【International】国際センター着任一年を振り返って

曹洞宗国際センター書記を拝命し、昨年4月からサンフランシスコを拠点に務めさせていただいております。国際センターは、世界各地の寺院、僧侶、参禅者のネットワークを支援し、日本との紐帯を保ちながら、宗門の教えを広く世界に伝えることを使命としています。
世界に伝播した曹洞禅は昨今、多様な展開をみせています。日系移民の方々が百年にわたって護り続けてこられた寺院の伝統、現地の人々に「Soto Zen」として親しまれている坐禅を中心としたコミュニティ、禅の教えを取り入れながらも社会活動などに重きをおくグループ。また、ハワイ、北アメリカ、南アメリカ、ヨーロッパと、それぞれの地域の歴史的・文化的背景も驚くほど多面的です。
その全体を語るには力不足ではありますが、この1年の経験の一端として、サンフランシスコでの暮らしと葛藤の中であらためて実感した「教えの普遍性」について記したいと思います。

国際センターは、サンフランシスコのジャパンタウンにある桑港寺内の一室に事務所を構えています。私は現在、そこからほど近いサンフランシスコ禅センター・発心寺に居住し、「Dharma Bridge(法の架け橋)」という、外部で職を持ちながら禅センターの生活規則に従って暮らすプログラムに参加しており、暁天坐禅や朝課、講義、摂心等に参加しながら、国際センターの業務に携わっています。
海外の禅センターでは、人々の放つ活気とその意欲の高さに驚かされます。サンフランシスコ禅センターでは、火曜日に「Urban Zen」という、主に20代から30代の方を対象としたクラスが開かれていますが、法堂には毎週多くの人が集まっています。土曜日午前の法話には、オンライン参加を含めると50名から60名ほどが参加しています。摂心ともなれば坐禅堂は人で満ち、すぐさま定員に達します。摂心中は沈黙が保たれ、その真摯な姿勢が空気に感じられます。
また、サンフランシスコ禅センターのような大規模な寺院だけでなく、各地の比較的小規模な寺院においても、同様の熱量が感じられます。たとえば、昨年6月、カナダのサウザンドハーバーズ禅・千湊寺での晋山結制では、メンバーの方々が須弥壇や拝敷、槌砧を手作りして準備されるなど、物資が十分とはいえない中でも、力を合わせて創造していく姿に感銘を受けました。

バーズ禅・千湊寺〔カナダ〕)
その一方、私の中で日本の僧堂に見られる磨きあげられた廊下や、整えられた威儀など、厳粛な規律ある在り方に郷愁の念を抱くこともしばしばあります。
また、海外では日常の作法について、その意味や理由を言葉で説明することが多く、たとえば「法要は、一つの身体(One Body)を体現しています」という説明が有用であると感じることもあれば、かたや、言葉
による説明を超え、諸先輩方の姿を見てまね、身体で覚えていく日本の修行の在り方の尊さも、あらためて感じています。
また、在家と出家の区別なく修行に取り組めることに大きな可能性を感じる一方で、アメリカにおいて「僧侶制度」をどのように定めていくかについては、長い模索の中にあって具現化への挑戦が続いているようです。
そのような状況の中で、日本において宗制が長い時間をかけて重層的に培われてきた意味の重さをあらためて実感します。アメリカでは自由や個人の主体性を重んじる気質もあり、一定の形式や制度を共有していくことの難しさがあります。形式や制度にのみとらわれて道心を忘れてはならないものの、それらを軽んじれば、そこに顕現すべき精神そのものも失われかねないのではないかと感じます。それぞれの地域における僧侶や寺院の制度化には、非常に繊細なバランス感覚が必要となるでしょう。

「僧侶とは何か。何をもって僧侶とするのか。」その問いは、鋭い切っ先のように、常に自分自身へと向けられます。私は在家の身から仏門に入り、未だ僧歴も浅い身です。自分が僧侶であると言えるのかに迷い、立ち止まることも少なくありません。
しかし、こうした混迷の中でこそ、仏法の教えが必要なのだと改めて感じています。自己を見失いそうになったときにも、お袈裟を掛け、坐禅に身を投じ、読経して仏さまに掌を合わせるとき、私はいつでも仏祖から連綿と続く広大な流れへと引き戻されます。僧侶であるとは、仏のはたらきに生かされるように生きる中にあるのではないか。自分の意志や思慮を超えたところで、伝統という大きな力が私という存在を導いている。その不可思議な縁への感謝が、迷いの中にあっても、静かな確信へと少しずつ変わりつつあります。
日本で受け継がれてきた曹洞禅の教えが世界へと伝わり、各地の実践例を見聞する中で、私自身も多くを学ばせていただいています。そのように互いに照らし合う中であらわれてくる教えの普遍性とは、日々を丁寧に生き、伝統を重んじつつも、自己のはからいを手放し、今このときに応じて生きるという営みの中に、息づいているのだと思います。

このような尊いご縁をいただいた宗門、そして海外において布教の道を切り拓いてこられた諸先輩方に心より感謝申し上げ、これからも微力ながら精進を重ねてまいります。
曹洞宗国際センター書記 堂島典明



