筆者:カッペッリ道龍

後に仏陀になられるゴーダマ・シッダールタは、カースト制度によって極端に社会が分断された、強く激しい差別のある社会環境の中でお生まれになりました。

当時の下層階級に属する人々は、不平等、偏見や制限を受けており、お釈迦さまはこのような状況に強く反対しておりました。無我・縁起・偏りのない心を基本とする仏教の教えは、人類の歴史において革命的な出来事でありました。無我の教えは、生き物の間に隔たりがないことを教えてくれます。

お釈迦さまがお悟りをお開きになられたその瞬間と同時に、生きとし生けるものすべてが助け合わなければならないということもまたお悟りになられました。

“我れと大地有情と同時に成道(1)”は、お釈迦さまがお悟りをお開きになった後の最初の言葉でした。仏教の教えでは、差別、偏見や社会的不公平が、無知、むさぼりの心や恐怖に基づく歪んだ見方を生み出すことを示しております。

大乗仏教では、すべての生きとし生けるものの中には仏性があり、人種、性別、文化に基づくあらゆる隔てをつくりません。因陀羅網、すなわち縁起の中では、すべての個の存在は尊き真珠のようなものであり、それは同時に、近くにいる他をも真珠であるかのように映し出してくれます。

2500年の時を経た今、科学や技術は想像をはるかに超える進化を遂げましたが、状況はお釈迦さまの時代と大して変化は見受けられません。民族、宗教、文化、性別、経済、教育などを理由に引き起こされている差別や偏見は、社会のあらゆる場面に存在し、それがもたらす社会の不平等、個人の自由の制限、尊厳の欠如は、今もなおあり続けています。

曹洞宗が賛同している国連の「SDGs~持続可能な開発目標~」のひとつに「人や国の不平等をなくそう」という目標があります。私たちすべての禅の修行者には、私たちのやるべきことをするということが求められているのです。

仏道を歩む者として、不正や差別を黙って見過ごすのではなく、この現実を全身で受け止め、憎しみ、無知、煩悩によって築かれたすべての精神的及び社会的制度を認めることなく、是正するために全力を尽くすことが私たちの責任なのです。

曹洞宗の開祖である道元禅師は、1200年に日本でお生まれになった僧侶でありながら、当時多くの人間を支配していた常識的な考え方、例えば社会から取り残された人々や女性などに対する差別に、強く反対の意を示していました。その道元禅師がお説きになられたことは、今もなお、後継者である私たちに大きな影響を与えております。

アメリカ合衆国ワシントン大学の教授である遊佐道子先生はこのように指摘しています。

“Dōgen, thoroughly immersed in the spirit of Mahāyāna teaching, embraced the worldview that all beings are destined for Buddhahood—including plants and insects—the message proclaimed in the Lotus Sutra and other scriptures. As regards his position on the matter of gender, he was unequivocally egalitarian. At the start of his career as a zazen master, he was convinced that “male and female, the noble and the lowly—everyone can understand and embody the Buddha`s teaching.”(Bendowa) In his sermon “Raihai tokuzui” [“Rendering obeisance and thereby gaining the marrow of teaching”], he famously declared:

What is so precious about being born a male? Space is space; four elements are four elements; five skandhās are five skandhās; the distinction between men and women is also thus. Both genders attain awakening. What you should pay respect is to the person who attains awakening; whether this person is male or female is beside the point. “(2)

筆者と参禅者

日本語訳)道元禅師は、大乗仏教の精神にどっぷりとつかり、法華経をはじめとする経典に説かれる、植物や昆虫を含むすべての生き物が仏になるべき存在であるという世界観を主張している。性問題に関して彼は、明白に平等主義者の立場であった。禅僧として人生を歩みだしたとき、彼は『正法眼蔵』弁道話の中で、「*男とか女とか身分が高いとか低いとかという区別を問題にしてはならない。」と確信していました。『正法眼蔵』礼拝得髄という中で、彼の有名な宣言が以下のようにある。

「*男子がどうして貴いことがあろうか。空間は空間であり、物質は物質であり、存在は存在であり、女性は女性である。男子であろうと女子であろうと、真理を得るものは真理を得る。ただただいずれの場合にも宇宙秩序を体得したものを尊重すべきである。男であるか女であるとかを論じてはならない。」

これは、不公平や差別で苦しんでいる人々は、過去の不純な行いに導かれた報いを受けており、支援や援助を受ける権利すらなく、あたかもそれが悪であると考えられてきた仏教の陰湿な言い伝えを否定するものでした。道元禅師は、その生涯と教えの中で、自己を肯定すること、自身の名誉や利益を追求するための行動や考えを手放す道を強くお示しになられました。そして、それはすべての存在や感性と精神的な交流を可能としました。

私の立場から考えられることは、すべての生き物が共存する上で、ときには私たち自身のアイデンティティーが無意識に起因して、他の人々が苦しむ原因になりうることを理解すべきであるということです。私は、経済的に豊かな国に住む、男性、白人、中流階級、高学歴者としての自分自身のアイデンティティーに、どれだけ執着しているのだろうか、相手が必要とすることに心を開き耳を傾けるために、それらの執着を手放すことができるのだろうか、と時折思うことがあります。法の真理に心を開き、自分自身の属性への執着を捨てることは、確かに簡単なことではないですが、それは犠牲にするということではありません。嫌悪、無知や偏った執着により生み出される考え方などに邪魔されることなく、寛大な思いやりを持つことです。

しかし、考えてみると、不平等をなくすためには、人々がより裕福であることが求められます。そのための利益を必死に追求し、それを具現化するため人々は動くでしょう。そしてこの考え方は、地球をほぼ崩壊させることに近しいともいえます。

すみれの花

一方、仏教は、多くの富を有することが幸せな暮らしに必要なことではないと教えてくれます。そこで、最も大切なことは、様々な違った文化、芸術や宗教を通して表現する人間の豊かさや尊厳をもち、発展していくことです。

不平等を減らすということは、限られた社会の発展のあり方をすべて受け入れるために、多様性を否定することではありません。多様性を高めてすべての人々の活動を保証するために必要なことは、宇宙の解明(道元禅師が呼ぶ〝全機〟)です。それぞれの自然や文化環境の中で、それぞれのスタイルや特性にならって、個を表現し目的を追求することです。

内山興正老師はこのように述べています。

“giving expression to life means that a violet blooms as a violet and a rose as a rose . (…). What is vital here is that you give expression to the flower of your Self, the flower of here and now, and allow it to blossom as completely and as naturally as it can in every moment of your life. That flower of your Self, that flower of here and now, is your life! “(3)

日本語訳)生命に表現を加えるということは、すみれはすみれ、バラはバラとして咲くことを意味します。(中略)ここで不可欠なことは、あなたが今ここにある花を表現し、あなたの人生のあらゆる瞬間に可能な限り自然で美しくあなた自身の花を開花させることです。あなた自身の花というのは、今ここにあるあなた人生そのものです。

これが人生の豊かさと美しさであり、私たちが修行を通して無数の生き物たちに自由のもとで捧げた祈りです。

合掌

イタリア共和国ローマ 安心禅センターヨーロッパ国際布教師 カッペッリ道龍

 

引用文献
(1)『伝光録』首章 瑩山禅師
(2)『Dōgen and the Feminine Presence-Taking a Fresh Look into HisSermons and Other Writings』遊佐道子(西ワシントン大学外国語学科教授)
(3)『How to Cook Your Life: Fromthe Zen Kitchen to Enlightenment-Shambhala-』英語版道元禅師、解説:内山興正、翻訳:Thomas Wright*『現代語版正法眼蔵 第一巻』 西嶋和夫

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