ふくしま故郷再生プロジェクト現地聞き取りレポート(7)  人権擁護推進本部


寺院住所
福島県大沼郡会津美里町
協 力 者 住職(代表役員)
訪 問 日 2013(平成25)年7月10日(水)
位  置 東京電力福島第一原子力発電所から西方約100㎞
地区指定 無指定
放射線量 室内(庫裏内)  0.091マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値  0.797ミリシーベルト

屋外(境内地) 0.162マイクロシーベルト毎時 年間推定積算値  1.419ミリシーベルト
備  考 当寺の近郊は、警戒区域・避難指定は受けていないが、局所的に高線量ポイントあり。当地区では原発近郊住民の避難を受け容れてきた。


ふくしまの声 ―聞き取りまとめ ~地震・避難受け容れ・参拝激減・疲弊・疎外感~

――ここは、原発からどの位の距離がありますか?

「一〇〇キロはあります」


――
一〇〇キロ離れているのですか。当初は、原発から数キロ離れたら安全だと言っておりましたけれども、とんでもない話ですね?

「そうです。原発爆発後、アメリカでは、80キロ圏内に入るなって、あれが正解ですね。ちゃんとアメリカも分かっていて、それを言っているんですから。日本政府もある程度分かっていながら、結果的には握りつぶしでしょう。政府は『安全、安全』という気休めの言葉だけでしたから」


――3月11日の地震は、どのような状況でしたか?

「地震の揺れは凄かったですよ! 何でこんなにその長いのかなと。私はグラグラと来たから、うちの家内と外で何か作業していて、私、全部戸を開けて出たんですよ。本堂の前に出た。まだ雪がありました。やっとの思いで、足を踏んばっていましたが、ようやく引き返しました。隣の重要文化財の観音堂を見ましたら、観音堂の揺れが凄いですよ! 観音堂が潰れなければいいがなぁと思って、観音堂が潰れたら、日本列島駄目だと!……結局は持ちこたえましたが」


――建物の構造じたいは壊れなかったのですか?

「大丈夫だったですね。昔の建物ですから、釘は使っていない。はめている板がはずれたり、壁にひびが入ったり、周りの犬走りが破損したり、見た目は立っているのですが、後でかなり修繕が必要になりました」


――福島県内で、お墓が倒壊・破損したり、土台からずれていたりということがあるようですが、当地では?

「お墓は、雪があったので大丈夫でした! その年に限って、雪がものすごく降ったんです。そのために、墓石が雪の中にすっぽりと入っていたものですから、お墓はほとんど被害はなかったようです。ただし、観音堂前の灯篭の傘が落下しました。下が雪だったので割れたりはしませんでした」


――避難している寺族さんや地域の檀家さんとかはいらっしゃいますか?

「事故当初は、寺族の一部が関西に避難していましたが、すぐに戻ってきました。当地ではとくに避難はしていません。むしろ浜通りの住民を受け容れていました」
「この町には、N町から避難者が来て、T地区の工業団地の予定地に、今、仮設住宅を作ってありますね。数百人規模ではないですか」


――お寺で避難の方を受け容れたということは?

「3月11日の次の晩かな? この寺に避難して来たのは多い時で約20人くらい。浜通りにうちの親戚がおりまして、親類は春のお彼岸過ぎまでここで生活していました」


――ここで放射線量を測りますと、0.08~0.09マイクロシーベルト毎時で、室内ではあまり高くないようですが?

「数値はさほど高くはないのじゃないかと思います。そうみなさんお考えでしょうが、この地区でも、局所的に放射線量の高いところがあるんですよ!」


――放射線量計はどのように?

「こんなことはあまり言いたくはないのですが、宗務庁さんの放射線量計は、福島の宗務所に来ているんですけれども、どういうわけか、会津は貸してもらえないんですよ。……(線量が比較的低いということで)……私なんかは貸してもらいたいですね。だって参拝のお客さん相手ですから。貸さないなんて、誰が決めたんだなんて教区長に言ったら、『いや、そういうふうに決まっちゃったんだって』と言うの。例えば若松もあるし、坂下もあるし、高田もあるし、そういうところだってあるんだから、会津は放射線量計要らないって、何でそういうことができるんだという感じで言ったんですけれども。役場の方では、1年か2年過ぎたら今度は貸すとか言うけど、もう遅いですよ」


――全寺院には無理だとしても、たとえば会津に何台か預けておいて、お寺さんが借りにきて測るというようなことはできますね

「今では、県でも3ヵ月に一遍くらい測りに来ますので、計測器持っていなくてもかまわないのですが、ただその最初の頃に、貸してもらわないと困ります。放射能は影も形もないから、全然分からないでは不安ですから」


――原発爆発事故から皆さんの健康上の被害はありますか?

「当地は警戒区域でも避難区域でもないですから、直接的な健康被害ということはありません。いわきに住んでいた高齢の親戚を関西に連れて行ったのですが、環境が変ると体調がくずれましてね。言葉も通じないし、暮らしの習慣もちがうので、相当にストレスだったのでしょう。さいわい、いわきに戻ってから、真っ白だった髪の毛が黒くなってきているんです。関西に避難している時より元気になりました。やはり年寄りにとって、故郷は気持ちのうえで楽なんじゃないかと思います。当初は、いわきも人が生活できる状態でなかったし、避難しなければならないということで、とにかくあの時はひどかった」


――震災や原発事故以降の寺院の活動にはどのような影響がありましたか?

「たしかに、建物が倒壊しているわけではなく、地区で集団避難しているわけではありませんから、目に見えるような被害はありません。ですが、当寺は観音霊場ということで、参拝者は年間1万人以上も激減しています。これはこたえます。毎年6月には近隣の神社のお祭りがあり、それに合わせての観光・参拝がありますが、震災・事故以後、ほんとうに減っています。当寺の経営はとても厳しいのです」


――原発の問題などで、檀家さんもいろんなご苦労されていると思いますが、ご法事などはどうでしょうか?

「極端に減ります。法事もお布施も。観音さまのお参りも少なくなりましたから、月給も減らしました」


――当地は農業が主体でしょうが、経済的被害はどうですか?

「会津は気候がきびしいので稲作中心ですが、会津の米も『福島産米』というブランドになりますから、出荷時期や売却値段で障害が出ていますね。残留放射能の測定を農協が一台の機械でやっていますので、年内で測りきれない場合もあります。年を越したら、すべて古米で値段は格段に下がります。一日でも早く流通にのせたいのですが、検査に時間がかかりすぎる。出荷停止だとか生産禁止だとそれなりの補償・賠償はあるのでしょうが、それが当地ではない」


――寺院・境内地での除染は?

「とくにしていませんし、その計画もありません」


――線量の高いところもあるとお聞きしましたが、この地区で放射能を取り除くということはありますか?

「近くの幼稚園が放射線量が高くて、芝生を全部剥いだんですよ」


――比較的線量が低いとされている当地でも、まだら模様で高いところもあれば、ほとんど影響もないところもある?

「ここから一キロも離れていませんが、運動場なんかも線量高くて駄目だったんですね。あと各部落、ここはやらないのかな、どうか分かりませんが、いくらかでも高いところがあるんですよ。この地区でも。放射能汚染の影響がないわけではない」


――福島県内の除染事業についてどのようなお考えですか?

「今度、除染またやるみたいですけれども、そんなこと私は除染しても駄目なんじゃないかと思いますよ! だって、相変わらず放射能出ているんですからね、あの偉い人というか、議員の人たちは何とも言わないけれども、放射能出ているんですよ、どんどん。出ていても何にも言わなくて、除染だ除染だって、除染やったって同じだと思いますよ」


――中通りから浜通りにかけての国道を除染しておりますけれども、道路から10メートル、20メートルの除染です。だから、山林から放射能がまた降ってくる

「本当にそうです。だってまともな対策がないんですもんね。出ているのに、出すなとは言えないんでしょう。そもそも国が悪いのか、東電が悪いのか、どっちも何も言ってないでしょう」


――放射能汚染や原子力発電についてのお考えをお聞かせください

「いわきから避難して東京へ行った人なんか、車に『ガソリン入れてくれ』って言ったって、ガソリンを入れてくれない。そんな、自分らだって電気使っているじゃないかって、そう言いたいですよ! 私らは、この原発事故にならない前は、うちらの方にも原発で発電された電力が来ているのかなと思っていたんですよ。知らないんだからね。福島にも電気来ているのかと思っていた。ところがそうじゃない」
「東京・首都圏に全部の電気が送られている、それで被害はここで受けているんですからね。ひどいですよ! 最近、国会議員の人が『原発で死ななかったから良かった』なんて、とんでもない話ですよ! いや、そんなこと言うべき問題じゃないし、我々から考えると、そこの地域に来て住んでみなさいと。例えば一週間とか10日間でも住んだら、その不便さとか何かが分かってそんなことが言えるような状態じゃないでしょうと。ただ見てないし、聞いている位だからよけいそういうことになるじゃないですか」
「浜通りの人たちは、我々より、ものごとをはっきり言うが、それでもああやってじっと辛抱我慢しているのですから」


――たしかに放射能での即死者はいないにしても、避難している時に、お年寄りや病人が亡くなっているわけですからとんでもない暴言ですね。原子力発電に関して何かご意見ありますか? 再稼動のようなことも言われておりますが?

「増設はもちろん、再稼動とかは、福島では駄目でしょう! 難しいと思いますよ。絶対に駄目だと思いますよ。これは宣言しても良いと思いますので。住民の命と原発とどっちが大事なんでしょうかね。自分らの利益だけを考えているんなら、ちょっとおかしいと思います」


――福島に限らず、他のところでも古い原発をどんどん再稼動しようという動きがありますが、福島の体験からは?

「絶対やらない! 論外です。我々だって反対します。何も影響ないなんて言いますけど、風評やら何かで被害ありますし、あれだけなってしまったら、廃炉にするにも40年・50年かかるんですから」
「一番いいのは、うちの副住職も言っているんですけれども、そんなに安全ならば原発は)東京湾に作るべきだと…(笑)…自分のことは、自分でやればいいんです」


――福島では原発事故以前、学校や地域の研修で、東京電力福島原子力発電所の施設を見学することが多かったとお聞きしましたが、その時の感想などありますか?

「私も見学したことはあります。私の同級で、東電に勤めていた友人がいました。その人がまだ顔がきくうちに見学に行ってこようかって、原発施設見学に行ったんですよ。そしたら、安全なところだけしか見せません、肝心なところは見せないですよ。原子炉がここにあって、例えば頑丈なコンクリートの壁がこうなっているから、絶対大丈夫ですよって。だけど、それ実物じゃなくて、模型ですからね、肝心なところは見せないと。『安全・安心』というところしか見せませんよ。私ら何も知らない素人でも、絶対安心だなんてことはないと思いますよ!」


――お寺で原発事故に関連して補償などの請求はなさっていますか?

「独力でやろうにも不慣れですし、弁護士に頼むと費用もたいへんです。知り合いの宗侶Yさんにお願いしています。賠償や書類作成にとても詳しい方で、曹洞宗以外のお寺からも頼りにされているそうです」


――宗費の減免のようなことは、会津の辺りではお寺さんはなさっていますか?

「当寺では申請していませんし、近隣でも宗費減免はないと思いますよ。建物が倒壊とか津波で流されたというような甚大な被害ではありませんので」


――金銭面での補償や賠償でも解決できないことも

「お金もらうんだったら、元に戻してほしいと思います。生まれ育ってきた故郷を出なければならないとしたら、精神的にまいるんじゃないですか。檀家さんがあって、その檀家さんがお墓を掘り返して持っていくというわけにはいかないですね。もうどうしてくれるんだと」


――会津だけに限らず、原発事故後、福島県はどのように見られているとお考えですか?

「大体は福島を無視しているんじゃないですか! 偉い人たちは『福島を早く復興しなければならない』って口では言うけれど、内心はそんなことじゃないと思いますよ」
「会津のことを言わせてもらいます。今、(NHK大河ドラマ)で『八重の桜』やっておりますよね。あの戊辰戦争があったために農業形態が百年遅れているんですよ、会津は! だから私はよく言うんですけれども、あの『賊軍』の軍旗を持ったおかげで百年遅れているんだと。今は、流通が何とか良くなったから、どこのものでも全部入ってきましたけれども。首都圏への電力供給で原発作られて、こんな事故があって、ますます酷いことになっている。会津若松まではある程度持ち直しているかもしれませんが、郡部は疲弊しています」


――宗務庁に対してでもいいですし、あとは社会全体に向かって要望やご意見がありましたら、率直におっしゃってください

「やはり一言言いたいのは、皆さんたちが『自分たちがいるのは、我々(地方寺院と檀信徒)があるからだ』ということを忘れないで欲しいということです。地方があって、檀家さんがあって、一番上の人があるんだということを忘れないで欲しいなと思います。我々なんか、こんな小さいところで細々とやっています。そこへ震災だけでなく原発事故でしょう」

ふくしま余韻 福島と東京とを結ぶもの

「ふくしま故郷再生プロジェクト」聞き取りでは、これまで福島県中通り4寺院、浜通り2寺院を訪問しました。今回は、東京電力福島第一原子力発電所から西方約100キロの位置にある会津寺院の声をお届けします。

高濃度放射能汚染で、平穏な暮らしが破壊されているわけではありませんし、むしろ原発隣接町村の避難を受け容れている地域です。その意味では、中通りや浜通りの実情とは異なり、観光や農産物等への風評被害を除けば、原発事故の影響・被害は比較的少ないと考えられてきました。

しかし、それは偏った一面的な見方かもしれません。

2011年3月の原子力発電所爆発事故から始まるさまざまな出来事や苦難は、「天災」「科学技術」「福島」という局所的な問題だけではありません。むしろ、そのようなかかわりをなかば強いてきた「東京」「電力会社」およびそれを強力に推進してきた「国策」自体の問題であることが分かってきました。

ご住職は、師父の代から中通りと浜通りに親類がいらっしゃいます。縁あって、会津のこのお寺へ避難してこられた大勢のご親戚をしばらくお世話なさっていたそうです。そのような縁と経験からご住職はある政治家の言葉にたいへん憤っています。

それは、政権与党の要職にある国会議員の次のような発言です―「事故を起こした東京電力福島第一原発を含めて、事故によって死亡者が出ている状況ではない……安全性を最大限確保しながら(原発を)活用するしかない」―この発言に対して、住職は「とんでもない話ですよ! いや、そんなこと言うべき問題じゃない。現実を見なさい」と反論します。この政治家は、原発爆発事故以降の作業員の死傷や、避難途中での事故関連死や自ら命を絶った人々を知らないはずはありません。しかし、即死者が確認できないというだけで、死者はないことになってしまう。

誰の目からも明らかな被害の現実がありながら、政治的意図に曇らされた偽りの言葉が綿雪のごとく降り積もり、事実の輪郭どころか存在さえも消去されていく―あたかも一国の首脳が五輪誘致の手段として、「(汚染水の)状況は制御できている。東京には今までもこれからも何のダメージもない」と言い放ったことを髣髴(ほうふつ)とさせます。

福島の過酷な現実を隠し、東京と呼ばれる何かを押し出そうとする関係を見直さなければなりません。

(人権擁護推進本部記)