アメリカ国際布教100周年連載企画 ~北アメリカ曹洞禅のこれまでの100年とこれからの100年~ 第6回 強制収容所と仏教

2022.06.01
ウィリアムズ・隆賢・ダンカン(筆者)

博士号課程最後の年に、私の師であったハーバード大学教授の永富正俊博士が急逝され、ご家族の依頼で博士のオフィスを整理することとなりました。掃除をしていると、書籍と論文の下書きの間に挟まって埋まっている黄色い紙の束を見つけました。 

最終的に、それは12万人もの日系人が第2次大戦中に収容された強制収容所の一つであるマンザナー収容所で永富博士のお父さまが書かれた日記であることがわかりました。永富博士のお父さまは僧侶であり、恩師である博士のご家族の日記を翻訳し始めると、仏教徒と日系アメリカ人の戦時中の収容所での経験談にとても興味を惹かれるようになりました。 

 

マンザナー強制収容所

戦時中の強制収容所に関するインタビューをした人の中には、ニューメキシコ州のサンタフェとロードバーグの収容所に収容されたことのある両大本山北米別院禅宗寺の開教師(現国際布教師)で、北アメリカ国際布教総監を務められた山下顕光老師がいらっしゃいました。山下老師は、ロサンゼルス区域で僧侶と日本語学校の教師をしていたために、真珠湾攻撃後、逮捕の対象となったと伺いました。家族と離れ離れになりながらも、最終的にテキサス州クリスタルシティー収容所で再会を果たしました。山下老師の経験が特殊なものだったわけではありません。実際、西海岸の日系社会のすべてが強制的な隔離と先の見えない収容所生活を突然強いられる苦難を経験したのです。 

1942年頃、両大本山北米別院禅宗寺近くの当時の西本願寺別院(現全米日系人博物館関連施設)周辺に、日本人・日系人が集められ、強制収容所に移送された。 

仏教の僧侶は、米国政府から他の社会的指導者と同様に、国家に対する脅威とみなされました。真珠湾攻撃の黒煙がまだ立ち上るなかで、ハワイ州のFBI(連邦捜査局)によって最初に逮捕された人たちの中に、オアフ島のアイエア太平寺の開教師であられた吉住浩巌老師も含まれていました。 

ハワイ諸島において僧侶が逮捕の標的となり、寺院が閉鎖されることとなった一因として、仏教が非アメリカ的であるばかりか、反アメリカ的であると懸念されたことがありました。アメリカ本土の曹洞宗の寺院は、突然遠く離れた場所にある日本人収容所に強制的に移動されることとなった檀信徒家族らの荷物の保管場所へと変わりました。 

コナ大福寺の観音菩薩像 

強制収容所の中では、信仰を頼りとして人々は生き永らえました。FBIによって逮捕された僧侶の多くは、荷物や法具をまとめる時間すら与えられることもありませんでした。サンタフェ収容所では、一人の僧侶が、数珠がなかったため、配給が許可されていた桃の種を大切に集め、桃の種の数珠を作りました。クリスタルシティーの強制収容所では、美しい観音菩薩像を彫刻し、その像は現在ハワイ島のコナ大福寺に安置されています。どちらの手作りの品も、収監中の困難な状況下における仏法に対する不屈の帰依の精神を象徴しています。 

北アメリカにおける曹洞宗が100周年を迎える記念すべき本年に、かつて仏教が脅威とみなされアメリカの宗教史から姿を消す瀬戸際に追いやられた時代があったことを思い返していただきたいと思います。仏法における試練に立ち向かう努力に対し、私たちは敬意をもたなければなりません。禅がもてはやされ、お洒落なこととすら見られる時代にのみならず、政府機関や報道機関、社会一般によって否定的に見られていた時代にあってなお、大疑団、大信根、そしてまさに大憤志を示された歴代の禅の祖師から学び得るものがあるように思います。  

マンザナー強制収容所跡地では毎年四月に慰霊祭が行われる

カリフォルニア州ロサンゼルス USC(南アメリカ大学)宗教学部教授 

長野県松本市 広澤寺 ウィリアムズ・隆賢・ダンカン