【International】ヨーロッパ国際布教総監部着任と聖エジディオ共同体主催の祈りの集いに参加して

2021.01.19

新型コロナウイルス感染の猛威が世界中を席巻しているなかで、大幅に着任が遅れましたが、先年の10月上旬からヨーロッパ国際布教総監部で業務を推進しております。それまではいわゆるテレワークで諸事を遂行しておりました。書類進達等、遅延なく対応することができましたが、来欧することができて安堵しております。

会場の様子

来仏直後、ローマに行く機会がありました。10月20日に「平和への祈り」の集いが開かれたからです。主催した「聖エジディオ共同体」というのは、カトリック在家の信仰団体でした。その発端は1970年代前半、つまり学生運動の嵐が吹き荒れたころのことです。街中がゴミだらけになっているので道路掃除を始めた高校生たちがいました。その10人弱の若人が中心となってできた集まりです。1980年代初頭のころはローマを中心に約2000人の会員がいました。ところが今や、全世界で6万人という大きなNGOになりました。路上生活者の保護、生活困窮者のための給食センター、貧しい子どもたちへの教育支援、アフリカでの内戦調停等、活動は大規模で多岐にわたっています。特にモザンビークでの平和達成には大きな寄与がありました。日本でも外務省と密接な連携を取っているようです。

「平和への祈り」の出発点となったのは、1986年、イタリアのアッシジで当時の教皇、ヨハネ・パウロ二世が世界中の宗教者を招いて「平和への祈り」を開催したことです。この集いを契機に、彼らはその心を受け継ぎ、毎年欧州各地で祈りの集いを開いてきました。宗門からも、南澤道人不老閣猊下はじめ、上月照宗、大田大穰、天藤全孝、松永然道、今村源宗、福島伸悦、伊藤道宣、中西道信、大谷有為老師らが参加されてきました。

例年3日間の行事でしたがコロナの関係で、今回の集いは半日のみとなりました。カトリック(ローマ教皇フランシスコ)、東方正教会(コンスタンティノープル総主教バルトロメオス一世)、イスラーム、ユダヤ教、ヒンドゥ教の代表ら8人が集まりました。東アジアからの招待者は仏教の拙衲一人だけでした。EU、欧州委員会初の女性委員長、フォン・デア・ライエン氏はスタッフの一人がコロナにかかったということで急遽、出席が取りやめになりました。

まず、それぞれの宗教ごとに集まって、法要を行います。次に、行進し、ローマ市庁舎のあるミケランジェロが設計したカンピドリオ広場に集まります。イタリア大統領、ローマ市長も列席しています。そこで「誰も一人では救われない」というテーマに即し、それぞれが所信を述べました。その後、壇上に上がってきた子どもたちに〈平和への誓い〉が巻物の形で各宗教者から手渡されると、今度は子どもたちが舞台下最前列に座っている各国の代表(主に大使)に届けました。各登壇者はキャンドルツリーの点灯を経て、〈平和への誓い〉に署名をします。最後に、「平和の挨拶」をお互いに交わし終了となりました。コロナの関係で握手はせず、合掌したり、お辞儀を軽くするだけの挨拶でした。

キャンドルツリーの点灯

このファイナルセレモニーが始まる直前、フランシスコ現教皇と面談する機会をいただきました。拙衲が長く宗教間対話に関わっていること等が話題になりました。当日の各宗教代表者の中で、アシジでの集いに参加していたのは拙衲だけでした。大本山永平寺の国際部ができたばかりのころで、井上哲也単頭老師が猊下御名代として参加されたとき、平野克也老師とともに随行員でした。

拙衲の壇上でのスピーチは、ひもじさのゆえの強盗殺人で死刑になった島秋人の短歌を中心としたものでした。以下がその概要です。

「『この手もて 人を殺めし死囚われ同じ両手に 今は花活く』という獄中の歌には、『一人の人間が善にも悪にもなれる、また人は誰でも、自らの身体でさえ、武器にすることができる』ということを示している。私たちの口から出る言葉でも、人は傷つく。まなざしでさえ、人はたじろぎ、自分が大切にされていないことにおののく。私たち一人一人の心の中にある、人を区別し、さげすむ気持ち、相手を打ち負かそうとする思いなどは、私たち自身を、多面的に展開可能な武器にしてしまう。そしてその武器をどう使うかは、私たちの心にゆだねられている」

ローマ教皇との面談

また、「『愛に飢えし死刑囚 われの賜りし菓子 地におきて 蟻を待ちたり』という歌も、『誰かの役に立ちたい、喜んでもらいたいという他者への気持ちは死刑囚では実現しにくい。だから、せめて蟻に喜んでもらえればという思いでお菓子を置く』この歌は《人が救われるためにはどうしても他者を必要とする》という事実を教えている。長い間、私は宗教間対話に関わってきた。あらゆる人が、宗教を異にしていても、またいかなる立場であっても、まず、その存在がそのまま100%認められなければならないということを、宗教者自身が納得する、理解の一致が必要だと考えて来たからである。くわえて、死刑が人間の尊厳性に対する否定であり、戦いそれ自体が人間から生まれて来ているということを深く意識するようにもなった。人間が戦いを起こすのだとすれば、平和を築くこともまた人間にできるはずだ」というものです。

パリで生活をはじめるようになって強く感じることがあります。それは、テレワークということで、どこに居ても仕事ができるようになりましたが、物理的距離が近くなると、組織の求心力も増してくるのではないかということです。コロナの関係でロックダウンという状況下でも連絡の取り方が日本にいるときとは違ってきているような感じがしました。

故弟子丸泰仙老師が坐禅の種を蒔いて50有余年、今や、いろいろなお師匠さまに連なる禅僧が全欧で活躍しています。もしかしたら新しい形のサンガが生まれてくるかもしれません。そうした思いが強くなるのは、コロナ禍においても個々のお寺では結界を守り、制中のときのような弁道を続けているからです。

壇上でのスピーチ

たとえばストラスブールというフランスとドイツの国境に近い場所にある、大本山總持寺御直末の龍門寺では、従来から生活を共にしていた30名の修行者が籠もって修行を続けています。現在、フランスのお寺では外部から人の受け入れは禁止されています。しかし、従来から生活を共にしている人たちは、外部との結界を保ち、大衆一如の弁道に励んでいます。北ドイツの寂光寺やイタリアの大本山永平寺御直末の普伝寺でも同様の修行が勤められています。全欧で12ヵ寺の特別寺院、400名弱の宗侶が活躍されていることを大変心強く感じるとともに、その責任の重さも痛感しているところであります。

また、3年間を一区切りとするオンラインでの仏教講座がイタリアで始まりました。11月29日、第1回目の講義では、「禅仏教―伝統の中の新しさ」という主題のもとに、石井清純教授(駒澤大学)、ウィリアム・ボディフォード教授(カリフォルニア大学、ロサンゼルス校)、マッシモ・ラヴェリ教授(ヴェネツィア大学)らの講義が行われました。こうした活動が大きく国際的に育っていくのも楽しみです。 一人一人の熱き思いを大切にしながら、大変微力ではありますが、弘法救生の思いで精進していきたいと願っています。皆さまの倍旧のご指導ご鞭撻を至心より冀うところでございます。

ヨーロッパ国際布教総監 峯岸正典

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