梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】⑮
岐阜県揖斐川町にある谷汲山華厳寺は、西国三十三所観音霊場の第三十三番満願霊場で、「谷汲さん」の愛称で親しまれています。昨年12月、このお寺を参拝する旅行に参加しました。
春には桜、秋には紅葉の名所として賑わいを見せる名刹も、その日は参拝者も疎らで、時折雪もちらつき、寒々しくもの悲しい中に佇んでいました。総門をくぐると参道の左右に商店街が軒を連ね、仁王門を経て長い長い石畳を歩み、階段を上ると、漸く本堂に至ります。
やっとの思いでたどり着いた本堂で参拝者を迎えてくれるご本尊は、十一面観音さまです。秘仏のため、ご尊顔を拝することは叶いませんでしたが、何か観音さまに抱かれ、導かれながら本堂まで上がってくることができたようで、有り難い勝縁を結ばせていただいた思いを胸に参拝しました。
十一面観音さまを拝しながら、脳裏に浮かんだ曲がありました。
此の世の人を救うべき 良き子をわれに授けよと
真心こめて母ぎみは 観音菩薩にいのらるる
「太祖常済大師瑩山禅師誕生御和讃」は、瑩山禅師の誕生にまつわる因縁について詠ったものです。
一番の歌詞では、瑩山禅師の慈母である懐観大姉について詠っています。お母さまは十一面観音さまを篤く信仰された方です。
伝承によりますと、37歳の時に霊夢をみて懐妊され、生まれてくる子が世の中の人びとを救うような人になってほしいと願い、毎日『観音経』をお唱えし、一日に何度も礼拝を繰り返し、観音さまに祈願されたということです。一番はこの経緯を歌詞にしています。
観音さまの慈悲のまなざしは母親が子どもを見つめるように、やさしく慈しみにあふれています。
それゆえ、母の姿がイメージされがちですが、観音さまの功徳をふまえた慈悲のまなざしととらえ、観音さまを礼拝したいものです。
当寺の本堂には、先代住職が西国三十三所観音霊場を巡礼した折の御朱印を表装した扁額があります。参拝以来、私はその中にある谷汲山の御朱印を眺めながら、華厳寺の十一面観音さまに思いを馳せるのです。
静岡県官長寺 住職 大田哲山



