梅花流詠讃歌【諸行無常のひびき】④

2023.04.03

生きているから病気する
生きているから老いてゆく
生きているから死んでゆく
あびらうんけんそわか

一見つぶやきのようなこの詩は、歌人の小池光さんが作ったものです。「あびらうんけんそわか」を漢字で書くと「阿毘羅吽欠娑婆呵」と表記し、魔除けや願いごとの成就、怪我や病気回復のおまじないとして広く言い伝えられている真言です。

「生老病死」という言葉がありますが、小池さんの詩は、そのことを端的に言い当てています。人間は年をとります。年をとれば病気がちになりますし、その病気が元で命を落とすこともあります。

生きるとは、時間を貯えることです。勿論、学習や広義な想像力により貯えられる時間の質と量は一人一人異なります。また、生まれると同時に死に向かってのカウントダウンも始まります。一方で時間を貯え、一方で時間を削ってゆくという矛盾の中で人間は生きています。

個人が身体に貯えた時間は、その人の人生です。時間によって作られた人生は命でもあります。私の命は「オギャー」と生まれてから死ぬまでの時間であり、皆さんの命は、この世に生まれ、「大変お世話になりました」と言って去ってゆくまでの時間です。命については色々な考え方がありますが、命と時間は同一であるという考えも成り立ちます。

今日の命を喜びつ
まことの行持通達くらしつらぬきて
仏の深き御恩みめぐみ
報いまつるぞたのしけれ

修証義しゅしょうぎ御和讃わさん」の四番の歌詞です。無常なる時の移ろいの中で、人として命を得た尊さと生きる喜びを表現しています。お釈迦さまの教えを実践する日暮らしに命の実感があり、その実感こそが、かけがえのない人生の喜びであることを示しています。出来ることならば、常にその喜びを実感していたいものです。

秋田県禅林寺住職 山中律雄