差別されたり、そういうことが全国規模で起こるのではと心配です」
 

ふくしま余韻 失意とユーモアに触れて

今回の聞き取りは、終始和やかで明るい雰囲気でした。それだけではなくユーモアや笑い声がありました。
住職さんは「これは命の問題なんです。自由に幸福を追求する基本的人権がもう根こそぎです」と言いました。不安とストレスとで出口が見通せない状況の中での笑いやユーモアをどう受けとめたらいいのでしょうか。
ふくしまの人びとは生来楽天家で陽気というわけではありません。このユーモアは、失意、苛立ちや不安に押しつぶされまいとするふくしまの抵抗や勇気の現れかも知れません。
人間の極限状況を体験したオーストリア医師フランクルも言います。「ユーモアもまた自己維持のための闘いにおける心の武器である。(非常時の)ユーモアは通常の人間生活と同様に、数秒でも距離をとり、環境の上に自らを置くのに役立つ」
私たちはふくしまの失意と悲歎に触れはできても、踏み込むことはしません。なぜならそれは人間としての節度に関わる事柄だと思うからです。無名詩人の「失意の胸へは 誰も踏み入ってはならない 自身が悩み苦しんだという よほどの特権を持たずしては―」を胸の底に刻んで、ふくしまの声をお届けします。
『曹洞宗報』Vol.916(2012/1/1)掲載記事から抜粋