【International】令和5年度南アメリカ国際布教総監部管内特派布教巡回報告

2024.01.16

「南アメリカ国際布教特派巡回」この宗門の大切な事業に特派布教師として携われたこと、感謝申し上げます。

宗務庁教化部よりこのお話をいただいたのは3年前、コロナ禍まっただ中でした。

日本から一番距離がある場所に住む人に向けて、お話しをする機会が訪れるとは、微塵も想像しておりませんでした。自分の話が通用するのかと、自問自答しながら原稿を書いたのを覚えています。

令和3年9月から10月半ばにかけて毎週1時間全6回、オンライン上での特派布教を務めました。コロナ禍であり以前のように南アメリカ現地に赴いての特派巡回は難しい中、これは新しい試みであり、私にとって終始手探りでした。

画面越しにお伝えする上で、ニュースキャスターがそうであるように、私もカメラを見つめながら話すわけです。相手の様子を肌で感じられない中で話すことは想像より遥かに難しく、手ごたえどころか、触れている感覚さえないまま、1ヵ月はあっという間に過ぎていきました。

その後、このオンラインで行った特派布教の経験を糧に、翌年は現地に赴いてということで再び特派巡回依頼をいただきました。しかし、コロナ禍は続き、令和4年もオンラインでの特派巡回となり、南米を訪れることが叶いませんでした。ただそのことで残念に感じたかというと、そんなことはありませんでした。

当時、終わりが見えないコロナ禍であっても、否、あるからこそ、管長猊下のお言葉を多くの人にお伝えする機会を設けたいと、教化部長老師、教化部役職員、そして南アメリカ総監部はじめ沢山の方々のご尽力によりオンライン国際布教が始まりました。

新たな試みを行うのはどんなときでも大変です。それを熱意と創意工夫で、準備を進められてきた方々がいることを昨年度参加して知りました。ですから自分もこのオンライン布教の黎明期に、わずかでも資することができればという気持ちでした。

昨年の試行錯誤、反省、改善点を踏まえ、令和4年度は年末から1月半ばにかけて全4回お話しさせていただきました。

そして令和5年。南アメリカを巡回する、縁をいただきました。

令和5年9月14日。朝一番の飛行機で自坊のある青森県を出発。羽田空港、ヨーロッパの空港を経由してブラジルへ。乗り継ぎ待ち時間をいれて約33時間。日の出前の情熱の国へ到着しました。

ブラジルでは、まず両大本山南米別院佛心寺へ拝登。サンパウロ市内のほぼ中心に立地されたお寺で、南アメリカの曹洞宗寺院を統括する総監部があるお寺でもあります。暁天坐禅、朝課に随喜し、南アメリカで曹洞禅の教えが敷衍されてきた120年の歴史に思いを馳せ、ご本尊さまに手を合わせました。

南アメリカにおける曹洞宗寺院は特色として2つに分かれます。

1つは禅に興味を持ち、曹洞宗の教えに安心を見出した人たちによって運営されている地域に立脚した禅堂。この度の特派布教巡回では両大本山南米別院佛心寺、大観寺、天随禅寺がそうなります。どのお寺でも法話後の質疑応答が飛び交います。質問内容も日本では受けた経験がない程の熱量と深度でした。真摯に禅を学ぼうとされている現地の方の姿に、心揺さぶられました。まさに真剣勝負。そこから各国際布教師方がいかに日々を綿密に過ごされているか、また集う人々に教えを綿密に敷衍されているか、そのお姿がありありと目にうかび感銘をうけました。一仏両祖のみ教えが、時代や国、文化を越えて、人から人へと受け継がれていくのを目の当たりにしました。これこそ本物の教えなのだと、改めて感慨深く合掌し、この尊い光が南米の後世の方にも広がっていくことを強く願いました。大観寺は現在、信者の皆さんと手作りでお寺を建てており、私も完成が本当に楽しみです。

もう1つは現在約200万人以上いる日系人の方が、そのコミュニティの中で心の拠り所として、またご先祖さまや祖国との繋がりを深く感じる場所として、日系の方中心に維持管理されているお寺になります。

禅源寺、ローランジャ佛心寺、そしてパラグアイにある拓恩寺がこれにあたります。どのお寺も温かく迎えてくださいました。また移民として南米に渡ってからのご苦労された話を聞かせてもらいました。ローランジャ佛心寺では盆踊りが開催されており、日系の方だけでなく、地域の老若男女沢山の方が参加され輪になって踊っている姿がまぶしく映りました。

どの寺院も地元に密着しながら、そこに古き良き日本の原風景が生き生きと息づいていました。私は日本から一番遠く離れたこの地でノスタルジックな気持ちにさせられるとは思いもよりませんでした。ブラジルから戻ったのは数ヵ月前のことですが、こうして思い返すと随分遠くのことのように感じます。今部屋の窓から見える雪のせいでしょうか。

9月の2週間弱。そこで出逢った人たち。力強く仏教の中で生きている人たち。この合縁が胸の中でこんなにも輝いていることで、なんだか今の自分に自信がなくなります。とはいえこれから生きてゆく限り、この経験が私を支えるのだと思います。

清凉寺住職 柿崎宏隆 記