復興支援活動紹介(9)おてら災害ボランティアセンター「テラセン」


東日本大震災から4か月後の平成23年7月、被災した宮城県山元町の普門寺に、ボランティア活動の拠点として、「おてら災害ボランティアセンター」(通称;テラセン)の看板が掲げられました。普門寺の住職であり、震災後のお寺と地域の復興にご尽力をされている、坂野文俊さんに復興とテラセンについてお話を伺いました。

震災後、お寺の瓦礫をおひとりで片付けられていたと伺いました。

――震災が起きてから1か月後にお寺の役員と相談し、被災した本堂は取り壊すことになりました。私がこのお寺の住職として30年間コツコツと積み重ねてきたものが、一瞬にして崩れさってしまうと思うと、悔しくて仕方ありませんでした。せめてお盆までにお墓参りだけでもできるようにしたいと思い、お墓の瓦礫を片付けることを始めました。たとえひとりでも、時間をかけてコツコツやればなんとかなるかなと思ったのです。
そんな時に出会ったのが、現在テラセンの所長を務めてくださっている藤本和敏さんでした。最初は、私の姿を見るに見かねた他のお寺の住職が、手配してくれたボランティア団体の一員として来山されたのですが、ある日突然、「寺院の復興を手伝わせてください」と来られました。最初は3日くらいやって帰るのかなと思っていましたが、気が付けば1か月間、黙々と2人で墓所の瓦礫を片付けていました。藤本さんは瓦礫撤去作業の傍ら、自らのブログやフェイスブック等を通じて、他の地域に比べまだまだ復旧が進んでいない山元町の現状を発信してくれました。また、「普門寺の住職が1人でお寺を片付けている。なんとか助けてもらえないだろうか。」と、ボランティア仲間に呼びかけてくれたのです。

藤本さんとの出会いがテラセンの立ち上げにつながったのですね。

――実は、最初からテラセンを立ち上げるつもりだったわけではありません。私は、なんとかお盆までにお墓参りができるようにしたいという思いでしたし、藤本さんは、普門寺の再生をという思いで手伝ってくれていました。しかしそんなある日、藤本さんが「地域の復興を盛り上げるためにも、ここを地域のボランティア活動の拠点として、お寺と地域の復興をボランティアの人に手伝ってもらおう。」と言い出したのです。それで、お寺の前を通る人が、ここがボランティア活動の拠点となっていることが分かるように、「おてら災害ボランティアセンター」の看板を掲げました。
藤本さんがブログで呼びかけてくれたこともあり、看板を掲げてからしばらくして、最初のボランティア団体が広島から駆けつけてくれました。それから、毎週のようにお寺にボランティア団体がやってきて、瓦礫の撤去を手伝ってくれました。
その様子を見て、檀信徒や地域の方も手伝ってくれるようになり、最後の墓地を直したときに、総代さんが「よし、本堂の屋根を直そう。」と、大工さんをお願いしてくれたのです。取り壊す予定だった本堂ですが、修復へと変更になったときはとても嬉しかったですね。
その後、お盆の施食会には、これまでにないくらいの人が集まりました。その際も、ボランティアの方にお茶出しや炊き出しをしていただき、素晴らしい一時を過ごすことができました。
お盆を境として、少しずつではありますが、復興に向けて家の片付けをする人も増え、地域住民から片付けの手伝いをして欲しいという声も出るようになりました。まずは地域の再生から、という思いがあったので、被災した家や畑の瓦礫撤去やリフォームする家の解体作業、伐採した木を再利用したベンチ作り等、できることはなんでもしてきました。こういった活動ができたのも、藤本さんの呼びかけや活動に賛同し参加してくれた方の口コミ、インターネット等の情報発信により、様ざまな団体や個人、いろんな分野のプロフェッショナルやボランティア経験者が駆け付けてくれたおかげだと思います。

テラセンの役割はどんなところにあるのでしょうか。

――基本的には、ボランティア活動を希望する人に対して、それぞれの得意分野に合わせた活動を紹介していくことだと思っています。いくら、私や藤本さんがここで、「ボランティアを募集しています。」と言ったところで、ニーズがなかったり、活動希望者が来なければ、何もできません。もちろん私達も活動するのですが、2人では限界があります。地域の方のニーズ、そして活動する人があって、はじめてボランティアが成り立つのだと思います。
また、ボランティアでなければできないこともあります。例えば、家の解体作業でも、時間はかかりますが、そのぶん丁寧に行うことができます。それに、業者や行政ではないからこそできることもあるのではないかと思います。例えば取り壊しが決定した家であっても、取り壊すまでの間、そこでお茶を飲んで過ごせるような状態にすること等は、ボランティアならではのことだと思います。しかし、あくまでボランティアなので、いつまでも依存されていては本当の意味での復興ではありません。あくまで復興のお手伝い、地域が復興するためのきっかけ作りだと思っています。

「地域復興のきっかけ作り」として、どんな活動をされているのでしょうか。

――震災によって、地域のコミュニティはバラバラになってしまいましたが、現在、震災前あった約1,000世帯の内、約300世帯が戻ってきています。戻ってきた彼らが、再び集える場所として、「みんなの図書館」を設置したり、地域の復興について考える集会を、お寺で開催したりしています。最初はテラセンが主導で行うのですが、地域のことですので、地元の住民が中心になるように進めています。例えば、図書館もはじめはテラセンが管理していましたが、今では地元の方が交代で管理しています。また、子どもが遊べるアスレチックを設置してほしいという要望があったので、今図書館と同じ敷地内に静岡県第一宗務所の青年会が作ってくれています。

テラセンのこれからについて、おきかせください。

――最終的にはテラセンの需要が無くなった時、本当の意味での復興が見えてくるのだろうと思います。実際に、ボランティアの需要は減ってきているのですが、看板は下ろさないつもりです。需要が少なくなってきているのは良いことだと思いますが、ニーズはいろんな形で出てくるので、その際にすぐ応えることができるボランティア団体として、続けていければいいなと思っています。
また、ボランティアに来てくださった方がたには、今回の震災で経験したこと、ボランティア活動で学んだことを他の災害でも活かしてもらいたい。ここだけで終わって欲しくないのです。現に今年の8月に山形で起きた水害では、テラセンで活動していた人が何人もボランティアとして駆け付けたそうです。テラセンで出来た人間関係がありますから、作業もスムーズに進んだと聞いています。別の災害が発生した際もすぐに動けるようなネットワークの構築もできたらな、と思います。

坂野さんは今から30年前、普門寺に20歳で入りました。当時は檀信徒さんとの関係を築くこと等、様ざまなご苦労があったそうです。コツコツと努力を積み重ねてきた結果、やっと庫裡を建てることができ、後は晋山式の挙行だという時に襲ったのが、あの東日本大震災でした。それでも坂野さんは決して諦めることなく、一歩ずつ前に進み、お寺と地域の復興に向けて尽力してきました。藤本さんはじめ地域の方がたと共に、復興への歩みは、今も続いています。

 

おてら災害ボランティアセンター(テラセン)の活動については、こちらのサイトをご覧ください。