【International】北アメリカへ特派布教に赴いて


両大本山北米別院禅宗寺

9月13日から24日までの12日間、北アメリカでの特派布教の機会をいただきました。

教場は、カリフォルニア州のロサンゼルス、サンディエゴに隣接するナショナルシティ、サンフランシスコを中心とした6ヵ所で、日系人の信者の方が多い寺院が3ヵ寺、参禅に主眼をおいたアメリカ人中心の「禅センター」と呼ばれる道場が3ヵ寺でした。

本年度は管長告諭に坐禅を中心とした信仰生活をと謳っておられたことから、演題は「今ここをどう生きる~一・五人称の関わり~」として、自分と相手との壁を取り去り、二人称ではなく、一・五人称の関わりを持って生きていくことの大切さや、素晴らしさを一仏両祖の教えを通してお伝えしようと臨みました。 15日、最初の教場は北アメリカに於いて最初に開かれた寺院であるロサンゼルス両大本山北米別院禅宗寺で、日系人信者の多いお寺でした。彼岸法要に併せて、御詠歌の奉詠があり、子どもたちが参詣者におはぎを配るなど、家族皆でお参りしている様子がとても微笑ましく、日本のお寺で失われつつある檀信徒との繋がりの深さを感じました。

ロングビーチ仏教会

法話は彼岸法要後に行われ、通訳は国際布教師のマクマレン懷淨師が務めてくれました。今回が初めての通訳だったそうですが、学生時代の2度の日本への留学、日本の僧堂での安居経験もある方で、非常に分かりやすく、感情も込めて通訳をしてくれました。どのような反応を示されるか不安の中、手探りの状態から法話が始まりましたが、一緒にジャンケンをする場面や「はきものをそろえる」という詩を日本語、引き続き英語で一緒に唱えてもらう場面では、皆さん積極的に協力をしてくださいました。これはどの教場でも共通したことですが、皆さんの反応がよく、熱心に聞いてくださるので、とても話しやすい雰囲気の中で法話をすることができました。

ZCLA(禅センターオブロサンゼルス)仏真寺

また、各禅センターでは、現地の国際布教師が坐禅を中心に布教活動を行っていて、ゲルと呼ばれるモンゴル式住居の坐禅堂や、一般の住居を改造した坐禅堂で坐禅をした状態での法話となりました。

禅センターの参禅者によっては、境内地に隣接するアパートに住み、日中は普通に働いて、朝や夜に集って坐禅を定期的に行じていることにあわせ、法話の時間も午後6時や7時頃からとなりました。まさに、普段の生活の中に坐禅が根付いているという印象であり、道元禅師が『学道用心集』でお示しになられた「参禅学道は一生の大事なり」という教えを実践している様子をうかがい知ることができました。

スウィートウォーター禅センター・光泉院での茶話会

法話の後には、どの教場でも茶話会を開いてくださいました。和やかな雰囲気の中で、簡単な質疑応答の時間を設けたのですが、その中で考えさせられる問いがありました。

「自分が辛いときに、人に何かをしてもらうことに抵抗があるが、どうしたらいいか。」というような質問がありました。私は「そんなことはないですよ、甘えればいいんです。」と訳して答えてもらおうとしましたら、通訳の懷淨師が困った顔で「甘える」という日本語を英語で表現することは難しいと言われ、頼るとか信頼するという意味の「depend」に言い換えるなど、通訳に苦慮していました。また、食事の際の「いただきます」や「ごちそうさま」にあたる適当な英語もないそうです。「二人称ではなく、一・五人称の関わりを持って生きていくことが幸せに繋がってくるのですよ」と伝えてもらいました。

バークレー禅センター・祥岳寺

また、日本人のある国際布教師が「こちらでは、お寺を信仰の拠り所とするより、僧侶個人を崇拝する気持ちが強く、僧侶次第で信者の数も増減すると思います。これからの日本の信仰の在り方の参考になるかもしれません。」と語っていました。同師は、自らお寺の名前の入ったエプロンを掛け、率先して檀信徒とともに作務をし、法要になると法衣に着替えて、檀信徒をリードしている姿がとても印象に残っています。いずれの教場においても、国際布教師が自ら率先して、檀信徒の輪の中に入り、共に仏道を歩む姿がありました。

慈光寺で乙川弘文老師の墓参

私は、この度の滞在において、iPhoneなどを開発したApple社の創業者であったスティーブ・ジョブズ氏を禅の世界へ導いた、故乙川弘文老師とご縁のある寺院への訪問や、関係者とお会いできたらと願っておりました。

弘文老師は私が小学生の頃には大学院生で、私の伯父が住職をしていた寺院の後任候補者となり、知野弘文と名乗りました。本の山に埋もれて勉学に励んでおられる姿がとても印象的で、子ども心にすごいお坊さんだなあと思ったものです。そして大本山永平寺での安居の後、推挙されて国際布教の為、渡米されましたが、平成14年、池で溺れた娘さんを助けようとして自らも溺れ、帰らぬ人となりました。

しかし、弘文老師については、僧侶だけでなく信者の方々も今も鮮明に覚えておられ、禅への導きをいただいたことに感謝の気持ちを示しておられました。また、弘文老師の開かれた寺院である慈光寺を訪ね、弘文老師と娘さんが一緒に埋葬されたお墓をお参りすることができました。

日本から8000キロメートルも離れた場所で亡くなってから、17年もの歳月が流れた今も、師の教えが息づいていることに悦びをおぼえ、禅の教えの素晴らしさを確信してまいりました。

宗門の若い僧侶の中から、高い志を持って海外でのZENの普及に取り組む方が出てくることを心より願うとともに、この度の特派布教でお世話になった方々へ深い感謝の意を表して、特派布教の報告とさせていただきます。

サンフランシスコ・桑港寺での集合写真

合掌

(記:特派布教師 新潟県 東龍寺住職 渡邊宣昭)

 

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