【人権フォーラム】 ヘイトスピーチとヘイトクライムについて考える

2023.03.24


2016年に施行された「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」は「ヘイトスピーチ解消法」の略称で呼ばれ、同年施行された「部落差別解消推進法」「障害者差別解消法」と並んで人権三法とも呼ばれています。

後者の二つは「部落差別の解消の推進に関する法律」「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が正式名称であり、略称に対応する用語が容易に想像できることと思います。

ここで改めて「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」と「ヘイトスピーチ解消法」という略称を見てみます。「解消法」が「解消に向けた取組の推進に関する法律」を略していることは容易に想像がつきますが、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」は「ヘイトスピーチ」ということと同義なのでしょうか。

結論からいうと「ヘイトスピーチ」という言葉は、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」を含んだもっと幅広い意味を持つ言葉です。

現代用語事典『知恵蔵』(2013年版)では「定義は固まっていないが、主に人種、国籍、思想、性別、障害、職業、外見など、個人や集団が抱える欠点と思われるものを誹謗・中傷、貶す、差別するなどし、さらには他人をそのように扇動する発言(書き込み)のことを指す」としています。

法務省では「特定の国の出身者であること又はその子孫であることのみを理由に、日本社会から追い出そうとしたり危害を加えようとしたりするなどの一方的な内容の言動」を規制対象の「ヘイトスピーチ」としています。つまり、「ヘイトスピーチ解消法」といっても「本邦外出身者」すなわち特定の国の出身者=外国人への言動のみを対象とした法律であり人種、思想、性別、障害、職業、外見などに関する事柄は日本の「ヘイトスピーチ解消法」では十分に対応できていないのが現状なのです。

ヘイトスピーチは憎悪表現と直訳されることもありますが、この言葉が生まれた背景には国籍以外の問題も大きく関わっていました。

まず、1970年代のアメリカで同性愛者や黒人への憎悪から起こる殺人事件がヘイトクライム、憎悪犯罪として社会に認知され、次第に言葉として用いられるようになりました。これは人種や性的指向に関わる問題です。

それに伴い、何らかの属性についての偏見によって個人や集団を憎悪するにとどまらず、他人をも扇動するような悪質な言説が無批判に、とりわけ、インターネットなどで拡散され続けると、実際にその言説を根拠に犯罪行為を起こしてしまう人が現れ得る、という問題からヘイトスピーチという言葉が生まれ、多く使われるようになりました。このような構造は多くの場所で見受けられます。

2021年8月に起きたウトロ地区放火事件などはその典型的な例といえるでしょう。

ウトロ平和祈念館

京都府宇治市にウトロという小字の地域があります。ここは第二次世界大戦中に飛行場と飛行機工場の建設予定地とされ、労働者として多くの朝鮮半島出身者が集まっていました。しかし完成を前に日本は敗戦、国内の惨状と祖国帰還への混乱の中で、朝鮮半島出身の労働者の中には建設予定地に残らざるを得なくなる人たちがいました。その他にも様々な要因が重なり、ウトロ地区は長らく在日コリアンの集落として時には「不法占拠」とも言われ数々の困難を抱えていました。

しかし、1980年代には宇治市民がウトロの状態を市全体の問題として認識するようになり、2000年代に入ると韓国市民の寄付活動を受けた韓国政府が出資したことなどがあり、ようやく解決への道筋が見え、環境整備とウトロ平和祈念館の建設が決定、祈念館は2022年4月30日に開館しました。

しかし、この祈念館でウトロ地区の活動の歴史として展示する予定だった資料を保管していた倉庫が、放火されました。犯人は「韓国人に敵対感情があった。資料は不法占拠の証拠であり、領土侵犯を美化するものであるから展示するのは許されない」「コロナ禍で離職を余儀なくされ、再就職も難しく、事件を起こすことへのためらいはなかった」と偏見や嫌悪感に基づく身勝手なことを法廷で述べています。犯人は、日本人の自分が苦しい状況にある原因をインターネット上で特権を持つといわれていた在日コリアンに求めました。しかし、彼がウトロ地区のことを知ったのは在日コリアンに危害を加えようと考え、探し始めてからのごく僅かな時間でした。

この犯人に接見したことがある、ウトロ平和祈念館副館長・金秀煥さんは「あなたが放火までして訴えたかった在日コリアン特権、一つでもよいから具体的な事例を示してください」と彼に問いました。しかし犯人は言葉を詰まらせ、何も答えることはできませんでした。自身の困難や鬱屈とした感情を抱えたとき、自暴自棄になり、人は判断力を失うことがあります。そこで社会に氾濫するヘイトスピーチに触れてしまえば、短絡的にヘイトクライム(憎悪犯罪)へと及んでしまうという心理があるのです。ヘイトクライムの最大の問題は、変えようのない個々の属性を理由に攻撃され、同じ属性をもつ他の人々にも連鎖する点にあります。

かつて、ナチス政府は優生思想をもとに絶滅政策(ホロコースト)を行いました。ユダヤ人に対するものが有名ですが、実際は障害者、同性愛者や反社会分子とされた人々も犠牲になっています。当時、ヘイトスピーチという概念はありませんでしたが、そうした憎悪の存在が、この国家的ヘイトクライムを容認し、大量虐殺(ジェノサイド)をもたらしたという悲惨な歴史を教訓として振り返ったとき、国内外を問わず昨今の状況を見れば、懸念を抱かずにはおれません。

私たちが日々触れる情報が、誰かの憎悪によって発信されたものではないか、自分が発信した情報が誰かの憎悪感情を扇動することに繋がることがないか、改めて意識していきたいものと考えています。

人権擁護推進本部記