ふくしま故郷再生プロジェクト現地聞き取りレポート(4)  人権擁護推進本部


寺院住所   福島県伊達郡川俣町
協 力 者   住職(代表役員) 総代(責任役員)
訪 問 日   2012(平成24)年3月7日(水)
訪問会場   福島県宗務所(福島市円通寺内) 仮設住宅避難中のため会場借用
位  置   福島第一原子力発電所から約38㎞
地区指定   計画的避難区域(地区全体避難)聞き取り時点
放射線量    室内(事務室) 0,217マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値  1,90ミリシーベルト
    屋外(玄関前) 0,546マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値  4,78ミリシーベルト
     

ふくしまの声 ―聞き取りまとめ―

―みなさんは避難をされているそうですが
「Y地区は『計画的避難区域』に指定され、住職・寺族も含め、近隣の住民が避難しています」
 
―避難勧告ですから、自宅に残っている方も?
「いいえ。全部避難しています。警戒区域ではないので、交通検問はなく、出入りは自由です。仮設住宅への移住は住民の約3割で、その他は借上げ住宅や親戚に身を寄せています。家族でもバラバラに分散している場合が多いのです」
「避難勧告が出たのは、4月22日ですが、子どものいる世帯は早めに避難していました」
 
―3月11日の地震はどうでしたか?
「ちょうど当寺の護持会総会が始まった直後でした。立っているのがやっとのすごい揺れが2回続いて、早々に会議を解散してそれぞれが自宅の様子を見に帰りました」
 
―地震による建物等の被害はありましたか?
「当寺も含め、Y地区では建造物の倒壊はありません。ただし、本堂の漆喰の一部が剥落したり、門柱や石仏が倒れたりするなどの損壊被害はありました」
「宮城沖地震の時は、墓地の石塔が西に向きを変えていたことはありましたが、今回の大地震では田代地区の墓地はすべて倒壊しました。お墓の復旧はほぼ終わっています」
「地震による水脈への影響なのか、地下水の汲み上げにも流量が減少するなどの不便が出ています」
 
―原子力発電所の爆発事故後の動きを教えてください
「12日午後に、原発爆発事故が起きました。その後、地元の消防団から『屋内退避してください』という連絡を受けて、この時点で、若い人たちの多くは避難を開始しました。しかし、避難をした先がかえって放射線量が高かったということは、しばらく後になって分かったということです」
「浪江町の津島という場所は放射線量が異常に高いのですが、この津島と境を接しているのが、このY地区です」
「とりあえず屋内退避ということでしたが、4月22日には地区全体が避難するようにという勧告になったのです」
 
―避難生活などでのご体調や精神衛生の変化は?
「放射能の直接の影響はまだわかりません。避難先での病気や怪我が多くなりました。体調をくずして入院している人もいます。そこまではいかなくても、みんな過重なストレスが溜まっています。いつ頃安心して帰れるのかの見通しがあれば、辛抱するにもしがいもありますが、将来の見通しが見えないという不安は、なかなか分かってもらえないでしょう」
「仮設住宅に避難したのはいいけれども、普段は農作業で身体を動かしていた人が、何もすることがなくなって、アルコール依存になったり、高血圧で体調くずしたりする人もいます。それにつれて、家庭内が不和になったり、些細なことで隣人と喧嘩をしてしまったりと、とにかくストレスが溜まる一方です
「借上げアパート暮らしをしている人は、ひとりでポツンといますので、孤独死というのもこれから出てくるかもしれません。社会福祉協議会や民生委員の方が定期的に巡回訪問されて悩みや不便を聞いてくれるのは、本当に助かります」
「世間では『絆』だとか『ガンバレ!』と励ましてくれるのだけれども、それも重なると精神的には負担になるし、それに便乗して何でも金の話になってしまうのは悲しい。『絆』の糸偏が金偏に見えてきます」(総代)
「避難した当時は無我夢中できましたが、いつ帰れるか分からないですから、私も血圧が上がってくるわ、つまんないことで家族に当たったりとか、そういうことが絶えずありますね。言葉には表せない精神的な悩みやストレスがあります。放射能汚染が深刻なので、年配者から『もう、死んでも帰れない』という話が出ています」(総代)
 
―事故以来、檀家さんが減少したということは?
「今のところそれはありません。若い世帯が町外に避難していますので、次の世代からはどうなることやら心配です。Y地区近郊での避難であればおつきあいもあるでしょうが、県外や遠くへ行ってしまうと、当寺から離れる檀家も出てくるでしょうね」
「普段でしたら、お盆とか彼岸の折には、家族ぐるみで子どもや孫と手をつないでお墓参りしていましたけれど、今はお年寄りだけがさみしく参るという光景が増えました」(総代)
 
―寺院の活動や檀家さんとのご関係にはどのような変化がありますか?
「計画的避難区域ですが、避難所から自宅への行き来はできますので、檀務がなくなったということはありません。ですが、人集めも容易でないし、会場も見つからない。本当は自宅でやりたいのだけれども、来てもらうのもたいへんだというので、塔婆供養で済ませるということが増えました。最近は塔婆の依頼じたいが減少しています」
「例年、新盆のお宅へは棚経に回っていたのですが、それぞれが分散して避難していますので、昨年からはお寺に集まってもらって新盆供養するようになっています」
 
―お檀家さんはみなさん避難されているそうですが、行事の連絡などはどうなさっていらっしゃいますか?
「避難した当初は、誰がどこの避難所、仮設住宅へ移転されたかの把握ができませんでした。寺の役員の人たちにお骨折りいただいて、やっと連絡網ができました」(総代)
「役場では住民の避難先をすべて把握しているはずなのですが、例の個人情報保護法がネックになって、役場から個人情報が出てこないという不便はあります。寺からの文書でのお知らせは、個々の原住所で郵送すれば、転送で届きます」
 
―避難生活による具体的な被害を教えてください
「当寺の檀家では、原発の事故後に、自殺した方がいます。先行きを苦にしてのことです!」
「50代の女性の方です。たまたま避難していて、昨年の夏に、家の周りの草がもうもう生えているので草刈りに行こうということで家に泊まって、翌朝、草刈りが出来上がった頃、ガソリンをかぶって‥‥亡くなった。旦那さんの話ですと、『家に帰りたい、帰りたい!』と奥さんが言っていたらしいですね。旦那さんは、『こんなことならば草刈りに来なければ良かった』と後悔して言うんですが、これは結果論であって草刈りに来なくても何らかの形でこうなったかもしれません。これこそ原発事故の最大最悪の実害だと私は思います」
 
―放射能による風評被害はありますか?
「原発事故があって、1ヵ月くらいは県外の長男のところへ避難していたのですが、福島県とそことでは感じ方や考え方が全然違いますね。つくば市が放射能被曝がない証明書がないと受けいれないと言ったことがありましたね。ちょうど私は福島から車で12時間かけてつくばに入りました。自家用車の燃料が少なくなったので、2000円分を給油してもらおうとしたんです。そうしたら、会員でない福島ナンバーだから駄目だと。会員になるからと言っても断られたんです。私さすがに怒ってですね、店長を呼んで『この電気はどこから来ているのか?』と聞いたんです。そうしたら、はっと気がついたんでしょう。『すいませんどうぞ』と給油してくれました。市内の別なスタンドでは『大変ですね。ご苦労さまです』とこころよく入れてくれましたけれども」(総代)
「最近はいくらか落ち着いてきていますが、福島と聞いたら、放射能だという感覚でいるのでないでしょうか」
「福島県は大きいですけれども、会津の方で全然、放射能の被害がないところも風評被害で、観光・宿泊が全然振るわなくなっています」(総代)
「福島と言っただけで、悪い風評が絶えません。福島県の若い男女は結婚しないとか、福島からお嫁さんもらうなとか、そんなかわいそうな声が出ているというんですね」
「これは風評というよりははっきり差別。実際に旧町内では婚約が破談になったと聞いています」(総代)
 
―そんな風評や差別に対して、川俣町行政はどうですか?
「当初はとても冷淡でした! Yの避難地区は町のごく一部で、人口では1割ですから、避難民というよりは、難民扱いですね。『金もらって遊んでいるんだろう』みたいな印象を同じ町民からもたれているようなのです。私らには本当にやり場のない怒りがあるのです。川俣町内でもこんなに温度差がある。ましてや、他の市町村や県外となったら理解してくれないですね」(総代)
 
―ご当地では農業が主産業だと思いますが、事故以降、経済的な被害やご不便はどうでしょうか?
「すべてダメです!計画的避難区域では作付けじたいができないのです。他のところですと、作って放射能検査してから出荷判断するところですが、ここは最初からダメです」(総代)
「Y地区では米と野菜そして葉タバコや花卉の産地ですが、軒並み生産がストップです。酪農もできません」(総代)
「補償金は出ていますが、ものを作っては売り買いするという普通の地域経済は全然動かないのです」
「土地・建物などの不動産価値も事実上評価がゼロになっています。固定資産税は今のところ免除にはなっています。将来帰っていいよということになっても、建物が傷んでいますから、リフォームしないと住めないでしょう。地下水は使えなくなっているから、上水道などのライフラインも整備しないといけません」
「私らが心配なのは、これから福島県内から大手の優良企業や銀行とかが撤退していって、やがて過疎の町ではなくて、過疎の県になってしまうのではないかという心配があります。そうすれば、ますます経済活動が冷えきっていくという悪循環です。アサヒビールは撤退も検討していたようですが、政治の力もあってなんとか再建はできました。これからは企業の撤退・移転・縮小があるのではないかと不安です」(総代)
 
―避難生活や放射能汚染にかかわって賠償や補償の請求はされていますか?
「寺としてはとくにしていません。農作物等の経済的被害については、戸別に農協等の生産者組合が集約して請求しています。目に見えない被害や不便については、単純な算定は難しいのです」
 
―ご当地で生活していくには、個別の放射線量の測定が必要だと思いますが、測定器などはどのようにしておられますか?
「個人としては持っていないので、宗務所を通して本庁から貸与された中国製のガイガーカウンターを使っています」
 
―事故当時における放射線量の測定はどうなっていましたか?
「原子力発電所が次々と爆発事故を起した当初は、町に線量計がなかったから、測りようがなかったですね。もっとも高濃度の放射性ガスが通過していった時はいったいどのくらいの値なのかは私たちは分かりません」
 
―はじめて当地の放射線量が分かったのはいつ頃ですか?
「爆発事故から3週間後の4月2日以降ですね。避難しなくてはならないくらいの高い数値が出たのですが、実際に地区全体が避難ということになった4月22日までの間は、一応は屋内退避という態勢で私らは生活していました。すぐには仮設住宅へ移住できなかったので、危険な環境の中、2ヵ月も生活していたのです」
 
―Y地区のさまざまな場所での放射線量のデータが公表されるようになったのは?
「かなり後です。行政の対応を待っていられなかったので、私は行政区長も兼ねていましたので、4月5日から知り合いの人を頼んでY各地の線量を本格的に測ってもらいました。線量計を貸し出すことができなかったので、測定者を派遣してもらうというかたちでした」(総代)
「4月10日頃の測定値ですが、高いところで14マイクロシーベルト毎時くらい。私の自宅付近でも6はありました。当寺では3~4マイクロシーベルト毎時です」(総代)
 
―東京の原発事故以前の値の50倍~100倍の放射線量ですね。行政が発表している測定値と実際の個別の放射線量とはかなりの開きがあるという話をよく聞くのですか?
「それは今でもあります。私らはその辺がたいへん不満なんです。きれいに除染したアスファルトやコンクリート面を測っているから全然当てになりません」(総代)
「その通りです。全村避難している飯舘村は、事故があった当初は物凄く放射線量が高かったのです。それが除染をした村役場で測っているものだから、Yよりも線量が低いことになっている。実際全体を見たならば、人の住める状態でないのです。行政の出してくる数値はそのまま鵜呑みにできません」
 
―寺院や近隣地区での除染の試みはありましたか?
「Y地区全体が避難地区に指定されているので、国直轄事業で除染することになっています。当寺独自の除染はしていません」
「試験的なモデル事業として特に線量の高い地域を除染しています。その効果を踏まえて、今年から約2ヵ年をかけて国直轄で除染することになっています」(総代)
 
―広大な山林があるので、住宅地周辺は除染してみたものの、山林から放射能が降りてきて効果が低いというような話をよく聞くのですが?
「いっぱいになります。だから今大変な状況です。周辺の、例えば農家の土地を国が買い上げてタンク基地にするとか、そういう見通しでやっていかないと将来的にわたっては対応できません。廃炉にしたとしても、その後の処理には膨大な労力と時間がかかります」
「その通りです! 市街地と違って、学校のグラウンドとか公園をちょこちょこ除染するという水準ではないです。Y地域は8割~9割は山だから、除染がたいへんだというのが現実です」
 
―原子力発電所の事故現場で心配されていることはどういうことですか?
「家を中心にして、20メートル四方を除染するということになっていますが、ほとんどの家は山や林をかかえていますので、本当は山林を除染しないと、一時的に数値は低くなっても、また放射能が降りてくるということになります」
「私どもはまず山から除染を始めてほしいと要望を出しているのですが、どうなるかわかりません」(総代)
「山林から除染するといっても、あまりに広大な面積ということと、ただ樹木を伐採するということでは、水害や土砂崩れなどの2次被害もありますから難しいのです」(総代)
 
―今回の原発事故について、自然災害が原因だからという考えもあるようですが?
「この事故だけは、地震や津波のせいにして、他人事のようにとらえる問題ではないと思います」
「あらかじめ防げたことを防がなかったということでは、そう、人災です。東電も政府も無責任です」(総代)
 
―福島県での原子力発電の今後や再稼動についてどうお考えですか?
「福島に(原子力発電所は)もう要らないです! 福島県民の感情としては、今使える原発をまた再稼動させるとか、そういうようなことはまったく、考えられない! 論外です」(総代)
「私は最初から、『とにかく原子力は、とても人間の力では抑えられない』と思っておりました。1回核分裂させてからは、人間の手には負えないしろものだという認識があったものですから」(総代)
「原子力と言いますが、要するに核ですからね。大陸から飛んでくる黄砂みたいに、色が見えたり、匂いがしたりというものであれば、対応の仕方もあるけれども、匂いもなければ色もないので本当に困った」
「福島原発の場合は、福島で使う電力の発電所ではなくて、東京方面で使う電気です。今回の事故で『ふくしま』の悪いイメージが世界に連発されて、福島全体は終わってしまったと印象づけられてしまった」(総代)
「(原発立地の)双葉町・大熊町だとかは、原発のおかげで、雇用から何からあったから経済的にはよかったのかもしれないですが、ここはまったく何も恩恵はないわけですから」(総代)
 
―最後に宗門や社会にご意見やご要望があればおっしゃってください
「首相が昨年12月に事故収束宣言を出しましたが、『あんな馬鹿なことを言って』というのが、私どもの印象です。いったいどこが収束したのかと!」
「いま辛口の人たちが言う通り、東電と国とマスコミが(世論を)操作しているということですからね」(総代)
「寺も檀家も避難して、檀家さんから宗費を納入してもらうのも大変だということで、減免申請をして、それで平成23年から5年間免除という宗務庁からの回答をいただきました。ですから、宗門に対しては、それ以上は今のところ望むことはありません」
「檀家の立場からひとつ申し上げてよろしいでしょうか。私が気にかけているのが、住職さんともお話したことあるんですけれども、家の倅が、『親父、避難する時には位牌を持って歩けよ』ということで、つくば市に一時退避した時も位牌を持っていたんです。いま、避難しているアパートには、位牌とミニ写真を移して、線香を毎日上げているんですが、これは簡単に位牌や写真を置いておくだけですよね。ほこりかぶったり、日光に照らされたりしていますので、仏さまに失礼かなと。小さな板で作ったのとか、厨子とかそういう小さな仏壇とかそういうのは提供していただければありがたいのですが」(総代)
 
―それは宗務庁で配布している3つ折の三尊仏のことですか?
「ちょっとちがいます。位牌や写真を入れて、お茶やお線香を上げられるミニ仏壇です。本式の仏壇は実家にありますから、必要ないのですが、持ち運びができる安価な組み立て式の簡易仏壇があればと思います。位牌や仏さまはやはり私どものよりどころですから。仮設や借上げ住宅の避難者がいますから、ある程度のニーズはあると思います」(総代)
 

ふくしま余韻 ふくしまからのビジョン

大地は揺れて波打ち、山は崩れ、海は膨らみ、川があふれ、天の渦巻く中、おびただしい生命と物心の財産が失われました。それでも、人はその度に立ち上がって、地面にへばりついて生きていくしかありません。
しかし、核燃料という本質的に制御不能な人工の炎は、自然がもたらすさまざまな災いとは桁違いの深い爪あとを刻みつけています。
当寺ではたいへん痛ましい出来事がありました。
50代後半の檀信徒が昨年の夏に自らの命を絶ったのです。遺書はありません。この女性は原子力発電事故による避難生活で家族と離ればなれになって、精神的な病を発し、一時帰宅して草刈作業した直後、亡くなったと伝えられています。
放射能汚染と被爆による直接の健康被害ではないかも知れませんし、命を絶つにいたった胸中は余人では推し量ることもできません。
しかし、今回の原子力発電事故と放射能汚染がなかったら、まったく異なった人生を選択していたにちがいありません。
人工の炎の災いが、ひとりの尊い生命の前途を奪ったことを私たちはどう受けとめたらよいのでしょうか?
原子力発電所事故から1年半ちかく経過した現在、政府はすでに事故の終息宣言を出し、世間では過去の一部地域の不運な出来事の一齣として忘却しようとしています。
そのような雰囲気の中、ひとりの女性の痛ましい死を心から哀しみ悼みそれに思いを馳せたいと思います。原発事故と放射能汚染を防がなかった電力会社と国の責任放棄と不誠実に対して異議を申し立てることは言うまでもないことです。
しかし、この女性の死に、私たち市民一人ひとりが関係ないのでしょうか?
世界で唯一の核爆弾の被爆国で、核の禍の恐ろしさを感じていたはずの私たちは、「原子力の平和利用」という美名に幻惑されて、原子力発電の危険性を見過してきたことの市民の責任は絶無とはいえません。無知であり関心をもってこなかったことにも、一分の罪はあるのではないでしょうか。
「悔過(けか)」とは罪過を悔い反省することの古い表現で、一般には「懺悔(さんげ)」と呼ばれています。
ひとりの檀信徒が不本意にも命を絶ったことについて悔過することから始めていきたいと思います。
亡くなられた方の御霊に哀悼と悔過の誠を捧げます。