梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】⑭

2026.02.01

全国に「○○七福神」はたくさんあり、寺や神社などで構成されています。私が住職を務めるお寺の地域には1976(昭和51)年に開眼かいげんした遠州七福神えんしゅうしちふくじんがあり、私の寺はその1ヵ寺で、恵比寿さまをおまつりし、「えびすでら」とも呼ばれます。

1月、2月の初まいりには団体や個人の方が多く訪れ、一年の誓いや目標を新たにしていかれます。団体参拝の折、本堂に入ってこられる方々の表情や態度は様々です。最前列でご祈祷を受けようと脇目も振らずに我一番で急ぐ方、寺という日常とは違う空間に来てこわばった顔の方など、なかなか笑顔の方は見当たりません。

しかし、そんな表情や態度もご祈祷を受け、法話を聞いた後は一変し、参拝の目的を果たした安心感からか、にこやかな顔になるのは不思議です。

「顔が広い」「顔をつぶす」など、顔にまつわる言葉はいろいろありますが、能楽の大成者たいせいしゃである世阿弥ぜあみは「思い、うちにあれば色いろそと外にあらわる」と示しています。その人の心の思いは、つい表情や言動となって顕れるというのです。

幸せしあわねがいもろともに ものおしえをわかちあい

くす真実まこといとなみに 人皆菩提ひとみなひとりみち

四摂法御和讃ししょうぼうごわさん」の一番は、人々を仏道に導くための具体的な行動の一つ、布施ふせを詠います。人としての真の幸せを願い、むさぼりの心を捨て、お互いがお金や品物を融通ゆうずうし合い、仏の教えを学び、他を思いやる心を持つことが大切です。心を尽くし、身を尽くす行いそのものが仏道を歩むことであると知らなければならないということです。

布施とは広くあまねく施しを実践することで、仏の教えを説く「法施ほうせ」と、ものを施す「財施ざいせ」に分けられます。この歌詞で詠われるものおしえの布施だけではなく、布施には自分自身の心がけで行う無財むざい七施しちせがあり、その一つになごやかな顔を見せる、和顔施わがんせ和顔悦色施わがんえつじきせといわれるものがあります。

人ににっこり微笑まれると、誰でもおのずから明るい気持ちになります。恵比寿さまのにこやかな笑い顔が私たちの心を和ませてくれるように、お互いが周りの人に笑顔を施せるよう、身をつつしみ、欲におぼれない心を持たなければなりません。その心を持った時、きっと和みと笑顔を施すことができるでしょう。

皆さんも「えびすがお」を布施してみませんか。

静岡県官長寺 住職 大田哲山