【人権フォーラム】新型コロナウイルス感染症の世界的流行によせて~不安と差別心理~


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世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の世界的流行(パンデミック)を宣言したのは3月11日のことになります。その後、4月7日には日本政府より緊急事態宣言が出され、その後対象区域は全国へ拡大。各地で自粛、防疫の機運が高まりました。

人から人へ感染し、ひとたび重症化すれば命にかかわる感染症が流行を見せているとあって、日常的な人、物の行き来に留まらず、個人の精神的な部分にまで大きく影響を与えています。

それは自分を含む家族が罹患するかもしれないという不安や、長引く非常事態による仕事や子育て、日々の生活から果ては経済や政治への不安です。さらにこうした不安が恐れとなり、また自粛の日々が苛立ちを生んでいると考えられます。

こうした場面では他者を否定する言説が流れやすく、過度な人権制限すら許容するような風潮が生まれることに注意しなければなりません。緊急事態、非常事態といえども守られねばならないものもあります。

今回の感染症へ対応する根拠の一つともなる「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)」の前文にはこのように記されています。

(前略)一方、我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。

このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。(後略)

日本では特定の病に罹った人の権利を法律で制限してきた過去があります。例えばハンセン病はかつて癩(らい)病と呼ばれ、「らい予防法」のもと、その恐ろしさが過度に煽られ、社会に極めて厳しい偏見、差別を生み出しました。罹患者を強制的に隔離し、本人の意思に関係なく断種を行ったこの法律は多くの間違いと悲しみを生み、長い時間と努力を経て法律の改廃と被害者への賠償、名誉回復が始まっています。

ハンセン病差別に宗教が加担したこともありました。隔離政策のさなか、仏教者はハンセン病を「過去世の悪業の報いである」とし、苦しい現状の原因を過去に求める「悪しき業論」によって患者には諦めを説き、民衆の偏見をより強いものとしてきたという歴史的事実があります。

 

不安と差別も伝染する

人間は不安や恐れを本能的に遠ざけようとします。目に見えないウイルスの恐怖は、いつの間にか目に見える別の誰かや物に置き換えられ、それを排除することでひと時の安心を得る、ということは起こり得ることです

実際、今回の感染症でも自宅療養している患者の家に石が投げ込まれる、医療従事者等の子どもが保育施設への登園を拒まれる、物資を運ぶ流通業者がいわゆる県外ナンバー狩りにあうといった事例が発生しています。

相手と向き合わずして、相手の属性のみを見て物事を決めつけるということは差別の基本的な構造です。今回の感染症に関しても同じことが起きているのではないでしょうか。他県ナンバーの車だ、感染者の出た地域から来た、医療従事者やその家族である、咳をした、等々。医療や流通関係者へのこうした不寛容や罵声、風説やデマの拡散は、まわりまわって自らの尊厳と生命を毀損することにつながりかねませんし、人々の分断と差別を生み、助長します。

また、流行初期から、外国から帰国した人への検査義務がないことや、軽症で自宅療養となった人の行動に制限がないこと等に「手緩いのではないか」「強制力を持たせられないのか」「外国では(強制で)やっている」といった声がありました。感染症拡大防止の初期対応として、隔離は有効な措置と考えられます。しかし、そこで必要なことは感染症拡大防止に協力する良識です。不要な長期拘束や、陰性であっても「あの人は危ない」といったような偏見や、回復者を「病原菌だ」とするような差別を生まないことです。不安に駆られて人権侵害を許容し、強い統制を望むことが目的ではないはずです。

感染症は確かに恐ろしいものです。しかし恐怖に流されて過去の大切な教訓まで忘れ去ってしまうのは、我々が避けるべき無明のありさまというものではないでしょうか。

命を脅かす病に対して、命を守るための行動はもちろん必要です。予防のために適切な措置があることに疑いはありません。飛沫感染対策として、人と距離をとることも重要です。お寺の入口で手指の消毒をしていただくことは大切です。しかし、外から訪ねてくる人の手にいきなり消毒液を吹きかけるようなことは、相手への敬意を欠いた過剰な反応といえます。

私たちにとって、今できる大切なことはウイルスに留まらず不安と差別の感染予防なのです。

人権擁護推進本部 記


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