梅花のこころ~梅花流詠讃歌~ ─ 「戦災精霊供養御和讃」一番 ─


毎月発行の『禅の友』では「梅花のこころ~梅花流詠讃歌~」と題しまして、梅花流詠讃歌の曲をもとに、解説や執筆者の想いなどを紹介しています。今月は梅花流特派師範、千葉県新井寺、松井量孝先生による、「戦災精霊供養御和讃」一番のお話です。

 

あのあのときあのほのお    戦火せんかきし被災地このまち

さかゆる今日きょうかえれども   かえらぬ生命いのちいかにせん

            戦災精霊供養御和讃せんさいしょうれいくようごわさん」 一番

 

この曲は、広島や長崎の原爆犠牲者をはじめ、戦災に遭い、亡くなられた方々へのご供養のために作られた御和讃です。1981(昭和56)年に広島県で発表されました。

この歌詞に向き合うたびに、中学校の修学旅行で「原爆ドーム」を訪れたときのことを思い出します。写真やテレビで何度も目にしていた原爆ドームでしたが、実際に原子爆弾が投下された地で目の当たりにした姿は、あまりにも衝撃的でした。

一瞬にしてたくさんの人の生命や美しい街の風景を奪った戦争の恐ろしさや惨禍が伝わってくるようで、戦争を知らない世代のわたしは、言葉を失い、しばらくその場に立ち尽くしていました。

戦災で亡くなられた方々の苦しみや恐怖、無念さは、はかりしれません。また、大切な人を喪い、生きていく希望も失った人々はどんな気持ちで毎日を過ごしていたのでしょうか。このことにおもいを巡らせるとき、「帰らぬ生命いかにせん」という歌詞の重みを感じずにはいられません。

梅花流詠讃歌の「お誓い」に、「私達は梅花流詠讃歌を通して、仲よい生活をいたします」とあります。詠讃歌を通じて一仏両祖様のみ教えに出会い、そのみ教えを実践するところには、他者への感謝と思いやりにあふれる「仲よい生活」があります。その仲よい生活こそが、平和な世界へのはじまりといえましょう。人任せにするのではなく、いま、ここの、わたしたち一人ひとりのおもいと実践の積み重ねが、世界の平和につながっているのです。

皆さまもどうぞご一緒にお唱えいたしましょう。


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