北アメリカ国際布教100周年連載企画~北アメリカ曹洞禅のこれまでの100年とこれからの100年~ 第8回「正法眼蔵と共に生きる」

2022.08.08
カール・ビルフェルト氏

最近、私は『正法眼蔵』と共に生きているかのように感じることがあります。朝起きて朝食のコーヒーを手に持ちながら最初に目にするものも、ディナーのワイングラスを手にするときに常に横に置いてあるものも、いつも同じです。曹洞宗宗典経典翻訳編集事業に関わるようになり、20年以上の間、『正法眼蔵』と共に生きています。充実した日々を過ごしていますが、半世紀前にこの本に最初に出会ったときには、このような生活はまったく想像していませんでした。

最初に『正法眼蔵』と出会ったのは1960年代、サンフランシスコ禅センター・発心寺で鈴木俊隆老師のもとに参禅していたときのことでした。今でこそ『正法眼蔵』は西洋において有名な書物となり、いくつかの英訳版も存在しています。そのため、この道元禅師の名著が日本国外ではほとんど知られていなかったことを、私たちは忘れてしまうことがあります。

そこから10年を経て、初めて横井雄峰師や西山廣宣師による最初の翻訳が世に出るようになり、さらに現在広く普及している西嶋愚道(和夫)師や棚橋一晃氏による英訳版が世に出るまでには、さらに時間がかかります。

当時のサンフランシスコ禅センター・発心寺の小さな図書室には、増永霊鳳師による『曹洞宗の禅の歩み』の複写があり、それを通してかろうじて『正法眼蔵』の英訳に触れることができた程度でした。駒澤大学から1958年に出版されたものの、海外に広く頒布されることのなかったこの書籍には、「辨道話」、「現成公案」、「有時」、「生死」の4つの翻訳が載っていました。

1997年、スタンフォード大学で行われた道元禅師生誕800年慶讃
道元禅師シンポジウム 筆者最前列左から3人目

岸澤惟安師と『正法眼蔵』について長年勉強してきた鈴木老師でしたが、参考となる英語文献がわずかに限られる中で、鈴木老師なりの自身の言葉で、道元禅師の教えについて提唱するしかありませんでした。 鈴木老師の下で参禅をしていた頃、私は日本語を勉強するようになり、早稲田大学に留学するために日本に行きました。その一年後、内山興正師のもとで修行をするべく当時京都にあった安泰寺に入りました。そして、カリフォルニア大学バークレー校の大学院のためにサンフランシスコに戻った後、サンフランシスコ禅センター・発心寺で再び参禅をするようになりました。

当時は、鈴木老師の周りに日本語の知識を持つ弟子が私しかいなかったため、手伝いを時々頼まれるようになりました。1971年、『山水経』について提唱をするため、私は翻訳するように老師から頼まれたことがありました。 最初に『山水経』を読もうと試みたとき、初心者の私にはあまりにも難解で理解することができないことに気が付きました。しかし、「とにかく、一歩踏み出してやってごらんなさい。」とのお言葉をいただきました。

その年の夏、私はタサハラ禅マウンテンセンター・禅心寺に滞在し、鈴木老師といっしょに文章を読み進めていきました。それが、鈴木老師がタサハラ禅マウンテンセンター・禅心寺で過ごされた最後の夏となり、12月にはご遷化されました。

その当時、翻訳作業は始まったばかりでしたが、私の師匠として10年間指導してくださった方に対する報恩のため、何としてもあきらめずに翻訳を終わらせようと決意しました。師を失った後、文章を理解する上で面山瑞方師、西有穆山師、岸澤惟安師らによる正法眼蔵の注釈を参考にすることにしました。

同シンポジウム 筆者右から4人目

言うまでもなく、こうした注釈書もまた私にとっては理解することは難解でしたが、なんとか注釈を頼りに英語版の翻訳作業を完成させることができました。

その後、『正法眼蔵』の作業からは一旦離れ、『普勧坐禅儀』の研究へと進み、道元禅師に興味を抱きつつも、私の研究や教育の対象は鎌倉仏教の他のテーマに移っていきました。当時は、自身が手がけた『正法眼蔵』の作業、ましてや翻訳の仕事に復帰するとは夢にも思っていませんでした。

兎にも角にも、その後1990年代半ば頃、曹洞宗典経典翻訳事業に関わるようになり、『正法眼蔵』を翻訳する重責を担わせていただくこととなりました。長い年月を経て再び翻訳に着手したとき、私にはやはり未だに困難な書物であると感じました。しかし、生前の鈴木老師が助言してくださったように、とりあえず一歩踏み出してやってみようと心に決めました。

鈴木老師はすでにご遷化され、ご助言いただくことはできませんが、今は、他の編集委員で専門知識のある有識者の方々や、『山水経』の読解に苦労をしていた頃からすでに出版されていた河村孝道師、水野弥穂子氏、石井修道師など多くの方々の素晴らしい研究成果等の、異なる援助をいただいています。

『正法眼蔵』と共にすでに20年の歳月を過ごしてきましたが、何度も自分が未熟であること感じ、「気づき」を与えられる日々を送っています。

しかし、ついにあと少しで、朝目覚め、手に『正法眼蔵』を持つことなく朝のコーヒーを飲む日がやって来そうです。 曹洞宗宗典経典翻訳編集事業によって翻訳された『正法眼蔵』は、北アメリカ国際布教100周年記念を祝して令和5(2023)年初頭に出版される予定です。

曹洞宗宗典経典翻訳編集事業 『正法眼蔵』編集長 カール・ビルフェルト