【International】周りを耕し、その先に根を伸ばす―南アメリカ国際布教120周年によせて―

2022.09.12
筆者(中央)
来年令和5年は、明治36年にペルー国への第2回移民船で海を渡った宗侶、上野泰庵師が南アメリカの地で初めて布教を開始してから120年の時を迎えます。この間、宗門の法灯は先の大戦の悪影響をはじめ幾多の困難に遭いながらも、それを乗り越えてまいりました。 当総監部管内は、ハワイ、北アメリカ国際布教総監部と同様に、布教敷衍の始まりは日系人移民を主な対象としたものでした。世代を重ねるにつれ日系人としてのエスニシティが薄まってゆく傾向にはありますが、今もなお日系人コミュニティはしっかりと存在しています。現在、当地の宗門寺院は、日系人によるものと非日系の人々によって設立維持管理されているものに大別できる状況です。 日系人の多くは日本伝統仏教教団の寺院を自らの民族性の象徴的存在としてとらえており、その思いはとても深いものがあります。6年前、特派布教師だった当職が都市部から遠く離れた開拓地を巡回した際、彼の地の仏教会会長を務める在家古老から次の言葉をいただきました。 「日本の本山から来てくれた和尚さんに拝んでもらえることが、我々にとってどれほどありがたいか、嬉しいか。今日のこの法要へ参加するために、遠くからわざわざ3日間も車を運転してやってきた者もたくさんいる。それだけみんな、日本のお坊さんに供養をしてもらいたいと願っている。どうもありがとう」
南米国際布教110周年法要(2013年)
海外特派布教にあわせて教場で物故者供養法会も厳修していたのですが、この法要に参列する日系の人々の故国故郷を想う気持ちの強さに触れ、胸が熱くなりました。「日本の和尚さんに書いてもらいたい」と言って繰出し位牌の新しい板を当職へ差し出した高齢女性や、「私の弟一家です。あの頃はこの辺に医者がいなかったし、いたとしても診てもらうお金がありませんでした。伝染病でみんな命を落としてしまいました」と語って命日が近い複数の故人が記されている過去帳を持参していた高齢男性らの声と姿が、今でも鮮明に記憶に残っています。自身と先祖の国である日本とのつながりを、日本から直接やってきた宗侶という立場であった当職に求め、重ねて見ている様子を実感しました。 非日系の人々によって主に構成される海外特別寺院、並びに参禅グループは拡大の一途を辿っています。彼らは彼らで、日系人とはまた趣を異にする熱さを抱いて参禅弁道に励んでいるのです。基本的にキリスト教、特にカトリックの信仰が主流の南米地域にあって、ほとんどの人が生まれた家庭の宗教から離れて自らの意思で曹洞宗を選び、学んでいる人々です。日本国内と異なり、僧職に就いて生活が成り立つ社会環境ではないのですが、出家者は増え続けています。得度者は男女ともにきちんと剃髪し、入手困難であることもあって自ら縫い上げた黒直綴、黒袈裟、黒絡子、黒作務衣をまとい、手作りの仏具を用いて、学校、仕事に勤しみながら真摯に行持に臨んでいる姿に感服するばかりです。彼らの中に、仕方なくやっている者を見出すことはまったくありません。誰しもがやりたくて仏道を行じている、行じることを心から喜んでいる「随喜」ということを、彼らの取り組み方から改めて認識しました。
ペルー共和国 上野泰庵小学校を視察する筆者(中央右)
近年、日本での安居を終えて教師資格を取得する南米各国の非日系人が増えているのは喜ばしい限りです。先般も、仕事を辞め住居を引き払い自家用車他家財道具一切を売り払って本山僧堂へあがり9年近くを過ごして、今度は宣教の任を務めるべく戻ってきた青年僧がいました。 どの国際布教師も経済的に極めて厳しい状況であるにもかかわらず、私財を投じ知恵を絞って寺院あるいはサンガを運営し、そこへたくさんの参禅者が集っている光景は、高祖さま太祖さまの時代を彷彿とさせ宗門の創成期を目の当たりにするようです。しかし、時間、距離、なによりも金銭に係る問題は大きく、これらを解決できないがゆえに宗門から離れてゆく事例が少なからずあり、非常に残念でなりません。彼らの求道の志に応えさらなる宗門の教線拡充を図るために、南アメリカ国際布教総監部の管内に、是非とも僧堂の開単を希うものです。 120年前、南アメリカへもたらされ最初に植えられた曹洞宗の種子は着実に実って数を増やしています。当職は密林を切り拓き農園を営んでいる日系人移住者から「苗の周りは少し耕してやるけれど、その先に根を伸ばすのは苗が生きてゆくために自分で頑張ってやらないといけない仕事だ」と教えられたことがありました。この地で正法の宣揚に生涯を捧げられた先輩宗侶と、それを陰に陽に支えてこられた在家諸氏、そして、現在進行形で尽力されている僧俗すべての方々に満腔の敬意を表します。 これから先の未来を見据えて、当職も「周りを耕し、その先に根を伸ばす」べく、全身全霊を傾けひたすらに精進することによって、この慈恩に報いてゆきたいと考えます。

南アメリカ国際布教総監 清野暢邦

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