復興支援活動紹介(8)身元不明者の遺骨を預かる住職の思い


岩手県の陸前高田市では東日本大震災によって、およそ1,700人の尊い命が失われました。高台にある普門寺では、これまでに震災で犠牲になられた身元不明者のご遺骨延べ400体を預かりました。現在も身元が分からないご遺骨12体を預かり、供養されている住職の熊谷光洋さんにお話を伺いました。

どうしてご遺骨をお預かりすることになったのですか。

――岩手県は当初、身元不明者は土葬する方針でした。火葬したくてもできない状況にあり、やむを得ず土葬という理由だったようです。その後、他の自治体の協力が得られることになり、陸前高田市は千葉県で300人の遺体を火葬していただけることになりました。そんな時、親しくしている市の職員から相談がありました。ご遺骨は体育館に安置する予定ですが、どうしたものか、という内容でした。そこで、「もしうちのお寺で構わなければ預かります」と言ったことがきっかけで、ご遺骨を預かることになったのです。
多くのご遺骨が運び込まれる様子をみていて、愛しいという言い方が当てはまるか分かりませんが、自分の身内のような、もしご健在なら、どこかで会って話しているかもしれない。少なくとも、震災のあの時間までは生きていた人がご遺骨になって帰ってくる無念さが、胸を苦しめました。だから、最初の30体のご遺骨を見た時は抱きしめたい気持ちになりました。
6月の百か日くらいがピークでした。新聞記事には360体のご遺骨を預かったと記載してありましたが、引き取られたり新たなご遺骨が来たりで、延べでいくと実質は400体くらいのご遺骨を預かったと思います。毎週引き取り手が来るのですが、知っている方ばかりなんですよ。遺族の方を見れば、亡くなった方が誰なのか分かりました。名前を見て「この人は役所にお勤めしていたな」とか、檀信徒の方でなくとも、市内の方がたがほとんどでしたし、遠くても隣の町でした。

ご遺骨を預かっているということが、新聞やテレビなどで紹介されましたね。

――身元不明者の遺族の方がたが苦しんでいる。だから私たち僧侶が供養していることを、どんな風に伝えたら良いのかずっと考えていましたので、そういった私の思いを記事にしていただけるのならということで取材を受けました。
しかし、ほとんどのマスコミが震災から百か日や半年の節目の日にどんな供養や行事をしたのかという内容で、私の思いを記事に載せてくれませんでした。そんな中、家族の行方が分からない方がどんな思いを抱えているのかをお話したら、それを掲載してくれた新聞社がありました。すると「新聞記事を見て感動しました」と、わざわざ来てくれる人がいました。また、テレビで報道されたことがきっかけとなり、線香が送られてきたり、陸前高田市とは縁もゆかりもない方が「居ても立ってもいられなくなりました」と手を合わせに来られました。
ご遺骨を預かったことで、様ざまな方と接する機会が増え、檀信徒以外の方もお参りに来るようになりました。そういう方がたの中に、北海道から来られる方がいます。娘さんを亡くされた方で、まだ遺体は見つかっていません。でも、ここに来ることで「娘がいることを感じます、肉体的に接することはできないけど、気持ちが安らぎます。本堂でお経を読んでもらうとほっとします」。そう言っていただけるのは、和尚冥利につきるな、ありがたいと感じます。

未曾有の震災の遺族と、どう向き合われてこられたのでしょうか

――「諸行無常」と言いますが、それが現実に目の前で起こってしまったのが、東日本大震災でした。昨日まで当たり前のように接していた人が、震災で突然いなくなってしまった。身内が目の前で亡くなってしまったのです。特に、まだ遺体も見つからない遺族の方がたに、なんと声をかけたら良いのか悩みました。「父ちゃんをここに連れてきてください」、「孫はどこにいるんでしょうか」と言われても何もできませんでした。
「無常」という中にあって「生きる」という希望を見出さなければなりません。震災後、大勢のボランティアや全国の消防士、警察官の方がたが駆けつけてくれたのを見た時、私は「ありがたい、これでもう大丈夫だ」と思いました。そんな安心感を遺族に持っていただくために、和尚として今できるのは、ひたすら手を合わせて供養することがとても大事じゃないかなと思いました。そう思って、遺族の方がたに「御霊を安らかに眠れる所へ送ったよ。私が毎日供養しているから、安心してください」と言ってきました。
実際、一番苦しい思いをしているのは遺族です。遺族に寄り添って、自分も一緒に苦しんだり悲しんだりしながら、共にいることを伝えていく。それが重要かなと思います。
未だに息子さんが行方不明で遺体も見つからず、ずっと葬儀をされていない方がいました。その方はそれでも、「息子がここにいるかもしれない」と言ってお盆に花を持って来られました。私はその方に対し「私がここで毎日拝んで供養しているから、息子さんは絶対成仏しているよ。」と言いました。その方は、安心し、葬儀もすることになりました。葬儀をしたら、ご家族の方の顔色が変わったのが分かりました。安堵されたようでした。我々は、戒名を授けて葬儀をしますが、葬儀に至るまでの過程がすごく大事なのです。遺族の思いを汲んでこちらから言葉をかけること、それがとても大切だと思います。
遺族の方たちの悲しみ、苦しみ、思いを引き受けること、背負えることが、和尚としての役割なのではないかと思います。

震災から2年半が経過しました。今もなお、12体の身元不明者のご遺骨を預かっておられるそうですね

――今年の2月、身元不明者のご遺骨を埋葬する共同墓地を寺院の一角に設けました。市の職員が「全員返してあげたかったね」と言いました。その言葉が耳に残っています。叶わないのなら、せめてここで、私が抱きしめてあげよう。毎日供養を、手を合わせることでその人の御霊を慰めることができるのなら、それが私のすべきことだと思っています。

熊谷さんは、身元不明者のご遺骨が運ばれるたび、胸が締め付けられたと話してくださいました。「遺族のもとに帰るまでは自分がここで抱きしめてあげたい」そんな思いを込めて、今日も手を合わせます。ご遺骨が、1日も早く遺族に抱きしめられることを願って。

曹洞宗宗務庁
東日本大震災復興支援室