【人権フォーラム】ヘイトスピーチとSNS


「ヘイトスピーチ、許さない」



このフレーズをご覧になったことはありますでしょうか。これは、法務省が行っている「ヘイトスピーチに焦点を当てた啓発活動」で使用されている言葉です。
法務省によれば「特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に、 日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの一方的な内容の言動」が、一般的な「ヘイトスピーチ」を意味するとしています。

具体例としては、日本に在住する外国人に対し、「母国に帰れ!」「○○人はゴキブリだ!」などという侮辱や、具体的な情報もなく犯罪と結びつけたりするような表現のこととなります。そして、こういった極めて攻撃的な表現を使ってデモを行う集団が、社会問題となっています。
2016(平成28)年には、日本国籍を持たない人々はもちろん、国籍があっても、日本以外にルーツを持つ人々に対する不当な言動の解消に向けて、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」(通称:ヘイトスピーチ解消法)が施行されました。
また、『広辞苑』第7版を引いてみると、「ヘイトスピーチ」とは「特定の民族・宗教・性別・性的指向などへの憎悪を表す差別的・暴力的な発言・言説。」とあります。法律で定義されている本邦外出身者に向けた憎悪表現だけでなく、部落差別や男女差別、職業差別などに関する表現も、ヘイトスピーチに含まれるといえるでしょう。
また、人々を扇動していくような行動もヘイトスピーチに含むことがありますので、単純に攻撃的な言葉だけではなく、憎悪を拡大させるあらゆる表現はヘイトスピーチといえます。


SNSによるヘイトスピーチ
もし、海外のFacebookやTwitterなどの、ソーシャルメディアに次のような文章が載っていたらどう思われるでしょうか? 
「すぐ嘘をつくから日本人は嫌われる。それで日本人が嫌いになったとつぶやけば、たちまち反日だの、ヘイトだのと攻撃されるけど、日本の政治家や有名人の発言、責任の取り方など、事例1つとっても、嫌われる原因は日本人にある。日本嫌いを減らしたかったら、嘘をつく日本人を懲らしめるべきだ!」
さて、この意見はヘイトスピーチなのか、正しい意見といえるものなのかどうかを考えてみたいと思います。
まず、民族と行動を結びつけようとしている点はどうでしょうか。
この文章では、1人の日本人の嘘を、日本人全体の問題に波及させようとしています。実際に、1人の日本人の悪事によって、日本人が偏見にさらされるということはあり得ることですが、だからといって全体を嘘つきと断じていいわけではありません。
次に、嫌われる原因は日本人にあると述べている点はどうでしょうか。
どの国でも嘘をつく人はいるでしょうし、政治家や有名人の不祥事はあるはずです。あらゆる国で悪事は行われています。
各国を比較すれば、日本人の特徴らしきものは導けるのかもしれませんが、時代によっても特徴は変化します。仮に、全世界で調査を行い、日本人が突出して嘘つきであるという事実が判明したのであっても、嘘を吐かざるを得ない環境が原因かもしれません。日本人という属性が原因かどうかは分かりません。
今まで見て来たように、先の文章は、日本という特定の国に対する憎悪が表現されており、日本に対するヘイトスピーチといえるでしょう。


差別の言い訳

もし、先の文章を書いた人物に批判が集まり、次の弁明をしたとします。
日本人を自認する方はこのセリフをどう捉えるでしょうか?
「私には日本人の友人がいる。だから日本のことは、よく分かっている。差別しているわけではないんだ。」
実はこの「私には○○の友人がいる」という弁明方法は、差別者が自分を正当化するために使うフレーズとして有名なものです。
その昔、黒人差別をした人が批判され、自分を正当化するために「私には黒人の友人がいる」という言い訳をすることがありました。これは「I haveblack friends」論法といわれ、差別の言い訳にならない言い訳として有名になりましたが、未だによく使われる表現です。
この論法を使った弁明を聞いて、すぐに思い付くことは、友人だとしたら余計に許せるような問題ではないということです。相手のアイデンティティになり得る、出身国を侮辱するということは許しがたいことであり、人格権の侵害となります。
当たり前のことですが、友人がいるから差別をしない、偏見を持たないという根拠にはなりません。そもそも、差別の弁明をする人物が勝手に友人と呼んでいるだけかもしれないのです。
この人物が一方的に友人と呼んでいたとしたら、相手にとっては迷惑なだけでしょう。


インターネットの功罪
SNSによるヘイトスピーチは、社会的にも問題になっています。この問題の特徴として、直接被害を被った体験が語られることがほとんど無いことがあげられます。先の文章にも、日本人に嘘をつかれたという話はされていません。つまり、風評によって得た知識だけで嫌悪しているかもしれないのです。
この点には、インターネットの功罪が見えてきます。情報技術の発達によって、離れた場所の情報が容易に手に入ることになりました。また、情報発信も容易になり、今までマスコミが扱わなかったような事柄が、個人から発信されるようになり、様々な種類の情報が溢れています。
しかし、情報量が増えた分、デマに惑わされる確率も上がってしまったのです。また、デマではなかったとしても、個人から発信されている情報は、他者の目を通していないため、一方的な意見になりがちです。現場の声を示す情報として重宝される反面、一方的な意見となり、物事の一面だけを切り取ってしまうことが多くあります。

基本的に、私たちは自分の偏見や趣向に合わせて情報収集をします。自分では多角的な視点で情報を集めていると思っていても、自分と似たような意見を大量に集めてしまう場合があります。インターネットは1人で黙々と行うことが多いので、他者の視点が入りづらく、自分の偏見に気付きにくいため、情報に偏りが生まれやすくなっています。
先の文章のようなヘイトスピーチを行う人物には、日本という国に対して嫌悪感があったと考えられます。もし、これが日本人に直接嫌がらせを受けた結果ならば、ある意味で当然の反応かもしれません。もちろん、褒められるような行為ではありませんが、日本嫌いだからこそ、ネガティブな情報を集めてしまい、結果としてヘイトスピーチを行ってしまうということは考えられることです。しかし、直接の体験もなく、インターネット上の情報のみによって嫌悪感を募らせていたとしたらどうでしょうか。
嫌悪される側の日本人の立場からしてみれば、少しも納得できない許しがたい行為といえるでしょう。


実体験ではなく情報に踊らされる
実は、ヘイトスピーチデモ参加者への調査では、情報だけで憎悪を募らせてしまった人が多かったことがわかっています。
聞き取り調査を報じる記事では、インターネットで情報を集めている内に、特定の国への嫌悪感が募ったと述べる者が多かったとされています。また、自分の集めた情報を拡散し、同じような偏見を持つ人々と交流しながらデモに参加していたようです。
つまり、彼らは実体験を経て嫌悪感を持ったのではなく、インターネットで情報を集める内に憎悪を肥大化させ、同じ日本で生活する人達に憎悪をぶつけてしまったのです。
2017(平成29)年には、在日コリアンである弁護士の方々が、身に覚えのない懲戒請求を大量に受けた事件が起きました。あるブログを発端とし、在日コリアンに対する一方的な情報を信じてしまったブログ読者が、弁護士会へ懲戒請求を提出したのです。
提出者の中には、裁判所から損害賠償を命じられた者もおり、偏見に基づく不当な差別が行われたと判断された事件です。
この事件では、約950名もの人間が請求を行っています。彼らの傾向として、正義感が強く、比較的時間に余裕のある人間だったと報じる記事もありました。ヘイトスピーチ情報に踊らされた結果、懲戒請求を行うことが日本を守ること、日本を守る自分は正義だと信じてしまったのです。


SNS利用者への注意喚起

今まで述べてきたような経緯から、総務省が運営する「国民のための情報セキュリティサイト」では、インターネット利用者への注意喚起が記載されています。寺院のホームページを運営されている方には参考になりますし、SNSを利用する方は確認すべき内容となっています。
現在、SNSを使った僧侶によるヘイトスピーチの事例がいくつか確認されています。宗門でも、曹洞宗宗侶と見られる人物がヘイトスピーチを行っているという通報がありました。
通報内容を確認したところ、特定の国に対する侮辱と思われる投稿を拡散しており、かつその内容がデマだと判明しました。また、その他の投稿内容を見ても、特定の国に対する嫌悪感が表現されていたため、その投稿を行っていると思われる宗侶を確認することとなりました。
まず、その宗侶が所属する宗務所の人権擁護推進主事に連絡し、投稿内容の確認をしていただきました。その結果、通報のあった宗侶本人の投稿でほぼ間違いないことが分かりましたので、その宗侶に対し注意喚起を行うこととなりました。
また、当該寺院に対し、匿名の無言電話等が行われていることが分かっていたため、宗侶や寺族の安否確認と合わせ、人権主事に直接訪問していただきました。訪問では、宗侶本人が投稿したのかを確認した上で、投稿内容がヘイトスピーチと認められること、投稿には虚偽が含まれていることなどを直接本人にお伝えしています。
曹洞禅ネット内の寺院専用サイトに「SNSを利用した情報発信に関する注意事項のお知らせ」の記事がありますので、次頁に転載いたします。


SNSとの付き合い方

『正法眼蔵随聞記』には、僧侶の指針としてこのような教えがあります。
  学道の人、ことばいださんとせん時は、
  三度   みたび顧りみて、自利利他のために利あるべければ是れを言うべし。
  利なからん時はとどまるべし。是の如き、一度にはしがたし。
  心に懸けて漸漸ややややに習ふべきなり。

  (『道元禅師全集』「正法眼蔵随聞記」一ノ三) 

仏道を学ぶ人であれば、言葉を発するとき、何度も顧みて、自利利他のために発言すべきであり、ためにならないときは発言を止めておくべきだとお示しです。他の箇所でも、自分の言動が自利利他に叶うかどうかを何度も顧みるべきであると仰っています。
丁々発止の会話の中では、自分の発言をいちいち顧みるのは大変難しいことだと思います。何より「利」とは何かを考えると途端に分からなくなります。しかし、SNSへの投稿をする時ならば、必ず立ち止まって、ゆっくり考えられるはずです。
そして、すぐにできるようにはならないから、普段から意識し、段々とできるように練習していくべきだ、ともお示しになっています。
SNSでの発信は、何度も顧みる練習にはうってつけです。今回の人権フォーラムでは、インターネットの危険性が強調されているので、情報発信に対して消極的になってしまうかもしれません。しかし、情報発信が危険なのではなく、そもそも発信する内容に問題があり、その問題を発信してしまうことが危険なのです。
普段の生活の中で、言葉にすべきものを考え、何度も吟味してから投稿をすることができるようになれば、デマやヘイトスピーチなどの、粗悪な情報に踊らされるようなことはなくなっていくはずです。
インターネットはとても便利な道具です。しかし、ただの道具ですから、使い方を誤れば危険なものにもなります。特に、情報収集と発信に関しては、自分や他人の偏見を増長させてしまうことを理解した上で利用する必要があります。

(人権擁護推進本部記)