梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】⑭
全国に「○○七福神」はたくさんあり、寺や神社などで構成されています。私が住職を務めるお寺の地域には1976(昭和51)年に開眼した遠州七福神があり、私の寺はその1ヵ寺で、恵比寿さまをお祀りし、「えびす寺」とも呼ばれます。
1月、2月の初まいりには団体や個人の方が多く訪れ、一年の誓いや目標を新たにしていかれます。団体参拝の折、本堂に入ってこられる方々の表情や態度は様々です。最前列でご祈祷を受けようと脇目も振らずに我一番で急ぐ方、寺という日常とは違う空間に来てこわばった顔の方など、なかなか笑顔の方は見当たりません。
しかし、そんな表情や態度もご祈祷を受け、法話を聞いた後は一変し、参拝の目的を果たした安心感からか、にこやかな顔になるのは不思議です。
「顔が広い」「顔をつぶす」など、顔にまつわる言葉はいろいろありますが、能楽の大成者である世阿弥は「思い、内にあれば色いろそと外にあらわる」と示しています。その人の心の思いは、つい表情や言動となって顕れるというのです。
幸せねがいもろともに 財と法をわかちあい
尽くす真実の営みに 人皆菩提の道を知る
「四摂法御和讃」の一番は、人々を仏道に導くための具体的な行動の一つ、布施を詠います。人としての真の幸せを願い、むさぼりの心を捨て、お互いがお金や品物を融通し合い、仏の教えを学び、他を思いやる心を持つことが大切です。心を尽くし、身を尽くす行いそのものが仏道を歩むことであると知らなければならないということです。
布施とは広く普く施しを実践することで、仏の教えを説く「法施」と、ものを施す「財施」に分けられます。この歌詞で詠われる財と法の布施だけではなく、布施には自分自身の心がけで行う無財の七施があり、その一つに和やかな顔を見せる、和顔施や和顔悦色施といわれるものがあります。
人ににっこり微笑まれると、誰でもおのずから明るい気持ちになります。恵比寿さまのにこやかな笑い顔が私たちの心を和ませてくれるように、お互いが周りの人に笑顔を施せるよう、身を慎み、欲に溺れない心を持たなければなりません。その心を持った時、きっと和みと笑顔を施すことができるでしょう。
皆さんも「えびすがお」を布施してみませんか。
静岡県官長寺 住職 大田哲山



