梅花流詠讃歌【梅花照星に似たり】⑱

2026.06.01

雨の季節になりました。入梅は暦の上では6月11日ですが、実際には年によってずいぶん違います。

梅雨ばいう 」(つゆ)は梅の実の熟す頃の雨期という意味ですが、昔はかびが生える頃の雨期であることから「黴雨ばいう 」と書かれていたそうです。

どちらかと言えば私たちは、晴れた日を好ましく思い、雨の日は憂鬱ゆううつに思いがちです。長編小説『宮本武蔵』の著者である吉川英治さんは、「晴れた日は晴れを愛し、雨の日は雨を愛す 楽しみあるところに楽しみ 楽しみなきところに楽しむ」という言葉を残しています。

この吉川さんの言葉を端的に表す禅の言葉は何でしょうか。それは「日々是好日にちにちこれこうにち」ではないかと思います。 文字づらからすれば、「毎日がよい日である」となりますが、この言葉の真意は、よい日、悪い日ではなく、その日をよくするのは自分次第である、というところにあるのです。

水無月みなづきそら 雲波立くもなみだちて わたしはひとり旅にた」の歌詞で始まる、梅花流御和讃「みわたるそら」は、「まごころにきる」に続く、南こうせつさん作詞作曲による曲です。

この曲のベースは「祈り」ということです。「祈り」は謙虚さに裏打ちされた反省の力でもあります。一番では自分自身の目の前にある現実から逃れたい心情を詠い、二番では自然に導かれ安らかなこころにたどり着き、その中で無常のことわりを知ることで「祈り」の大切さを学びます。

二番の後には、

はるひかりはほのぼのと あきゆうべはしみじみと
なにかたらんなにうたわん あぁわたれずっとずっとずっと

とあります。 春には春の、秋には秋の真実の姿が目の前に現れています。一点の曇りもない澄みわたる空のように、真実を真実そのものと受け止められる謙虚な心をずっと持ち続けていくことを呼びかけ、曲を結んでいます。 晴れた日も雨の日も愛することができるのは、謙虚なこころの表れであり、自分の心の持ちようなのですね。

静岡県官長寺 住職 大田哲山