まず私が最初に提案したいことは、国連に集まった世界の指導者たちが作成したアジェンダそのものを、曹洞宗の教えに照らして言い換えてみることです。

だれ一人取り残さない社会の実現を基本理念とする持続可能な開発目標は、すなわち「釈尊のアジェンダ―世界のすべての人がすべての人とつながっている―」と言い換えることができます。

ここでは2015年に国家間で署名された2030年のアジェンダと、悟りを求め、真実に目覚め、すべての存在の為に生きていこうとする菩薩の誓願とを見比べてみたいと思います。

あるとき、ポルトガルのコインブラ市に住む若いブラジル人から、関わりを持たないということは、人に関与しないことである、ということを教えられました。(ポルトガル語には、「des」という否定語があります。「desenvolvimento」で、関わりを持たない、という意味になります。)

国際幸福デーにちなみ講演する筆者

ですから、「釈尊のアジェンダ」とは、すべての人が縁に気づき、すべての人と関わりを持って生きていくことであろうと感じており、このように生きることで、健康的な生活と幸福を得ることに繋がります。

『正法眼蔵』「一顆明珠」巻で、玄沙師備禅師が、「存在しているすべてのものは、内側も外側もない明珠だけである。私たちはこの明珠の命である」と述べていることを道元禅師は引用しています。人生は絶え間ない変化の連続です。釈尊の教えに沿って、私たちはすべての存在の利益のために、働きかけ、考え、行動し、そして変化を導くことが必要です。

また、『正法眼蔵』「発菩提心」巻では、「菩提心をおこす、といふは、おのれいまだわたらざるさきに、一切衆生をわたさん、と発願し、いとなむなり。(中略)この心をおこせば、すでに一切衆生の導師なり。」と述べられています。

子ども坐禅会

菩薩の心とは、すべての存在が真実に目覚めることができるように、昼夜を問わず修行している人の心で、自身が最も深く、また最も高い状態に達することは二の次です。目覚めた者は、あらゆる存在がお互いに関わりを持って存在しているということを、身と心で感じることが可能であり、三昧王三昧の世界では、無常であるからこそ縁があり、縁があるからこそ無常であるという、いのちの本質的な特性を自覚します。この真実の目覚めから、私たちは仏道の両輪である智慧と慈悲を醸成することができるのです。

産まれた子どもが健康に成長できるようにすること。感染症の予防と治療に取り組むこと。麻薬やアルコールを乱用しないよう啓発に努め、精神の健康と幸福を目指すこと。交通事故による死亡を減らすこと。安全な性教育を伝えること。基本的な教育の機会を得ることなどもまた、すべて持続可能な開発目標です。

そして現在、新型コロナウイルスによるパンデミックにあり、すべての人のためのワクチンと医薬品の研究開発、医療財政、医療従事者への支援を拡大する必要があります。国内外におけるリスクを早期に発見し、問題を解決するには、各大陸で最も脆弱な立場にいる人々をケアし、開発途上国に利益をもたらす必要があります。これらも持続可能な開発目標とは別物であるということはできません。

劇場で大般若祈祷を修する筆者

私が暮らすブラジルでも、例に洩れず、新たな変異株が現われ、医療機関が崩壊し、待合室で助けを得ることなく人々が亡くなるケースもあり、世界的な危機の中心であると見なされています。新型コロナウイルスによる感染症と後遺症によって引き起こされる病気に対処するための適切な計画、処置の欠如に加えて、多くの国民からの協力を得られておりません。

そのため、急速な感染拡大を抑制することができず、感染者や死亡者の増加により、土葬や火葬といった従来の葬儀システムは追いつかず、またワクチン接種は未だ不十分であります。その上、自分自身のことだけを考える「我が儘」もまた大きな問題となっています。とても残念なことに、科学、医療、衛生に関する指導を無視する人たちも存在します。

このように個人的・社会的な現実を変える教えと出会わなかった人たちは、自分たちの個人的な利益の中に閉じこめられており、皆の善がそれぞれ個人の善でもあることを忘れているか、もしくは知りません。

国際女性デーにちなみ講演する筆者

しかし、この状況を改善するための希望は確かに存在しています。お互いが連携することで食べ物や薬を共有し、自分自身とすべての人を守っていこうとする人たちも多くいます。現実をそのまま、かくのごとくに見ることができる一人ひとりが智慧と慈悲の教えを実践することで、他者を尊重し、皆を和合の世界へと導くことができるのです。今この瞬間には、状況が変わっているように感じることはまだできませんが、今あるこの瞬間は過ぎ去り、これから来る新しい瞬間を変えるのは、私たちの積極的な行動にかかってくるのです。

道元禅師は『正法眼蔵』「発菩提心」巻で、私たちには、「質多心」、思慮分別する心、つまり、親切で思いやりのある、賢明で利他行への目覚めの出発点となる、この心が必要であると述べられています。

誰もが釈尊や菩薩と同じ智慧を実践し、それぞれが互いに乳水の如く和合し、尊敬の念を持ち、すべての人がすべての人々を思いやり、皆ともに「釈尊のアジェンダ」が実現されることを願ってやみません。

合掌

南アメリカ国際布教師 ソーザ孤圓

 

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