【International】龍門寺の歩み

龍門寺の歴史は、私の師僧、故片桐大忍老師が「アメリカ中西部において、アメリカ人僧侶のための修行道場を建立したい」という願いを抱かれたことに端を発しています。しかしながら、その目標が実現する前に、老師は病により先立たれました。
老師は遷化される前に、「日本で修行してみるのはどうか」と私に尋ねました。私はそれを受けて、日本で3年間修行をいたしました。その安居期間中も、老師が抱いておられた中西部での僧堂建立の願いを決して忘れることはありませんでした。
日本から帰国した後、この目的のためにと、約16ヘクタールに及ぶ土地が寄進されました。しかし、その土地には丘や谷が広がるばかりで、建物といえば築100年ほどの丸太造りの農家の母屋が一軒残されているだけでした。17年間そこには誰も住んでおらず、地下にはアライグマ、壁の中には蛇、そして家中に鼠が住み着いていました。
その古い建物を焼いて取り壊してしまおうという声もありましたが、多くの有志の信徒(サンガメンバー)が集まり、この古い母屋は本来の美しさを取り戻し、それが龍門寺最初の坐禅堂となりました。

日本において、私は瑞應寺専門僧堂で、楢崎一光老師と楢崎通元老師のもとで修行しましたが、折しも、その3年目の修行中、瑞應寺では、九州にある、叢林荒廃していた聖護寺の再興事業が進められていました。
片桐老師はかねてより楢崎一光老師に、国際的な修行道場の必要性について語っておられましたが、そんな折に僧堂の建設現場に立ち会う機会がありました。その際、建築士に「いつの日かアメリカでも僧堂を建てたい」と伝え、設計図をいただけないかお願いしました。すると翌日、その建築士は設計図一式を持ってきてくださいました。その後、その設計図を基にアメリカ中西部に戻り僧堂を建立することができました。
片桐老師は、伝統様式を大切にされた方でした。また、老師の奥さまである片桐智江氏も、多くの在家信徒や僧侶たちに対し、絡子や袈裟の縫製を指導されました。家庭のお仏壇の前で坐禅を実践する方々のために、私たちはたくさんの坐蒲や坐布団も縫って作りました。
楢崎通元老師は私に、「まず最初に仏殿を建てるのがよい」と助言してくださいました。私は当初、庫院を先に建てるつもりでおりましたが、「彰顕さん、あなたはお寺を建てるのだから、まず仏殿を建てなさい」とおっしゃいました。そのご指導に従い、平成16(2004)年に仏殿を建立し、その後、平成25(2013)年までに庫院、僧堂、衆寮の建築を完了することができました。

令和7(2025)年10月には、龍門寺創立25周年の記念法要を厳修いたしました。この節目を祝うため、大本山永平寺および晧臺寺からいらした尊宿・御来賓や北アメリカ国際布教総監にもご臨席いただき、ご導師をお勤めいただいた際にはご祝辞も賜りました。
現在、龍門寺では毎月の摂心に加え、夏安居・冬安居として集中参禅期間を毎年継続して行っています。また、毎月作務の日を設け、参加者が料理を持ち寄る形式の昼食会も開いております。さらに境内には共同菜園があり、そこで収穫された野菜は応量器を用いていただく食事の食材として活用されています。仏法僧の三宝に帰依するサンガの多くの方々が様々な形で寺院の運営を支えてくださっています。 まさに仏祖のみ教えを実践する共同体として歩んでまいりました。そして、日本のご縁ある禅兄(禅姉)の皆さまからこれまで賜った数え切れないご支援とご厚情に、深く感謝の念を抱いております。私どものこの仏縁が末永く続き、一切の衆生の利益となることを心より願っております。
合掌
北アメリカ国際布教師 アイオワ州 龍門寺 ワインコフ彰顕



